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ロケットガール・いぐにっしょん!!  作者: ぽんじ・フレデリック・空太郎Jr
~第一幕~
3/18

ろけっとがーる、いぐにっしょん! ~002~

今回はカケルのおじいちゃんのお話と、少女との初めての『顛末』。

 なんだか思わぬイベントに遭遇してしまったが、どうやらここが博覧会の『本命』を展示している建物であるらしい。

 ほかの会場に比べ、随分と長い行列ができ、運営スタッフの出入りも一際激しいようだ。

 いたるところに並べられた様々な看板には、衛星に関するさまざまな各種案内が書かれ、それでも足りないのか、拡声器と待ち時間のかかれたプラカードを持ったスタッフが、慌ただしく来場者の応対に追われていた。

 

 ここは旧皇族の庭園であった国民公園に、隣接するように作られた国際展示場。

 大規模な式典や、国際企業間のコンペにも対応した、これまで数々のイベントが開かれた国内屈指の巨大会場である。

「しかしでかいなー」

 のほほんと目の前にそびえる、巨大な建物をながめながらカケルは思わずつぶやいた。

 はたして本当に祖父に会えるのか、そもそも本当にこんなところにいるのか疑問に覚える。

「会えるのかなー」

 二言目の独り言を呟きながら首にかかった入場口でもらったパスを、無意識にいじる。

 とりあえず祖父から聞いていたとおりの場所だったが、肝心のその中への入り方が全く考慮されていない。憤慨しつつも、仕方がないので建物の入り口に向かい行列の脇を、冷ややかな視線を浴びながら早足で進む。

 入り口に入る少し手前で、

「お客様。申し訳ありませんが、ただいま大変込み合っておりまして……」

 案内係であろうスタッフがあわててこちらに駆けつけ、迷惑そうに声をかけてきた。

 正直、行列に並んでいる人目が気になっていたところだったので助かった、と思い、

「天ノ(あまのはら)覚次郎(かくじろう)に会いにきました」

 と、首から下げたパスを相手に見せた。

 パスを見たスタッフが、怪訝そうな表情を浮かべながらも、おそらく上司であろう相手にインカムで確認をとり、

「失礼しました。確認が取れましたのでご案内いたします。どうぞこちらへ」

 と、大きな建物の入り口をくぐり、行列から少し離れたところにある2階へとつづく階段へ歩き始めた。

 待ちくたびれた人々の声を遠くに聞きながら、何とも言えない良心の呵責(かしゃく)を感じたが、舞台裏へと案内される不思議な昂揚感(こうようかん)で、わけもなくカケルの胸は高鳴った。

 

 二階に上がってからは不思議と階下のざわめきは遠くなり、右へ左へなんどか通路を折れ曲がり、何人かのスタッフとすれちがい、その恰好にスーツの人間が多くなり始めた頃、ようやく目的地に着いたらしく、

「天ノ原博士のゲストをお連れしました」

 と、警備員らしい立派な体格をした二人が守るゲートの前まで連れてこられた。

 マジ?とスタッフの顔を見つめるが、インカムから大音量で早く持ち場に帰ってこい、という旨の連絡が漏れ聞こえてきた。

 こちらの問いかけには答えることなく、カケルを警備員に押し付け、ここまで案内してくれたスタッフは、駆け足でその場を立ち去って行った。

「あの……」

 と不安になり威圧的なオーラを放つ警備員の顔を見上げてみるが、視線を隠すためなのか、サングラスをかけたいかめしい表情はこちらに反応することはなかった。

 

 

「おー、悪い悪い。よくたどりついたのー」

 しばらく待った後、目の前の両開きの扉が開き、中に通されてから部屋の中央に集まるスーツや白衣の群れからひょっこりと、一際くたびれた白衣をまとった老人がこちらに手を挙げ近づいてくる。

「じいちゃんすごい人だったんだな」

 と素直に感想を述べ、ようやく見知った顔に出会えたことに安堵した。

「うむ。わしのもう一人の孫が帰って来たんじゃ。これを喜ばずになんとする!」

 片手をポケットに突っ込んだまま、とても七十五歳とは思えぬ豪快さでがっはっはと笑い、祖父――覚次郎はカケルの肩をたたいて労をねぎらう。

「もう一人の孫?」

 と、疑問に思ったことをそのまま口にすると、

「なんじゃ、ここが何の会場か知らんのか?」

 と、好々爺然とした表情でこちらを見つめてくる。

 いつもの覚次郎の癖だが、こういう時は大概こちらに何か言わせたいときの言い回しで、振り返ると思うように動かされているときが多い。

「なにって……、衛星の帰還を記念した会場でしょ?」

「そう、その通り。」

 しまった、と思ったがもはや後の祭り。

「何を隠そうここに展示されている衛星は、このわしの子にしてお前の両親、『月子(つきこ)』と『(でん)』の研究の成果! もう一人の『孫』といっても問題なかろう?」

 と、にやにやしながら言ってくる。

 

 へー、家に帰ってこないと思ったらあの二人、こんなことやってたんだ。

 あまり家にはおらず、会う機会のなかなかない両親は、帰宅した時はこれでもかと優しく接してくれたが、実際いろいろ世話を焼いてくれたのは目の前にいる祖父と、少し目が不自由な祖母だった。

 不自由とはいえ、それを感じさせない祖母が幼いころからカケルのご飯をつくり、参観日には、目の前の少し胡散臭い祖父が必ず駆けつけてくれた。

 親の不在を埋めるかのような日常のなかで、節あるごとに父と母のことを祖父たちは聞かせてくれた。

 しかし仕事の内容について聞かされたのは初めてのことだったと思う。

 変わった人たちだなぁと思っていたが、想像以上に意外な『成果』を見せつけられ、素直に感心しているカケルを、覚次郎は満足そうに見つめた。そして――

「腹は減っとらんか? わしもまだ昼を食っとらんのじゃ」

 優しい調子で声をかけてくる。

「あーもう死にそうだよ。外に面白そうな屋台があったんだけど、そこ行っちゃダメ?」

 ひょいと祖父の背後に控える、慌ただしく動いているスーツの群れに目をやりながらそう尋ねた。

 覚次郎は少し考え込んだのち、

「まぁかまわんじゃろ。月子と傳もおる」

 あの群れの中に両親がいるのかと、すこし興味がわいたが、祖父もこう言っていることであるし、若い胃袋は自分を満たすことを優先事項とした。

 

 二人がカケルの来た道を連れ立って歩いて行こうとすると、あわてて一人の白衣の男がこちらに追いかけてくる。

「何のためのコレじゃ。飯を食いに近くに行ってくるから何かあったら呼び出せぃ!」

 と耳にはまったイヤホンをコツコツと叩きながらしっしと一喝。

 カケルは少し驚いたが、大丈夫なの?と目で問いかける。

「なに、そろそろあいつらにも一人立ちをさせてやらねばのー」

 気にすることではないと、覚次郎は片目をつぶり背中を押してきた。

「じいちゃんはどこでもそんな調子なんだね」

 と、先ほど見かけたラーメンの屋台にこんどこそ向かう。

 

 

 さして短くなったとは思えない行列の脇を再び通り抜け、しばらく歩くと念願の屋台にたどり着く。

 カケルは先ほどから決めていた通りの注文を、覚次郎はほぅとそれに倣い、大した時間もかからずに

「へい、ダークマターマシマシと、同じく大盛りいっちょあがりー!」

 元気のいい声と共にうまそうな湯気をあげながら、二つのどんぶりが運ばれてきた。

 その名前のいかがわしさとは裏腹に、おいしそうな匂いが腹の虫にとどめを刺してきた。

 カケルの前にマシマシ、歳の割には健啖(けんたん)な覚次郎の前に大盛りが置かれ、二人はパチンと備え付けの割りばしを割り、麺を一口すする。

 食欲をそそる良い香りと、空腹の胃に染み渡る油が体を温め、しばし無言でそれを楽しんだ。

 麺がなくなり、カケルが名残惜しそうにスープの残りをレンゲですくっていると、覚次郎は、なにげなくこちらに声をかけてきた。

「どうじゃ、博覧会は? 少しは見て回って来たのか?」

「んー、あんまりかな。途中でへんなのにひっかかったし、じいちゃん待たせても悪いからなるべく急いできた」

 と、スープを飲みながら返答する。

「この博覧会はな。お前の両親が作った衛星の『記念碑』なんじゃよ」

 ほんの少しの重みをもって、覚次郎は続けて話し始めた。

「カケルが生まれてちょうど三年じゃったか、お前の父親と母親はこの衛星を作り上げ、宇宙へ送り出した。当時画期的すぎる技術が採用された惑星探査機は、打ち上げた後も継続的にデータを取り続けなければならんシロモンじゃった。」

 少し真剣な雰囲気を感じて、カケルはちらりと祖父のほうへ視線を向ける。

「研究は家族にも極秘にしなければならんものでな、あいつらはよく言っとったわ。カケルは姉とちがってさみしがり屋だから、うちに帰ってあげられないのが可愛そうだと」

 無言で祖父の話をカケルは聞いていた。

「次の休みが取れたら普段相手をしてあげられない分、思い切り甘やかしてやるんだ。普段帰ってこないくせにってお姉ちゃんには怒られちゃうかもしれないけど、と月子はわしに言い訳しとったわい」

 相手が違うじゃろ、と笑いながら覚次郎は目を細め、続けた。

 そうして、少し間をとってから、

「もちろんわしも家内(はな)のやつも楽しかった。孫をかわいくない爺婆などおらん。むしろこのご時世、家族総出で子育てを出来たことにわしは満足しておる」

 こちらを見つめてますます目を細めながらそういった。

 傍から見れば誰が見ても優しい祖父と孫に見えるだろう。

 先ほど部下を大声で恫喝したことなど想像もつかない。

 

 

 祖父――天ノ原覚次郎は戦中を生き抜いた世代の代表ともいえような人物であった。

 七十五歳とはとても思えぬ若々しい風貌で、厳しい目つき。思いついたらこうと決め、必ず実行する人だった。

 カケルが子供のころ、お風呂に入れてもらっていた時に、祖父の背中に大きな傷をみつけた。

 おじいちゃんこれどーしたの?と聞いたカケルに、ハナをもらった時の勲章だ、とわけのわからない返事が返ってきたが、前線に出ていないはずの祖父がこんな傷を負うほどかと、戦争の痛ましさを想うには十分な(あと)をみた。

 祖母のハナに、風呂でのことを話すと、そうねー。おじいちゃんはかっこよかったわよーと、歳の割に若々しい、その笑顔と容姿によく似合う微笑みを浮かべて言った。

 その夜の食卓はなにやら豪華だったような気がする。

 両親の姿はないものの、姉とカケルの二人に追及され、祖父は照れ笑いをし、祖母は普段控えめのお酒を飲む。

 そんな二人がカケルは大好きだった。

 

 また、よく客が出入りする家でもあった。

 日々入れ代わり立ち代わりくる客と、祖父は難しい話をしているようだったが、その時の客間には絶対に入ってはいけないと祖母に言いつけられ、カケルもそれを守っていた。

 しかしある日、帰るタイミングだったのだろう。

 廊下ですれ違ったカケルに、でっぷりと太った偉そうな中年の男が親しげな笑顔で――おぉ、君が『英雄』覚次郎くんの孫か! と、話しかけてきた。

 それを聞いた見送りについていた祖母にたちまちつまみ出され、丸い身体が跳ねるように車に詰め込まれ、帰っていたのは印象深い思い出だ。

 たまにそんなことがあり、そのたびに悲鳴が上がっていたが、本人からではなく、来客に聞かされる、

 ――『英雄』天ノ原覚次郎という存在。

 昔から随分と無茶をするが、優しい人だったらしいことは祖母の話や祖父の普段からもわかったが、カケルが抱く『英雄』のそれとは随分違うものだった。

 また、本人に直接聞いてみようと思ったこともあったが、戦争の話題には覚次郎もハナも、決まって悲しそうにするのを知っていたので、カケルからこの話題をすることを極力避けた。

 

 これから先、覚次郎の背中の傷と、眉間に刻まれた深いしわは消えることは、ない――

 

 

 正直なところ、カケルは両親がいないことで何度もさみしいと思いをし、周りの連中にいじめられ、恨みもしたことはあったが、祖父祖母もよく面倒を見てくれたし、姉も何かあれば駆けつけ守ってくれた。

 ――振り返ってみれば、僕は随分得したことも多かったかもしれない――

 そう思い、

「大丈夫だよ、じいちゃん。俺、結構満足してる。むしろ立派な親だったんだなぁと少し見直したくらいだ」

 それを聞いて安心したような面持ちで覚次郎は、――そうじゃの。お前には生きていくための『力』もある。どうじゃ、もう一杯食わんか?―― とカケルにメニューを押し付けてきたところで、ピッピッ、と覚次郎のイヤホンから電子音が鳴る。

 ちょっとすまんの、と前置きしてからカケルに背を向け、――どうした。もうすぐかえるわい、と話す背中を見つめ、自分もそろそろ帰るかと、カケルは会場の大通りへふと視線をやった。

 なにやら慌ただしく駆けていくスタッフと、それに逆行するように進む来場客を何の気なしに見つめていると――

「なんじゃと! それで今どこにいるんじゃ!」

 座っていた椅子を倒し、今にも駆け出しそうな勢いで覚次郎は立ち上がった。

 その次の瞬間――

 

 遠くから、破滅的な響きを伴って落雷のような音がこだました。

 爆音がした方へカケルは反射的に向き直る。

 音はすれども姿は見えず。

 最初の轟音の余韻はいまだ空気を振動させ、周囲にいた来場者たちも何事か? と騒ぎ出す。

 じーちゃん!と、こちらが切り出す前に、

「お前は家に帰れ! すまんがわしは行かねばならん!」

カケルに一方的に宣言し、すまんこの埋め合わせは必ずする、くれぐれも言うが『必ず帰れ!』と覚次郎は音のした方へ駆けていった。

 あっという間に祖父の白衣は人ごみに消え、その場に取り残されていたカケルはあっけにとられたまま立ち尽くすことしかできなかった。

 その背中は焦りのような、苛立ちのような、何とも言えない『色』をしていた。

 

 どうしたものか――とカケルは少し考え、正直、好奇心がむくむくと頭をもたげてきた。

 しかし、こういう時に誰かの『忠告』を無視した際には、毎度ろくな目に合わないこともあわせて思い出す。

 とりあえず移動しよう、と屋台のテントを出て、いまだ鳴り止まぬ地鳴りのような音を聞きながら、音が聞こえてくる方向を見渡そうとする。

 人ごみが邪魔をし、視界を後ろ頭ばかりで埋められ、ふと顎をあげ、その方向の空を見ると――

 一筋の光球が真っ白な尾を引きながら、キラキラと天に向かって放たれ、昇っていくのが見えた。

 

 えー! なにあれ。

 なんだか空からあの少女が笑顔で手を振っている幻にかぶりを振り――まさかあいつが言ってたのってこれか、そんなバカな、と、沸騰した妄想に取りつかれ、かぶりを振る。

 カケルは頭の中を整理する。

 ――良く考えろ。仮にアレがあいつの言う例のソレだったとしよう。仮に俺が行って何をするんだ?『わーすごいですね。きれいですねー』と見送るのか? 現場は絶対めんどくさいことになってるに決まってる。よしんばあいつが俺を見つけて引き返してきてみろ。十年来の友達のように、『やーどうだった? キレイでしょ!』なんぞ言われたら一緒になって彼女と喜びを分かち合うのか? ありえないだろ――

 どうやら周囲の視線で――声に出さないまでもだいぶ盛り上がっていたことに気が付き、冷静さを取り戻すため、一呼吸おいて、パンパンっと自分の両頬を叩き、

 

 よし! 帰ろう!

 

 カケルはこれまでの経験に倣い、そう結論づけ、くるりと踵を出口の方に反した。

 少年は『君子危うきに近づく事なかれ』という言葉も大好きだった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

これからどんどんつづいていきますよー!

是非よろしくお願いします!


それでは手短ながらまた次のお話で。


2014/12/25

ぽんじ・フレデリック・空太郎Jr

@仕事くだしあ。

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