人との関わりは大切だよね
(・・・危なかったなぁ)
ーーやっと視認出来る範囲に人を捉えたと思ったら状況が不味かったので咄嗟の不意打ちに成功したことと、救出に間に合ったことにホッとする。
今、渡が一瞬で狼を葬った攻撃は「水刃」という最低ランクの魔術師スキルであり、同ランクスキルのなかでは発動が早いのでNWC2をプレイし始めた当時はよく使用していたスキルだ。
(しかし・・・やはり現実味が有りすぎるな)
胴体が俺のスキルによってグロテスクにも二つに分かれた狼共。
ーー流石に吐いたりはしないが、あまり気持ちのいいものではない。
そんな事を考えながらとふと狼の死体から助けた冒険者の方へと視線を向けるとふと、あることに思い至る。
ーー俺の話した言語は通じているか。
・・・おかしな話だが、今話した言葉が彼らに理解できているかどうか自信がないのだ。
・・・通じていないならどうしたものか
ーーー此処は恐らく異世界であり、自分の今話している言語が通じない可能性が高い。
そのことをすっかり失念していた。
しかし、当たり前と言えばあれだが。
(・・・やはり警戒されているなぁ)
渡は目の前の男を見る。
20半ば辺りといったところかいかにも戦士といった風貌であり、先程の戦闘で血塗られている大剣を構えたまま油断なくこちらを窺っているように見える。
(さすがに「迷子です」はおかしいよな・・・)
渡は先程の自分の発言を後悔していた。
初めて、まともそうな人間ーーー神殿の奴らは除いて浮ついていたのもあるが、よくよく思えば今の発言は自分で言ってて良く解らないものであった。
ここは見たところ人が通れるよう舗装された道のようだ。ーーーつまりこのまま歩いて行けば村なり街なりにたどり着くかもしれないということになる。極度の方向音痴ならそれでも迷子になるかもしれないが、それではいったい森の中で何をしていたのかということになり、彼らにこれ以上警戒されて自分の立場が危ういことになるのは避けたい。
ーーこの未知の世界での人との接触は穏やかなもので行きたい。
俺は少しでも情報が欲しいのだ。
とりあえず今は出方を見る。
ーーそうしていると
男の方から溜息混じりに
「ロイネリアの街までなら送っていってやれるが?」
と返答が来た
どうやら話の意味は通じているみたいだ。
俺が何故この世界の言語で話せるのかは知らんが
今はそのお陰で助かったといってもいい。
街が何処に有るのか知らない自分にとってはそれで十分だ。
「それはありがたい、お願いします」
「・・・助けてくれたところ悪いが、仲間と相談しても良いか?」
「どうぞ」
そう言うと男は仲間の方に歩いていく
(・・・まともな人みたいで良かったよ)
と内心ホッとした渡。
もし、この接触がうまく行かない場合は(いきなり切りかかられる等)余り使ったことの無かった支配スキルや操作スキルを使わなきゃいけない事になる。ーー最悪、跡形もなく消し飛ばし痕跡を無くすこともできるが、この世界に来て人殺しなどはしたくない。
そういえば蟹を焼いた時もそうだったがこの狼を殺しても何の罪悪感も感じなかった。ーー何かのスキルが働いているんだとしたら其れは魔物だけではなく人間も対象に働くのだろうか。
(・・・スキルは便利だけど自分が人間じゃ無くなっている気がするな)
と感じる渡であった。
ーーーーーーーーーーー
「・・・で、どうするウォルカ、一応ああ言ってきたが」
と未だに大剣は抜刀したままで静かにその相手に話しかける男。
「まあ、貴方の命の恩人でもありますし、蔑ろにする訳には行かないでしょうーーーそれにそんなに警戒する必要もなさそうですよ?」
と、ウォルカと呼ばれた白いローブを着てーー今は多少血で汚れているが右手にメイスを持ちその問いに陽気に答える神官らしき青年。
「・・・警戒する必要がないというのはそれはどういう理由でだ?」
と、この中で一番若いであろう紺色のローブを着て銀色の杖を持つ青年は若干苛立ち気味に言う
ちらりと目線を移し
「勘ですよ、ビッド」
と軽い感じで答えるウォルカ
「・・・・・」
ビッドと呼ばれた少年は沈黙する。
そして大剣を持った男を見て
「マークさん・・・貴方も助けたもらったのもそうですが、勘でそう思ったから彼の話を聞いたのではないんですか?」
相変わらずこの神官には読まれているかと
マークと呼ばれた男はふぅ、と息を吐いて
「・・・まあ、悪い感じはしなかったな」
そう、マークは嫌な奴など今まで散々見てきた。
大体自分を騙そうとしている奴とそうでない奴の見分け方位は解っているつもりだ。
「じゃあ決まりですね。商人には私から話しておきますよ、あの馬車に後一人くらいは乗れると思いますし・・・それに」
そこで一旦ウォルカは言葉を止め
「それに?」
「もし、僕たちを陥れるつもりならばとっくにやれていると思いますよーーー先程の腕前・・・・・僕には何が起こったのか解りませんでした」
「確かにな・・・」
マークはベテランの冒険者といっていい。
しかし、そのベテランと言えども長角狼二匹に襲われる時の彼は危なかったーーーというより死を覚悟した。どんなに運が良くても今後の冒険者生活に支障をきたすレベルの怪我を負っていたんじゃないかと彼自身感じるほどにだ。
ーーーその彼の死線を容易く退け、目の前でそれを見ていたにも関わらずあの黒髪黒目のローブをきた青年が何をしたのかマークにも殆ど解らなかった。ーーー何かが飛んで来て気が付いたら狼が真っ二つになっていたーーーそんな程度だ。
前に見た高ランクの気に入らない魔術師より見事な手際だ。
そんな高位レベルのスキルを使う魔術師が何故1人でこんな所に、しかも「迷子」だと。
正直、意味不明だ。
だが、仮にあの青年が俺達を殺そうとする悪者だったならば助太刀するのがまずおかしい。
幾らでも俺達を仕留めるチャンスは有っただろうし、既に何かされている訳でもないだろう。
勘だが。
「・・・・・」
ビッドは黙ったままだが何か言いたげな様子だ。
「ビッド、何か言いたいことがあるのか?」
とマークの問いかけにも答えず彼は馬車へと歩いていった。
(・・・無視か)
ビッドとの付き合いはそう長くはない。
元々は付き合いの長いウォルカと二人のパーティであったため今組んでいるのは期間限定のパーティなのだ。
俺は最初から奴のことが余り好きではなかったが、魔術師が居なかったのと腕は悪くなかったために嫌々手を借りた。
最近、奴が少々調子に乗っているのはわかるし、勝手に無視してどっか行ってしまうのも良くあることだと慣れてしまった。
ーーー戦力としてはそれで十分だったが、過信が全滅につながるーーーそれくらいは理解しているのか、奴自身パーティを危険に晒したことはない。
自分の取り分にはうるさいが。
だが今回の奴の態度は何か違う。
それが何なのかは良く解らないが。
「いつもと違いますよね、彼」
「!」
俺はウォルカをつい勢いよく見てしまう。
「顔に出てますよ」
と指摘されるが俺の今の顔は無表情に近い顔のはずだが
「それより彼を待たせては悪いですね」
長年の付き合いだがこいつのことは良く解らない。というより掴み所がないように振る舞っているのか。
ひょっとして何か俺に隠しているスキルがあるんじゃないか。
だが、今回はこいつよりもビッドよりも問題児がいる。
突如現れた魔術師らしき青年。
(もう一人良く解らない奴が増えるのか・・・)
勘弁して欲しいものだ。と切実にマークは思う。
ーーーーーーーーーー
「・・・そういえば自己紹介がまだでしたね」
ガタゴトと馬車に揺られながら白いローブを着た青年が斜め前に座っている黒髪の黒いローブの青年に話しかける。
ーーあの後馬車の中で震えていた商人と何とか話をつけたウォルカはこの怪しげだが悪意を感じない青年と馬車の中で対面していた。
ーーいや、仮に敵意や悪意を悟られないようにしているんだとしても大したものである。
隣に座っているのはマークであり、若干未だ警戒心を持っているようだが彼の態度は至って普通だろう。
ーー突如として現れ瞬く間に二十近い角狼を倒し、その存在を寸前まで感じ取れなった謎の青年。
これだけで既に驚きなのだが、その三十近くある角狼の討伐の証である角を「全部差し上げます」と言われたならばウォルカにとっては警戒や驚きというよりも興味を持つ存在である。
お人好しなのか?
こんな青年は冒険者では見たことがない。
と、すると冒険者ではないのだろうか?
それに珍しい黒髪でソロの魔術師というのは、本人は自覚しているのか解らないが目立つ。
先程の狼を蹴散らしたスキルーーーいったいあれは何なのかを彼に問いたいが、それを聞いても彼は答えないだろう。
戦いに身を置く者にとって所持しているスキルを隠すのは基本なのだ。
スキルを明かすことは自らを危険に追いやっているのと同じ事であり、それが高ランクの者であれば有るほど重要なこととなる。
先程の戦闘から黒髪の彼が並みの魔術師でないことは明らかだし、何より彼自身余り力のことに関して聞かれるを避けているようにウォルカは感じた。
「僕の名はウォルカ=ローラッドといいます。冒険者をやってます」
隣にいる戦士の男も
「同じく冒険者をやってるマーク=ジェフリットだ。先ほどは本当に助かった。」
「感謝する」と自己紹介と礼をする。
「俺はーーー俺の名はワタル・サノ。ワタルでいいです」
と恭しく礼をする俺。
こういうのは丁寧で礼儀正しいほうが好印象を持たれるだろう。
「あと、そっちにいる紺色のローブを着た魔術師がビッドです」
と指を指すウォルカ
ビッドと呼ばれた青年は馬車の端の方で外を眺めている。
何となく何かを考え込んでいるようにーーー馬車に乗った時から時々渡のことをチラチラ見る視線に気づいてはいたが、睨みつけるような視線を感じるので自分が彼に何か悪いことをしたのかという気になってくる。
「あの・・・何か気に障ったようなら馬車を降りますが」
と腰を上げようとする渡だが
ウォルカは慌てた様に
「いえいえとんでもない!・・・マークさんの命の恩人にそのようなことをするわけにはいきません。気分を害したならば私から謝罪をさせて下さい・・・」
と非常に申し訳なさそうに言うウォルカと
「あいつはそういう奴なんだ。居ないものとしてくれて構わないぞ。」
ビッドを睨みつけるマーク
(・・・このメンバーはどうやらうまくやって行けてないみたいだな。あのビッドとか言う青年との仲が悪いのか。このままだとこのパーティは危ういな)
と渡はしみじみ感じた。
ウォルカが小声で
「すみません。彼はちょっと問題ありなんです」
と俺に言ってきた。
「・・・気にしてませんよ。それより貴方たちは今冒険者と言ってましたがーーーもしかしてこの馬車の護衛依頼ですか?」
これは彼らを目撃した当初からなんとなくそんな気がした。
このウォルカが商人の安全を確保し、なるべく狼共を近づけさせないように結界を馬車を守りように張り戦っていたことから護衛ということになり、ファンタジー恒例の冒険者とウォルカが言っていたことから馬車の護衛依頼だろう推測できる。
ウォルカは微笑み
「ええ、その通りです。ヤークからロイネリアへこの馬車の積み荷と商人の護衛を受けましてねーーー貴方が居なければ先程の戦闘で依頼が台無しになり、仲間の誰かが死んでいたかもしれません」
と苦笑しながら感謝の目で俺を見る。
「いえ・・・こちらこそ迷子の俺を救ってくれたのも有るのでそれで帳消しという事にしませんか」
ーーー自分が見ている目の前で人が死ぬのは嫌だった。
渡は簡単に助けられるから助けた。
もし、どうしょうもなかったのなら助けなかっただろう。
そのくらいは割り切っているーーーというよりこの世界に来てから余り動揺する事がなくなり冷静に物事を見れるようになった気さえする。
いえいえとウォルカは言う
「それではそちらに申し訳がないのでーー何か私達に出来ることなら協力しますよ」
ウォルカはちらりとマークを見る
彼は頷くように
「命を救って貰ったんだ。それくらいはするさ」
とマークが言う
(ふむ、どうするか・・・)
渡は考える。
思った以上にいい人たちでよかったよ。
兎に角、俺はこの世界について一般常識について何も知らないので彼らに色々教えて貰うのも良いかも知れない。それに冒険者というのも興味がある。
未だ見ぬダンジョン。未だ見ぬモンスター。未だ見ぬアイテム。
胸が熱くなる。
(そうと決まれば・・・)
「ではその助けた対価と言っては何ですが・・・」
と渡はこの世界について正直に聞くことにした。