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墨色の顔  作者: 妻子
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逃走

私は黒い絵の具の腹を握り潰し、パレットの空白に搾り取った。

そして、赤がついたままの筆に黒を塗りたくり、ほんの少し水を付けると、振り返ると同時に後ろに座る彼女の顔に、勢いよく引いた。一の字が彼女の両目を通る。それは、僅か3秒の間に行われたのスムーズな動作だった。そしてその行動は、スターターピストルが鳴れば何も考えずアスリートは地面を蹴るように、或いは池に餌を撒けば魚達は瞬時に群がるように、合図さえあれば実行される、至って自然で予め決まりきっていた行動に思えた。ただ、その合図が偶然さっき私の頭に届いたというただけなのだ。


「……っはっ……?」

そして、驚く彼女に間髪いれず私は今度は滅茶苦茶に顔を筆で塗りたくった。彼女の白く美しい顔はたちまち黒く汚れ、所々に隙や掠れや血のような赤が散らばった。前髪や長い睫毛もベトベトと乱れている。


強固な岩々の入った泥沼に顔から転んだらこんな感じだろうか。


「…っな、何するの…!」


同時に、開いていた窓からザアアッと風が勢いよく入った。私は彼女のバックの風景に一度ピントを合わせる。一番前の席に座る私の席からはクラスの全員が見渡せた。美術室に居る人間は、誰もが私を見ている。おそらく後ろからも、私は気弱そうな丸眼鏡の美術の先生に見られているだろう。 好奇心の色を浮かべるもの、不可解そうに眉をしかめるもの、ただ唖然とするもの。見る顔、見る顔、何てアホみたいな顔ばかりなんだろう。

――――― 皆も、彼女も。――――――


教室の後ろの壁には下手くそな絵ばかり丁寧に飾ってある。「私の好きなもの」という題で描かれたものだ。彼女は小さい林檎一つを描いた。私は最初なかなか描くものが思い付かなかった。好きなものなんて特にない。橋田 友里と記名された画用紙には横切る川が描かれている。平たく寒色を塗っただけのダサい絵だ。私が描いたものなのだが。猟奇的な私を、美術室の窓から入る青い爽やかな風が触発するように吹く。

それらも全て、一瞬の間の観察だった。


覚悟を決めて私は美術室の後ろへ駆け出し、廊下に出る。足音を聞いて授業中の教室から先生の誰かがひょっこり出てくるかもしれなかったが、とにかく走った。廊下にある風紀委員が作った幾つかのポスターを翻し、数段飛ばして階段を飛び降り、上靴のまま、外に出た。そのあとも暫く走り続けた。私は運動部どころか部活にすら入っていなかったし、特にスポーツが出来るわけでもなかったが、走るのだけは誰にも負けない。厳密に言えば、過去に同じ学年の運動部の男の子2、3人には体育の陸上競技の授業で負けたことがあるが、そうそう人は私に追いつけない。

呼吸のリズムを一定に調整して走りながら、私は行く先を俊巡する。

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