ろけっとがーる、いぐにっしょん! ~001~
はじめましてこんにちわ!
これからしばらく、よろしくお願いいたします。
「ですから!わたし、宇宙に行きたいんです!!」
「ふむ……」
大仰にキラキラという擬音がつきそうな、まったく可愛いといって差し支えない少女は、まっすぐと少年のほうに向き、ぎゅっとこちらの右手を握り締め力強くそう言った。
本気には色があるのだ、後に少年は語る。
それにしたってずいぶんとぶっ飛んだセリフだ。
ここがこんな大勢の人が集まる平和な内容のイベント会場でなければ、この子はきっと逸材になっていたに違いない。主にセールスの類で。
極めて真剣に、矢継ぎ早にまくし立ててくるその姿は、そう思わせるに十分な説得力があると思われた。
やっかいな手合いに捕まったかな?
そんなことを考えながら、そういやじいちゃん待たせっぱなしだなーあー腹減った……、などと半ば現実逃避している傍らで、なにやら懸命に身振り手振りを交えて、人目をはばかることなく説明してくる少女に対し。
少年はただ真摯に、しかし無表情で相槌を打ち続けるしかなかった――
――期末考査からようやく開放され、さて家に帰ってコタツでみかんとのんびりするかなと、冬の寒さに身を震わせていた通学路。
そんなところに、着信を知らせる呼び出し音が響く。
「お前、今日は昼ドンじゃろ。小遣いやるから遊びに来い」
端的に、そして魅力的な響きを伴って祖父からの呼び出しがあった。
相変わらずの突然さと、孫のツボを良くわかっている誘いの文句。
どうせこっちの考えなどお見通しで、電話口でにやついているであろう祖父の顔を思い浮かべ、少し歯噛みしながらも、
「飯はないの?」
こちらも負けじと軽口で返す。
たしか今日の祖父は、最近、各地で盛り上がりをみせている『宇宙航空博覧会』にいるはずだった。
件の博覧会は一機の衛星が長い長い宇宙の旅を終え、無事地球に帰ってきたことを記念したものだ。
――二十年前、無人での『とても遠くの星』の調査を目的とした、一発のロケットが打ち上げられた。
一流の技術者や科学者たちがそのために集められ、まさに当時の宇宙工学の粋を集めた『祈り』という名の結晶を伴って。
その衛星は、未知の領域でおこる次々のトラブルや試練を乗り越え、与えられた孤独なミッションを見事に完遂。そして傷つきながらも地球にたどり着き、けなげにもその成果である遠い星のサンプルを科学者たちに届けた。
奇跡としか言いようがない旅程を終えた星の子は、もはや残された力はなく、はたして地球に帰ることはできなかった。
最後は――これでお別れです、といわんばかりの美しい流れ星となって大気圏にて燃え尽き、消えた――
この旅程のドラマ性がうけたのか、ネット上で大いに話題となり、熱狂的なファンたちが動画サイトに創作物を投稿するなどして、まさに一大ブームとよべるものを巻き起こした。
この現象は長らく日の目を見ていなかった宇宙航空科学業界にとって、久しぶりの朗報として知らされることとなる。
日に日に肩身が狭くなっていく、絶対に必要とはされていない研究にたいして世間の風は冷たいものだ。予算の縮小にあえいでいた業界にとって、まさに千載一遇の機会だったのだろう。
宇宙航空研究所の広報官はここぞとばかりに、それこそ足を棒にして仕事をした。
事例をあげればきりがないが、衛星を模したゆるキャラの登場を始め、旅の軌跡をたどったドキュメントフィルムの発表、挙句の果てにはその衛星の部品を作ったという若い工場のアルバイトにまで取材を行い、はたしてその熱意が実を結んだのか、各種媒体やニュース紙はこれをとりあげ、人々はこの話題を語りあうようになった。
こうした熱心なタイアップが功を奏し、それまでたいして宇宙などに興味がなかった層を取り込むことに成功。
結果、各会場のあちこちでは行楽目的のにぎやかな家族連れ、パンフレット片手の幸せそうなカップルなどがおしかけ、一種のお祭り騒ぎの現状なのだ。
しかもここはその博覧会の中でも最も盛り上がっている場所といっても過言ではないだろう。
なんと実際に旅をした衛星が、地表にサンプルを届けるためにつかったカプセルや、燃え残った部品の類を展示しているというのだから、その盛況ぶりも押して知るべし、なのだろう。
――こんな場所なら、まぁ…そんなこともあるのかなぁ……?
少年はそんな風に考えながら、ほう、すごいね、と何度繰り返したか忘れる程に意識を飛ばしていたことに気がつき、はっと我に返って返事をした。
「つまり君はどうしても今日、宇宙に打ち上げられたいと、うん……僕にそう言っているワケ?」
いろんな理不尽をぐっと飲み込み、なんとか言葉を作ってそう返す。
「はい!ここであなたに会えたのも運命的なアレに違いありません!今日を逃してほかの日があるでしょうか!!」
いいえありません!と聞こえてくるかのごとく、小さいこぶしをぎゅっと握り、鼻息を荒くさせながら少女はずずぃ!とこちらに顔を近づけ身をのりだしてきた。
うわやめろ近い!と内心思いながら、天は二物を与え給わず、と祖父の言葉を思い出す。
正直なところ、今すぐにでもこの眼をくりくりさせた厄介な生き物を会場スタッフにおしつけて、さっき見かけた『宇宙ラーメンダークマター乗せ』とやらを一杯ひっかけ、あったまりたい気分だったのだが、それを少女の熱意と、こちらを握りしめてくるほのかに暖かい手が、どうしても逃がしてくれない。
そして少年もまた、一介の健全な男子高校生である。
可愛い子にこうも真剣に話しかけられて、もちろん悪い気などするはずもなく、どうにも毅然とした態度をとることができないでいる。
それこそ最初は戸惑いながらも話を聞いていたのだが、
――わたしが打ち上がるのを見ていて欲しいんです――
この一言で、今まさに芽吹こうとした、儚くも甘酸っぱい何某かの感情は。
むなしく消えていくのに十分なものだった。
――ここで少年、天ノ原カケルの人となりを紹介するならば――歳は十八歳。趣味は読書と音楽鑑賞。
一つ上の姉がいて、誕生日は早生まれの三月。これまでカケルより遅く歳をとった同輩はいない。
長所といえば周りに比べ少し大人びた、それなりに整った容姿と、決して勤勉では無い割に良好な成績だろうか。
性格は、良く言えば慎重、悪く言えば腰が重い。ひどい目にあうよりましだ、と以前ひどい目にあってからはそう心がけるようになった。
基本、そういう行動原理だが生来の直情さが災いし、時折タチの悪い悪癖をだし、周囲と自分を苦しめる場合がある。
さみしがり屋のくせに、一人でいる時間がないとダメになっていく。
気ままが心情だが、他人の機微に目先が利き、気が付くといてもたってもいられなくなる典型的なO型。
交友関係は、そんな自分を知ってか知らずか、遠からず近からずを最も得意とするようで、いまのところ彼女ができる予定はなく、代わりに何人かの男友達に恵まれたようだ。
そんな彼らは、なかなか一歩踏み出せないカケルの良き理解者のようで、幸いにも友人とよんで差し支えない交際を行っている。
色気はないながらも、傍から見れば『青春』を謳歌しているといっても過言ではないだろう。
友人の一人、山下は曰く、
――できないことを自分から安請け合いする『ドM』。ま、わるいやつじゃないよ。
本人曰く、『平々凡々普通が一番』。それが座右の銘。
そんなありきたりを愛する少年が、こんなにも熱烈に、女の子に迫られる話なんて、そうある景色ではなかった――
なんだこれ。カケルは、しかしがっかりと心の中でつぶやいた。
なるほど、こいつは年末ぎりぎりにやってきた今年一番の大事件と認めてもいい。
しかも可愛いとなれば、もはや人生で何度か訪れるといわれるチャンスがたった今カミングしたに違いない。俺は今日、大人になる!と、頭の中の小人がラッパを吹き鳴らしたとしても、一体誰がカケルを責められようか。
カケルは改めて目の前の少女を観察する。
つば付きニット帽のまんまるボンボンが、熱弁するたびに一緒にぴょんぴょん跳ねまわり、ふわふわとゆれる前髪から覗く大きな眼は、まるで夜空の星のような輝きをはなってていた。
女の子として『手頃』な身長で、幼い振る舞いを時折見せるも、漂うは不思議な品の良さ。
しっかりと手入れされた長い髪、見た目にもわかる高級な素材であろう赤いコートを真面目にきっちりと着込み、漆黒の上品なタイツにつつまれた足にはもこもこ付きブーツ。
たたずむ姿は愛らしく、きっと可愛いものが大好きなのだろう。
背中にはなにやらはみ出さんばかりに、パンパンにつまったリュックを背負い、ふわふわの毛糸の手袋と色の揃ったマフラーを、ブンブンとしっぽのようにふりまわしている。これじゃまるで――
あ、知ってる。たしか山下んちにいるやつだ。
こちらのことなどお構い無し、自分の要求をまっすぐ伝え、NOと拒絶されることなど想像せず、うかつに要求を断った日には何で?何で?と白熱!じゃれつき地獄が待っている。
紛れもなくランクA、クラス『犬』と呼ぶにふさわしい生き物だ。
――そうとわかれば話は早い――
姉によく『中二病っぽくてバカみたいよ』と言われることをきにしつつも。
幸運にも空いている左手で、仮面をかぶるように顔の半分を押さえ、指の隙間から少女を左目で『覗き込む』。
少しだけ間をおき、――お前にふさわしい一言はこれだ――と、決める。
そしてカケルは――ゆっくりと少女に語りかけた。
「ひとり?お母さんとお父さんはどこにいったのかな?」
主の所在を確かめるためになるべく優しい声色で、、恐怖を与えないように頭の高さを低くし、目線を合わせ過ぎないよう相手の鼻の先を見る。真剣に。
「ひとりです。わたしはもう十二歳なのでどこに出しても恥ずかしくありません!お父さまお母さまはお仕事でとても忙しいのです。けどねえさまが最近帰って来てくれたのでとてもうれしいです!」
ふむ。少し日本語がおかしいところがあったが元気があってよろしい。
年齢を聞いて正直驚いたが丁寧ではある口調のせいもあってか、一二歳の割には随分と大人びて見える。
最近の子は見た目じゃわからんなー、……となればこういう一手もアリか?
「そういやたしかポケットに学校でもらったお菓子があったような……」
「わ・た・し・は! 子供じゃありません!」
ずびしっ! と、子供のくせにいいリアクションをするじゃないか。
しかしここで引き下がってはいつまでたっても相手のペース。
対象はぶんぶんとこちらを握った手を振り、マフラーをずり落としながら遺憾の意をこちらに伝えてくるが、それを直してやりながら、カケルは真顔でこう続ける。
「心配はいらない。山下のところのマルにはとても好評だった。遠慮などせず、安心してうけとってかまわない。」
笑顔を崩さず、ポケットの甘味を相手につつしんで進呈する。
「誰ですかそれ。なんだかものすごく馬鹿にされた気がして不愉快です! ……ってやめてください! そんなものを近づけてきても口なんかあけませんよ! あ、鼻を押さえないで! そんなお菓子にひっかかるのは子供か犬くらいですぅー! やー! ……もぐもぐもぐ……おいしいー!」
『その』素質を十二分に発揮する彼女に、カケルはここは押しの一手とばかりに菓子をのせた左手を相手の鼻先に突きつける。
何やら納得いかない様子で抵抗を見せる少女へ、匂いで一瞬気が緩んだそのすきに、最後まで捕らわれていた右手を切り離し、すかさずそ鼻をつまみあげ、開いた口にチョコを――投下!(山下感謝!)。
多少強引ではあったが、効果はてきめん。良く動く子供は沈黙。
『ワレ、戦果ヲ挙ゲルコトニ成功セリ』と心の中でガッツポーズをとる。
さて、ここからどうしたものか……
作り出した今の状況を無駄にしないよう、追加のチョコを相手に渡し。
ここはまず、少女が何やら熱心に語っていたことをもとに、状況を整理してみよう。
少女曰く、今日は久しぶりの外出で随分前からとても楽しみにしていたそうで、現在とても気分がよく、初めて見るたくさんの人にいたく感動したのだそうだ。
こんなに興奮したのは昔の誕生日以来ですーとのことで、本当はお爺さまと一緒に来る約束をしていたのに、急な用事が入ってしまい、もうお爺さまなんてしりません!と部屋から飛び出してきたんだそうな。
どうせ何かあったら迎えも来るし、今日はもうやっちゃっていいよね!やっちゃおうやっちゃおう!と決意も新たに固めていたところなのです。そこへあなたがやってきて……。
……あー、ちょっとこの子に染まりそうになった……
口元をなで、鼻をすんとならし気を取り直すと――改めて意識を閉じ、まともに話を聞いていなかったとはいえ、結論を導き出すには十分な情報量だと――判断した。
つまるところ、カケルがこの状況を逃れ、危なっかしいこの少女が今後出会うであろうリスクを考慮し、導き出される詰めの手は……
「ん~…… 確かあっちの広場で模擬ロケットの打ち上げをやるって広場を見たような」
早急な別の保護者への移譲。
「ありがとうございます!それでは早速行きましょう!」
やはりそうきたか、再びこちらの手をむんずと捉え、想像どおりの返答を返してきた。
しかしこうなることは予想済み。用意していたセリフを十分な覚悟と情感をもって、
「残念だけど実はこの後、……僕にもとても大切な約束があるんだ……」
少しおおげさな演技だったかな?とも思ったが、相手にまっすぐ向き直り、伏し目がちにそう伝え、ほんの少しだけ強く少女の小さな手のひらを握り返した。
ほへー?と少女はしばらく考え込んでいたようだが、なにやら影を落としたかのようなこちらの表情に、――はっとしたような表情をうかべた。
心根が優しいのだろう。少女なりになにかを汲み取ったようである。
むむむ……と唸った後、意を決したようにこちらを見上げ、
「わかりました…。すぐに行ってくるので絶対見ててくださいね!」
とこちらに一振り笑顔をのこし。
言うが早いか、未練を断ち切るように少女は人ごみの中へ、一目散に駆けていく。
途中で一度こちらを振り返り、――お菓子ごちそーさまでした! キレーに打ちあがりますから~と、ぶんぶん手を振りぴょこんとおじぎして。
それきり姿が見えなくなった。
――そういや名前、聞いてなかったなぁ――
突然現れ、よくわからんことを言い、疾風のごとく消えていった少女。
まるで少女の言葉通り、勢いよく打ち上げられたロケットみたいに、人の群れを切り裂き、駆け抜けたあとに光る残滓を見たように感じたのは――
きっと午前中の期末考査と少女の熱っぽい話に、脳がやられたせいだろう。
そう結論付け、冬の清らかな空気に不思議な幻想を残しつつ、カケルはひとまず安堵の息を吐く。
少女の消えた先を見つめながら、願わくばあの子が、道すがらの屋台の匂いに引っかかることなく無事目的地へ到着しますように。そして少女の話をちゃんと聞いてくれる思慮深く、優しい大人たちに巡り会えますように、と。
名前も知らぬ少女のためではあるが、祈らずにはいられなかった。
そして――
少女のいた余韻が完全に消えた頃、誰にも聞こえない声で、
なんだかよく見えない子だったな――と、カケルはひとり呟いた。
はじめまして。改めましてこんにちわ。
読了お疲れ様です。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
初めて書いてみたら見せたくなる。でもはずかしいという感じのやつです。
どうぞこのまま、しばらくすみっこにおかせてください。
目標は『一本きっちり終了させること』
それではまた、次のお話で。
2014/12/24
ぽんじ・フレデリック・空太郎Jr
@思いつき