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ゴブリンと出会った話

書いてみた。


 私の名前はクロード・C・エヴァンス。

 ブラワ王立学術院に勤める学者だ。

 元々学者の家系であり、植物学者で調薬師でもあった父の薫陶を受け同じく学者の道へと進むことになった。


 私とゴブリンとの出会いは少なからず良いものではなかったように思う。

 

 丁度十年前の事、私が十代後半で初めてフィールドワークに出かけた時の事だった。

 父の伝手で雇った有名な、等級で言えば三級、白銀級とも呼ばれる、冒険者と共に王都から少し離れた所にある黒森に出かけた時の事だ。

 黒森の奥は調薬に用いられる希少な植物が多く自生していて、それらを幾つか持ち帰ることがその時の主な目的だったのだ。

 しかし、運の悪いことに薬草の多い谷あい、日陰の多い場所にはゴブリンがコロニーを作っていた。

 

「ひい、ふう、みい……、こりゃ駄目だ。ぼっちゃん、数が多すぎる」


 崖の上、茂みに共に潜む冒険者が困った風に言う。


「駄目、なのか? だがゴブリンは弱い魔物と聞くぞ?」


 私は谷あいを見下ろし、沢の近くに群生するススキに似た植物の名前を思い出しつつ尋ねる。

 ゴブリン程度なら冒険者ならわけないだろう、と当時の私は考えてそれほど注意を払っていなかったのだが、その時コロニーには三十数匹以上のゴブリンが雑魚寝をしていた。


「確かに数匹程度なら問題ありませんよ。ですがね、私はともかくヘリックスはまだ銅級で、レガースは今回は荷物持ちの雇われです。このメンツじゃぁ数で押し流されてしまいますよ」


 白銀級冒険者のグラコスは厳つい顔を顰めつつ言い聞かせるように言った。


「なるほど、仕方ない。今回は諦めるか」


 後ろ髪惹かれる思いで沢に群生した植物から目を離す。

 そんな時だった。

 これまで雑魚寝をしていたゴブリンどもがギャアギャアと騒ぎ出した。

 見れば沢向こうからゴブリンにしては体躯の発達した大型の個体が数匹の手下を引き連れて何かを担いでやってくるところだった。


「こいつはいけねぇ、帰ってギルドに報告しないと」


 グラコスは視線を厳しくする。

 後で聞いた話によると、あの大型個体はゴブリンリーダーとかゴブリンロードとか呼ばれる群れのボスだそうだ。大抵の場合、ゴブリンは数匹からなる小さな群れを作って暮らすのだが、ああいった大型個体が稀に出現し、小さな群れを統合し巨大なコロニーを作るのだそうだ。


「ところでグラコス、あれは何をしているのだ?」


 私はゴブリンリーダーを見るように促す。

 そこでは小柄なゴブリンどもが担いできた、恐らくは鹿だろう、四つ足の獣を群れのゴブリンどもが取り囲みまるで緑の小山のようになっている。


「繁殖ですよ。聞いたことありませんか? ゴブリンってやつはメスと見れば見境なしに種付けして数を増やすんです」


 グラコスは吐き捨てるように言った。


「ほぉ、それは面白いな……」


 私はこれでも学者の端くれであり、生物に関するある程度の知識は持ち合わせていたから異種間で子供を作る習性をもつとなれば、雑魚魔物の代名詞であるゴブリンであっても興味が惹かれないわけがなかった。


「面白いなんてよしてください。特に女性冒険者の前じゃ絶対にね。メスであれば見境なしにって言ったでしょう、あれは人もその対象になり得るってことです」


 グラコスは思う所があるのか、ささくれだった気配をにじませる。


「グラコスさん、そろそろ……」


 そんなグラコスに声を掛けるのは、焦れた様子のヘリックスとレガースだ。

 特にレガースは顔を青くして今にも腰を浮かせて逃げ出しそうになっていた。


「そうだな、余りこうしていても仕方ない。ぼっちゃん、今回の護衛は申し訳ないがここまでだ。ああまで育った群れはすぐにギルドに報告しに行かなきゃなりませんから。この埋め合わせはいずれ」


「問題ない。どうせあの群れが消えてくれない限りは沢の薬草は採取できそうにないからな。討伐が終わったらすぐにでも教えてくれればそれでいい」


 私の言葉を聞いたグラコスは小さく頷くと中腰になり、私たちを先導してきた道を戻って行ったのだった。

 

 こうして私はゴブリンというなじみ深い、しかし興味深い存在と初めて出会ったのだった。



 さてさて、そんなこんなで学院に戻った私は早速ゴブリンに関する書物を読み漁った。

 と言っても真面目に生物として研究する学者はおらず資料も冒険者ギルドがまとめた報告書をもとに編集されたものが数冊ほどあるだけだった。

 うち、殆どが魔物図鑑であり、専門にまとめられたものはない。

 一番文章量の多いものは若手冒険者向けに書かれた本で、他の街道や人里近くに出没する魔物の一つとして数ページ程度の記載だった。


 要点としては以下だ。

・ゴブリンは小型の魔物で子供ほどの背丈しかなく、力もそれほど強くはない。

・比較的臆病な性質であるが、格下と見ると残虐性を見せる。

・群れを作る習性があり、大抵の場合は六匹ないし七匹程度。

・ゴブリンリーダーと呼ばれる個体が居ると群れを巨大にさせ人里も襲うようになる。

・ゴブリンリーダーの呼称は群れの規模によって変化する。

・メスであれば見境なく交尾を行い繁殖しようとする。

・洞窟に巣を作りそこを拠点に半径十キロ程度の縄張りを持つ。

・洞窟が辺りにない場合は日陰の多い谷あいを好んで住処にする。

・道具を使うが、作り出す知性はない。


 そんな物足りない文章に私の好奇心が満足させられるわけがなく、その時には既にゴブリンの研究を行う事が一つの課題となっていた。



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