「旅立」
「……」
無言。
「嫌っ!ぜっっったい嫌っ!!」
拒絶。
「ごめんね、アーニャちゃん、でも僕――」
「……」
「いーやっ! お兄ちゃん行っちゃうなんて絶対やだっ!!」
僕は先ほどから無言を貫いているアリシャさんと、絶賛拒絶中のアーニャちゃんを説得している。
「旅に出てみたいんだ。この世界をもっと知りたい。見てみたいと思うようになったんだ」
「だって約束なんだもんっ! お兄ちゃんに甘えていいって約束したんだもんっ……」
静かに流れていた涙は、やがて嗚咽に変わる。
「うっうっ、えぐっ、ひっく……」
僕は何とも言えない罪悪感に苛まれている。
そこへ助け船を出したのは先ほどまで無言を貫いていたアリシャさんだった。
「アーニャ。わがままを言ってはいけません。マサキさんは、旅に行くと決めたのよ? 笑顔でお見送りしなくてどうするの?」
「だ、だって、ひっく……」
「だってじゃありません。私たちは、マサキさんにたくさんのものをもらったわ。これ以上もらったら罰が当たっちゃうわよ?」
「うっうっうっ、えぐっ、ひっく……」
アリシャさんはアーニャちゃんを一頻り宥めると、今度は僕の方をしっかりと向いて言ってくる。
「マサキさんごめんなさい。最後まで困らせてしまって。この1ヶ月、本当に私たちは幸せだったわ。このままいつまでも続けばいいとも思った。でも、マサキさんがこの村に収まっていられるわけがないとも思っていたわ。必ずこの日が来るって分かってた」
「アリシャさん……」
「だから、最後は笑って送り出すって決めてたの!最高にいい女でいようって!」
アリシャさんの唇が震え、涙が、感情が堰を切って漏れ出す。
「……」
「でもっ……! やっぱり寂しいからっ。きっとまた会えるわよねっ!?」
アリシャさんもアーニャちゃんも、もう涙を堪えようとはしなかった。
「はい。必ず」
「ありがとう。ほら、アーニャも泣いてないでマサキさんにお礼を言って?」
泣いてなんかない!そう言って顎をしゃくる拍子に涙がこぼれた。
「うっ、ひっく、ぐすっ……。ありがとうお兄ちゃん。あたしを助けてくれて。ママとまた一緒に居れる時間を作ってくれて。ありがとうっ!!」
気づけば僕も涙を流していた。
僕なんかをこんなに思ってくれる人が出来たことが嬉しくて。
感謝されるだけのことを出来たことが嬉しくて。
何より1ヶ月間やってきたことに後悔が全くないことが誇らしくて。
僕たち3人は笑顔で泣き合った。
その後3人で一緒のベットに入り、この1ヶ月のこと、これからのことを話し合った。
そして僕は別の世界から転生してきたのだと2人に話した。
2人は驚いた顔をしていたが、そんな事実は3人の絆に比べれば些末なことだった。
アリシャさんが『次会った時はもっと容赦なくアプローチしますから』と言うと、アーニャちゃんも負けじと『ママよりも美人になるもん』と宣言し、終始和やかに夜が更けていった。
――翌朝――
僕は狩りで稼いだ所持金と、諸々の荷物をポーチに詰めて旅の準備を整えた。
ポーチを持って1ヶ月間お世話になった家を出る。
見送りはアリシャさんとアーニャちゃんの2人だけだ。
しめっぽいのが嫌いだから、アリシャさんに村の人達へよろしく伝えといて貰うよう頼んでおいた。あたたかく迎え入れてくれたこの村には感謝の思いしかない。
僕にとってはかけがえのない1ヶ月だった。
一旦皆と別れるけど、きっとまた会えると思う。
だから、狩りにでも行くような、そんないつもの調子で言った。
「いってきます!」
「「いってらっしゃい!!」」
こうして僕はルクルド村から、まだ見ぬ世界に夢を馳せて旅立った。