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FILE04:親友、友情プライスレス 買えるものはマスターカードで

 白の内装に9月の煌めく陽射しが眩しい食堂。

白を基調とした食堂はその清楚なイメージとは裏腹に、普段の昼休みは戦場と化す。席取りに命を賭ける戦士たち。ある者は席取り出来たことを戦友たちと喜びあい、席取りに敗れたある者は購買部であんパンと紅茶を購入しクラスへと引き上げていく。それが席取りに敗れた者の運命、否、Destiny!!


 だが今日はいつもと違った。いつもは生徒で溢れかえる食堂内。確かに今日も生徒たちで溢れかえっていた。ただしそれは俺たちのいるテーブルから半径3mを除いてだが……


 溢れかえるということは相当な数の生徒がいるということ。そして、体力を持て余している高校生が黙って昼食を食べるわけがない。


 ──なのに……静かだ。誰一人として喋らず、黙々と食べている。それも俺たちをチラ見しながら、否、マジマジと見ている奴らもいる。

「なぁ姉貴、周りの視線が妙に突き刺さるんだが……」


 俺はいろんな意味で窮地に立たされていた。


「ん〜? 気にしない気にしない。はい、京ちゃんア〜ンして」


「今、食欲ないからいいや……」


 嘘です。物凄く腹減ってます。勉強に疲れた頭がブドウ糖を欲しがってます。だけど……、欲しがりません、姉貴に勝つまでは!


「でも京ちゃん、カボチャの煮物好きでしょ?」


「そりゃ、好きだけどさ……」

「じゃぁ、ア〜ンして」


「もんの凄い恥ずかしいんだけど……」


 姉貴の辞書に『恥じらい』という文字はないのだろうか。


「ア〜ンして食べさせてもらうだけで恥ずかしがるなんて、京ちゃんは可愛いなぁ。ウフッ」


 そうじゃない。そうじゃないんだ姉貴ぃ!! 確かにそれも恥ずかしいが、公衆の面前でこんなことされるのが恥ずかしいんだよぅ!


 周りを見るんだ姉貴! いつも食堂は混んでいて相席も日常茶飯事だというのに、俺たちのテーブルから半径3m以内のテーブルには誰も座らねぇじゃん!! そして食堂で飯食ってる奴の大半が俺たちを黙って見てるだろが!! なんで食堂に響く音が食器とスプーンやフォークがぶつかる音と、椅子と床が擦れる時に放つ少し耳障りな音だけで、誰も喋らないんだよ!!


「ほら京ちゃんア〜ンして」


 姉貴の箸に支えられて、カボチャの煮物が俺の目の前へと進み出る。

カボチャの煮物は止まることなく確実に堅く閉ざした口へと近づく。微かに甘い匂いが俺の鼻孔をくすぐる。そして、カボチャの煮物が堅く閉ざした俺の唇に触れた瞬間、無意識のうちに俺はそれを口の中へと招き入れていた。先程の熱く、堅い誓いなんてどこ吹く風だ。やはり人は三大欲求の一つ、食欲には勝てないことが今ここに証明された。


「美味しい? 京ちゃん」


「ん、うん、美味しいよ」

 強くなく、口の中で綺麗に拡散する甘み。柔らか過ぎず、固過ぎない丁度いい固さだ。さすがは食堂のおばちゃん。


「じゃあ今度はお姉ちゃんに食べさせて」


「え゛……」


 マズい! マズいぞ俺!! どうするんだよ。俺が姉貴にア〜ンして食べさせたら、それはもう言い逃れ出来ねぇじゃん。姉貴が俺にやるのはともかく、俺が姉貴にやったら周りからは出来てるって勘違いされる!!


「ア〜……」


 姉貴のやつもう臨戦体勢に入ってるし!!これだけはなんとしても回避せねばならない。碇シ○ジが言ったかどうか定かではない。定かではないが逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ……


「いや、でもやっぱ恥ずかしいし、ね……」


 俺の言葉の後、何故か知らないがスプーンやフォークが食器とぶつかる音も、椅子と床が擦れて発生する耳障りな騒音も一瞬全ての音が消えた。シラケたともwhite kickとも言うな。背後から微かに、さも残念といった感じの溜め息が聴こえるのは気のせいだろうか。


「ぐすッ……」


「え?」


 シラケていた食堂内の全ての生徒の視線が姉貴に集中した。これは、第一話と同じ香りがする……


「酷いよ京ちゃん……お姉ちゃんは京ちゃんにア〜ンして食べさせてあげたのに、京ちゃんはお姉ちゃんにア〜ンして食べさせてくれないの? 京ちゃんはお姉ちゃんのことが嫌いなの?」


 ポロポロと溢れ落ちる光の結晶。それは微かに紅潮した頬を伝い、透き通る姉貴の白い肌に光る軌跡を描いてテーブルへと落ちる。姉貴の透き通る瞳には俺が歪んで映っていた。嘘泣きではない。これはマジ泣きだ。


「いや別に嫌いってわけじゃないけど……」


「そんな曖昧な言い方するなんて、京ちゃんにとってお姉ちゃんはどうでもいい存在なの?」


「だからそんなことないって」


「ちゃんと答えてよ、京ちゃん……」


「だから、その……俺にとって姉貴は……」


 なんで俺はこんな窮地に追い込まれてるんだよ。というかこのギャラリー共はなんなんだ。物凄い数の視線が俺を注目してるし。これは姉貴の作戦なのか!? 外野を自分の味方に付けるとは……流石は完全無欠の生徒会長さまといったところだ。


「わ、わかったよ。食べさせてやればいいんだろ。ほら、口開いて」


「えへへ。分かればよろしい」


 あぁぁ!! 完全に踊らされてるよ俺。不甲斐ない、不甲斐ないぜぇ。五時間目はこれを目撃したクラスメートに冷やかされるんだろうな……


「早く♪ 早くッ♪」


「わぁったよ!」


 俺は自分の皿から適当におかずを箸で取って姉貴の口に入れてやる。


「ん〜、おいちい。やっぱ京ちゃんにア〜ンして食べさせてもらうと違うね」


 「変わらねぇよ!!」と、ツッコミを入れようと思ったがやめた。


「じゃあ、今度はお姉ちゃんがア〜ンしてあげるね♪」


「え……」


 まだこれは続くらしい。でもこれ以上は勘弁だ。今度こそ逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ……


 とりあえず俺は逃げるための口実を探す。その時、時計がやけに俺の視界をチラついていた。気になって時計をよく見てみると……


「25……分…… もう25分じゃん姉貴! 急いで食べなきゃ」


 徳明館の五時間目始業は1時40分からになっている。この食堂から教室までは5分かからないくらいだ。急いで食わなければ五時間目に遅刻する可能性もある。


「まだ15分あるし、のんびりしてても大丈夫だよ。それに京ちゃんのためなら少しくらい授業に遅れたって……」


 急がなきゃ間に合わないかもしれないってのに生徒会長様は余裕ぶっこいてるし!! しかも授業に遅れてもいいとか言ってるしよ。生徒会長にあるまじき発言だろ……


「生徒会長が授業に遅刻しちゃダメだろ」


「ええ〜っ!! せっかくの京ちゃんとの密時なのに……」


「文句言わずに食う!」


「うぅ……分かったわよ」


 名残惜しそうにたっぷり俺を見た後、渋々皿からとったおかずを自分の口へと運ぶ。


 ふぅ……これで俺は姉貴から逃げられるぜ。さぁて、俺も残ってるやつを食うか。




 そして約10分後、俺と姉貴は食堂を出た。もちろん、食堂を出る時に俺たちを見ていたギャラリー共にガンをつけながら食堂を出たのは言うまでもない。


* * * * * * * * * * * *


 俺と姉貴は食堂を出て、校舎へと通じる中庭を歩いていた。手入れの行き届いた中庭はとても綺麗で、様々な植物が咲き誇っている。なんでもこの中庭は徳明館高校の卒業生で、有名な建築家が設計したらしい。


「なぁ、姉貴」


 俺は空を見上げて、隣にいる姉貴に言葉をかけた。蒼い空に真っ白なソフトクリームを連想させる入道雲。それはまだ過ぎ去らない夏を象徴しているかのようだ。


「ん? なぁに、京ちゃん」


「今が9月の初旬だってことわかってるか?」


「わかってるわよ。今日は9月9日でしょ」


「じゃあ、9月の初旬って残暑があって暑いってこともわかってるか?」


「そうね。今日は特に暑いわね」

 さも当たり前といった口調で姉貴は返事をした。


「なら……暑いって知ってて何で俺にくっつくんじゃぁああ!!」


 姉貴は俺の左腕を取り、両手で抱えるようにして俺にくっついていた。俺の腕は抱き枕じゃねぇよ!!


「だって京ちゃんの左腕が好きなんだもん♪」


「くっついたら暑いだろが!!」


 それに左腕が好きってどういうことだよ。つーか、渋谷とかでデートしてるバカップルじゃねぇんだからよ。『恥』の極みだろが!!


「暑くないもん!」


「じゃあその額で光る滴はなんなんだよ」


 うっすらと額で光るものを俺は見逃さなかった。


「『なんなんだよ』と訊かれたら、答えてあげるが世の情け。世界の破壊を防ぐため、世界の平和を守るため、真実の悪を貫くラブリィーチャーミングな敵役(かたきやく)!! マムシ!! ジゴロ!! 銀河を駆けるR団の二人には、ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ!! ニュースでニュース!!」


「誤魔化すなよ! それに一部違ってるだろ!!」


 というか、なんでそんなセリフを覚えてるんだよ。もう何年もポ○モンなんて見てないだろが。

「誤魔化してなんかないもん! ホントに暑くないんだもん!! 京ちゃんはお姉ちゃんのこと信じてくれないの? お姉ちゃんは京ちゃんのことを信じてるんだよ……? 酷いよ……、京ちゃん……」


「あぁ、もう!! わぁったよ。俺が悪かった!」


 いつになく姉貴に振り回されてるよ俺。今日は厄日か。星座占いで射手座は一位だったんだけどなぁ……


* * * * * * * * * * * *


 俺が教室に戻ると、ちょうど授業開始一分前だった。


 俺は椅子に座って机から国語の教科書とノートを取り出す。もちろん俺は既に気付いていた。みんなが俺を見ているということを。それはそうだろう。片や学園一のアイドルで天才で完全無欠の生徒会長さま。片や少し勉強が出来るだけで、見た目は普通の男。どう見たって釣り合わねぇよ。つーか姉弟だからこそこんな風に注目を集めるわけなんだがな。


 でも一つ、訂正があった。それは、俺の周りに座る美咲や美姫、徹がいつもと変わらず接してくれたこと。なんて良い友達なんだろう。俺はその時、そう思っていた──


「なぁ京」


「なんだ、徹?」


 俺の前に座る徹が後ろを向いて俺に話しかける。どうせいつもみたいに宿題を見せてくれ、って頼むのだろう。そう思って俺はノートを開いて徹に見せてやったが、徹は

「宿題を見せてほしいんじゃなくてだな……」と言った。徹が宿題をやってくるとはな、珍しいこともあるもんだ。


「じゃあなんだ?」


「お前、やっぱり瑞希先輩と出来てるのか!?」


 ──俺は固まったよ


「……あは、あはは、あはははは、んなわけねぇだろ!? 俺たちは血の繋がった姉弟だぜ?」

「でもよ、あんだけラヴラヴで何もないっていうほうがおかしいよな。今日だって食堂でお互いにア〜ンとかやってるし」


 ──逝きたいと思った


「……………見てたのか……? 今日のこと……」


 読者のみなさんはわかっていると思うが、あのラブは姉貴からの一方的なもんだから。それにラブじゃなくてラヴかよ!


「おうよ。バッチリクッキリ見させてもらったぜ。ちゃんと──」


 徹は途中で言葉を切ると、何やら制服のポケットから携帯を取り出してイジり始めた。そして、徹は携帯の画面を俺に向ける。画面に映っていたのはデータフォルダで、そこにはいくつものファイルがあった。カーソルはフォルダの一番上になっている。


「3gp形式……動画ファイル、か……?」


 思わず独り言が洩れる。嫌な予感がするぜぇ……


「ああ、その通りだぜ。ほれ……ムービーも撮っておいてやったからよ」



 ──死ぬしかないと思った


 その言葉と同時に徹の指は決定ボタンを押していた。そして一瞬の間があった後、ムービーが再生された。しかも音声付きで超高画質。あの忌々しい記憶がそのムービーをキッカケに走馬灯のようにフラッシュバックする。それを見た俺は心の内で淡い蒼の炎が燃え盛るのを感じた。


「知ってるか? 日本で近親婚は認められてないんだぜ」

 徹のその言葉で俺の怒りが最高点に達したその時──




 プチッ──




 どうやらこめかみ辺りで血管が一本ほど切れたらしい。


 ──こうなったらアイツを討つしかないと思った


「……おっと、こんな所に六法全書が──これはきっと六法全書で徹を殴れ、との神様からの啓示に違いない!! ならばその啓示に従うまで!!」


 俺はそう言って六法全書を取り出した。どこから六法全書が出てきたのかは是非、訊かないでほしい。もし訊かれても『四次元ポ○ットから』としか答えないがな。


「待て待て、今どこから六法全書を取り出した!? というかお前は無宗教だろ。それに六法全書を使って殴れなんて啓示をする神様なんているわけねぇだろが!!」


「ふっ、愚問だな。どこから取り出したか、だと? 四次元ポ○ットからに決まっているだろう。それに知らないのか? 日本には800万人も神様がいるんだぜ。800万人いれば一人くらいは六法全書で殴れという神様はいるだろ」


「800万人て……ホントかよ?」


「岬ちゃんが言ってたんだ。間違いない」


「美咲……ちゃん?」


「バカ野郎!! Welcome to NHKの岬ちゃんだッ!!」

「Welcome to NHK?」


「NHKはそのままで、英語を和訳しろ」


「……ようこそ、NHKへ。……NHKへようこ──あぁ、わかったわかった!!」


「スッキリ理解出来たところで、君に二つの選択肢を与えよう。六法全書の淵で殴られるか、六法全書の表紙の面で殴られるか……どっちがいい? 死に方くらい貴様に決めさせてやろう」


「ま、待て京!! はやまるな!」


「花丸屋!?」

「『はやまるな』だっつぅの!! てか花丸屋ってなんだよ」


「知らないのか? フラワーショップ・花丸屋ってのが近所にあるんだよ」


「知るかボケェ!!」


「ふむ……やはり俺にボケは向かないらしいな。ならばツッコミで天下を取る!!」


「……熱でもあるのか京? いつになくキャラが違うんだが」


「熱? そうだな。その熱は恐らく……俺の止まらない熱いパトス!! そして、この若さみなぎるパッション!! 自分でも何言ってるかさっぱりわかんねぇよ。あはは、あはっ、あはははは……あははははッ!!」


「救急車を呼んでやろうか?」


「冗談はよし子さん」


「こいつぁマジで重症だな。救急車を呼んだ方がよさそうだ」


「何を有価証券」


「…………」


 何故か徹は黙ってしまった。何故だ。何故黙っている!?


「はっ! つい関西人の血が騒いでボケてしまったぁああ!! だからさっきから徹は黙っているのか!?」


 これが関西人の(さが)というものなのか!? これが若さ故の過ちというものなのかぁああ!!


「いやいやいやいや、京は東京生まれの東京育ち。生粋の江戸っ子だろが! つーか、さっきボケじゃなくてツッコミで天下取るとか言うてたやろがボケぇええ!!」


「ナイスツッコミ! ナイスツッコミなんだけどぉ、そんなんじゃ天下は取れへんさかい。天下取るにはもっとインパクトが必要や」


「いや、あの、別に天下を取るとか信長的野望は抱いてないからさ」


「どれ、ワイがお手本ちゅうもんを見せたるさかい、よぉく頭に刻み込むんやで」


 俺は手に持つ六法全書を高々と持ち上げる。それを見た徹は青ざめた顔をして

「ま、待て!! 待つんだ京! それは洒落にならんから!!」と叫んだが、もう遅い。こっちは三倍の速さなんだぜ?


「MSの性能が戦力の決定的な差になると──」

「天誅!!」


 俺が振り下ろした六法全書は手に伝わる心地よい感触と、ボコッという鈍い音を残して徹の意識を三途の川が見える所まで飛ばした。



 友達は大切にしような。お前ら、マスターカードで友達は買えないぞ♪




──Fin.──

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