ここから始まる俺の異世界生活
「ここは・・・どこだ」
ーー霧が濃い。
ちゃぷちゃぷと水の音がする。
ーー周りを見渡すと右手に湖がある。
それほど大きな湖ではないがそれに対してごつごつした大きな岩も幾つかあり、湖が途切れた外側には森が広がっている。
うん。
ーーこの状況から察するにどうやらあの神殿から無事遠くに転移できたみたいだ。
さすがは攻略サイト、頼りになる。
その情報がなければこの手段は実行できず他に幾つか考えたエグい方法を使わざるを得なかったからな。
「悪心の悪戯」様々だ。
本当によかった。
「よっしゃ!俺は自由だ!!」
俺は声を張り上げた。
何となく言ってみたかったのだ。
周りに誰もいないから恥ずかしくはない。
実際、これから見て回るこの世界ーー異世界はとても楽しみで、俺は期待に胸を膨らませていた。
ーーー瞬間、いやな気配がした。
無意識に後ろに飛び退く
ーーー俺の飛び退く前に居た場所には大きな黒い塊
ーーーイヤ、大きな鋏があった。
俺はその鋏の持ち主を見た。
ーーー大きな岩みたいな黒い蟹だ。
NWC2の頃にはこんな魔物はいなかった記憶がある。
「デカいな」
縦に3m程はあるだろうか。
油断していたとは存在に気づかないとは、
レベル100(最高値)としたことが不覚だった。
しかし直前まで気付かないということはーーー
「なるほど、「擬態」ね」
俺は周りを見渡す。
岩のような黒い蟹。
黒い蟹のような岩
十中八九、「擬態」スキル持ちの蟹だろう。
ーー「擬態」スキルは自分と同じ位の大きさの物体に文字通り擬態する特定の魔物が有しているスキルだ。
勿論スキルランクが高ければ高いほど相手には自分の存在が認識し辛くなる、嫌らしいスキルである。
俺は油断しまくっていたとは言え奇襲直前までこの黒い蟹の存在に気づかなかった。
つまりこの黒い蟹の「擬態」スキルはそれなりのランクだということだ。
ーー俺は油断なく黒い蟹を見上げる。
自分がこの世界でどれほどの強さを持つのか解らない今、ゲームのレベルが最高値だからといって過信するのは馬鹿のすることだ。
実際、自分がゲーム最盛期の頃でも、戦闘専門職頂点の奴らならレベルが俺より10レベル低くても高い確率で俺に勝つだろうし、4人以上のパーティ推奨の高ランクボスが何も出来ないままたった1人のプレイヤーに八つ裂きにされる動画だって見たことがある。
格下が格上に勝つことはよくあることなのだ
多分ね。
ブクブクブク
黒い蟹はバスケットボール大はある両目の間の口から
泡を吐いているこちらを窺っている。
ーー俺は油断しまくっていたのに残念ながら仕留められなかったから
さぞ悔しいだろうな。
まずは小手調べといこう。
という渡の嘲笑のような感情が蟹に通じたのかーー
ーーー瞬間、蟹の口から水を凝縮したような光線が渡に襲いかかる
だが、渡の2m程手前で水の光線は弾かれた。
ーーーーー(「灼熱」)
斬り返すように魔術攻撃スキルを放ち
ーーー水の光線が弾かれる数瞬の間に苦しむ間もなく黒い蟹は高熱によって輝き燃え尽きた。
「え?」
ーーと間抜けな声が上がった。
その声を発した者は当然この場に1人しかいない。
渡である。
「・・・いやいやいや」
今、蟹に対して俺が無詠唱で使用したスキル「灼熱」のランクは4。
幾ら、熟練度が最大、炎属性スキルをマジックアイテムで強化、最高級の杖「大法皇の杖」を所有し、レベルが100だったとしてもさほど威力のないが発動の速さに定評があるこの魔術師スキルに一撃保たないとは。
大体俺のレベルのこの「灼熱」スキルでは精々炎属性と相性が悪くないレベル30程度のモンスターを一撃で倒す程度だ。
ということはレベル30程度かそれ以下だという事になる。
「・・・・・」
蟹の攻撃に一応、無詠唱で自分の数十cm周りにランク5スキル「上位結界」を発動したが
この「大法皇のローブ」の効果か、マジックアイテムの効果か、レベル差が有りすぎたのか、はたまた全部か知らないが、・・・・・・結界に相手の攻撃が触れる前に完全に抵抗したみたいだった。
高ランクの「擬態」スキルを持っていたみたいなので弱くはないな、と思ったが
ランク4程度の魔術スキルで瞬殺だから大したことはなかったんだろうか。
・・・・・いや、この蟹一匹でこの世の中の強さを決めてしまうのは不味い考え方だ。
しかし、自分がどれほどの力を持っているのかよく解らない。
これもまずい事になる。
もし、俺がこの世界で超強い存在だった場合、これから始まる快適で健やかな生活を大いに妨げる恐れがあるからだ。
そう、これが現実であるかもしれない今、
俺はこの世界で普通に生きていたいのだ。
いや、多少俺強いしたい気持ちもあるが
この世界の勢力ーーー例えば国やヤバげな組織に追いかけられたりする逃亡者のような生活は嫌だった。
きっと碌なことにはならない。
ーー今の蟹を一撃で倒した時点で自分が超弱いというわけでもないだろう。
ーーというわけですぐさま初期装備「見習いローブ」と「見習いの杖」に装備し直し、身につけている最高位マジックアイテムをアイテムボックスに全てしまい、「身代わりのネックレス」ーーこのマジックアイテムは即死級の攻撃に発動し、所有者を1度だけ守ってくれるーーーだけを装備した。
「懐かしいなぁ」
これはNWC2初めての魔物を倒した時に着ていた初心者装備だ。
ーーー身代わりのネックレスを除いてだが。
俺にもこんな時があったなぁと渡は呟く。
最強級装備から最弱級装備にいきなり変更するのは極端だと思うが、純白のローブと杖は目立つのだ。
キラキラしてるしね。
「本当に危ない場合すぐに装備変更できるし」
マイセット装備変更は元々ゲームに搭載されている機能。
ステータス画面の装備のお気に入り装備の項目に素早く切り替えれば
先程の最強装備変更に1秒とかからない。
ーーこの世界でも何の問題もなく使えるのはよく解らないが、便利なこの機能が使えるので余り深くは考えないことにした。
「それとこれも念のため一応装備して・・・」
渡はアイテムボックスから取り出した指輪を装備するーーこの「魔封じの指輪」はNWC2においてよく使われるマジックアイテムであり、装備者の魔力を魔物に感知されることが無くなるので奇襲などを行う際に便利である。
ーーちなみに渡がこの指輪を使うときは専ら逃げ足の早いレアモンスターを奇襲する時のみである。
ーーそういえば、今倒した黒い蟹の名前は何だったんだろうかとふと思い
ーーーーー(「鑑定」)
幻影蟹魔の死骸
状態:灰
幻影蟹魔
渡は異世界初戦闘の魔物の名前を覚えた。
実際、名も解らないままなのは嫌だったのだ。
状態がよかったならアイテムボックスに入れたのだが、明らかにオーバーキルで灰の塊のようになってしまったので
加減を覚えなくてはなぁと反省する渡である。
今使用したスキル、「鑑定」はランク2程度のスキルであり無生物ーーー武具や装飾品、マジックアイテムの名前と状態を観ることが出来る。
あくまで「どのようなものであるのか」を観るためそのものに対する情報を多く得るという方法には適していない。
もっと詳しく知りたいなら上位のランクのスキルである「分析」や稀少スキルであるが「念理」などのスキルが適しているだろう。
「さて・・・」
ーーマップの表示は未探索エリアとなっている。
そこで「上位探知」スキルを使うことにした、
これで俺はかなり広範囲の生物の探知が可能になった。
レベル100だし熟練度も高いからな。
「うん?」
この森に魔物は大小様々な気配がするが、それより重要なのは北東約2km辺りに人らしき気配・・・6つほどだ。
いや・・・そのうち2つはゆっくりと動いている人間ではないものの様に感じる。・・・そうすると馬か?
どうやら馬車でも引いているみたいだ。
それに近づく大勢の魔物の気配がある
これは多い・・・30近い数だろうか。
どうやら、その4人も接近に気づいた様な焦燥が伝わってくる。
・・・探知スキルってスゲェ。
交戦に入りそうだ。
どうしようか・・・
このまま助太刀に向かうのもいいが
余計なお世話かもしれない。
・・・しかしこの世界に来て神殿の奴ら以外人間に会ったこと無かったので今の世の中どうなっているのか情報が欲しいし知り合いも欲しい。
よって会いに行くのは確定だが、
ーーピンチになるまで静観しているか。
それがいい
そうしよう。
「そうと決まればーー行くか」
この世界?の住人とのファーストコンタクト。
緊張するね。