現状
東方儚月抄のネタバレも含まれています。
注意してください。
月の使者。
月の都の防衛を任された十に見たたない玉兎と、リーダーたる綿月姉妹で構成された部隊。
それ故、他の玉兎と比べ厳しい稽古と規則が縛り付けるため、過酷な環境に耐えきれず、逃げ出すものも少なくない。
だが、近年はそんな厳しい規則があるのにもかかわらず、隠れて怠ける兎がほとんどという問題がある。
ほとんど戦うことのないことと、兎たちのさぼり癖。そして、素行の悪い兎を徴用するという再教育場のような、組織的な方針として決められてしまったことがこのような問題を招いていた。
これが 第二の地上人侵入事件(第二次月面戦争?)で裏目が出ることとなる。
かつての教訓があるというにもかかわらず。
「で、結局酒が盗まれたのは地上の妖怪によるものである、ということだったのね。」
「ええ。」
依姫は重く答えた。
「兵士たちは・・・玉兎たちは私が問うまで、侵入者がいたことを私に全く言いませんでした。
私としたことが・・・。申し訳ございません。」
彼女は続けて姉であり、月の使者のリーダーである豊姫に言った。
それに対し、豊姫は軽く首を振った。
「いいえ、私の責任よ。
リーダーである私が、レイセンだけを連れてここを離れた揚句、彼女らを放置したのが・・・。」
「せめてレイセンだけでも、監視役において行ったほうがよかったのかもしれませんね。」
「かといってほかの玉兎では・・・。悪いけど。」
「うーん・・・。」
姉妹はいつも以上に深刻そうに話し合っていた。
今回の事件で受けた被害は酒一つだったが、盗まれた酒が問題なのではない。問題だったのは、もっと重要な、重大な事態が露呈したことにあった。
もしも、これが地上に広がってしまったら・・・
と思うと二人は月にとって、地上は少し厄介だが、気に病むほどではないと感じていた地上が、存亡にかかわるような危険な存在になりうる。という考えにつながる。
そんな大変な事だった。
「千数百年前の教訓・・・全く生かされていないわ。
これでは、あの時の悲劇が起こるかもしれない。」
「・・・。」
まだ幼かった頃、第一月面戦争は月側の圧倒的勝利によって、終結したことは習った。
しかし、私たちの教育係であり当時から月の使者ーのリーダーを務めていた、八意様は仰った。
―確かに月の使者は地上の妖怪たちを打ち負かしたわ。
でも、月の使者もたくさんの戦闘兎を失ったのも確か。その原因は―
「呑気さ。
これは全ての月の民や私たち姉妹にも言えることだけれども、玉兎はそれをずば抜けているといってもいいわ。」
お姉さまがおっしゃる通りだ。
例え月の都が陥落するような危機に陥ったとしても、相変わらず餅ついて遊びながら、その情報を脚色した噂でも垂れ流しあっているだろうと確信が持てるほど、呑気だ。
ま、聡明で博識のある恩師、八意様はそんな胡散臭い噂など、信じることは永遠にない。
だから八意様はほかの月の民とは違って、正しいことしかしない。
「今回も、八意様に頼ってしまうことになりますが・・・。
極秘に使いを送り、第一次月面戦争当時の実態が記録されている書物を、複製して持ち帰るのです。
その記録を兵士たちに見せることで、今回のような呑気さが、いかに危険な行為であったということを知ってもらいましょう。」
依姫はいつも以上に、姉に迫って言う。
「あれ?
私たちの倉庫に記録があったはず―・・・。」
「お姉さま、それは先代の当主によって破棄されています。
それに、いま出回っている書籍では都合の悪い部分は隠されておりますので、ためにならないかと。」
「あー・・・そうだったわ。」
なぜ破棄されたのかよくわからない。
たしか、当時の記録は時代を経ていくうちに、地上から侵略される危険性が低いことが判明した。
警戒する意識が薄まり、教訓として残していくという意味を失ったと感じたのか、私たち二人が当主になるまでにはほとんどがなくなり、都合のよいように書き換えられた記録書のみが都に出回っているのみである。
いわゆる 風化 。
それも、かなり貴重な書物として、学者の間でかなり高価な価格で取引されているというし、教本でもたしか一ページ程度しかない。
当時を生きていた人や兎もすっかり忘れているらしく、聞いても無駄なのだ。
八意様とかかわりのあった私たちですら、ほとんど把握できていない。
「・・・わかったわ。依姫。
でもね、適役ってものがあるわ。」
「ふふ・・・お姉さま。
いますよ、その使者にふさわしい。優秀な兵士が。
月の使者のリーダーであるあなたなら、絶対に知っているはずです。」
「言うわね、依姫。
もちろん知っているわよ。
その優秀な兵士を呼んできなさい。」
「はい。」
久しぶりに、少し笑みをみせた依姫は堂々とそう言うと、部屋を出て行った。
一方、いつも通り月の使者の玉兎たちは・・・怠けていた。
訓練所兼綿月邸の庭で、それぞれの趣味と無駄話に耽っている。ひどい者はそこらじゅうの木から桃をむしり取って食べている始末。
そんな中でも、真面目に訓練はしていないが自分が持つ武器に興味を持ち、武器の扱いを極めようとする者もいた。レイセンである。
まず刃がない銃剣を取り出すと、ポケットから筒のようなものを取り出す。
それを銃剣の持ち手についている差込口にはめると、刃が出てきた。
「ええっと、これが連射弾幕筒だったっけ?」
銃剣の刃の部分には 連射 の文字が浮かび上がっていた。
「よし!」
最後に、銃身のない本体を取り出した。
本体に弾幕筒付きの銃剣をはめ込むと・・・。
「弾幕ライフル完成!」
これが月の使者が誇る最新式のライフル。
弾幕筒と呼称される細長い弾倉を取り付けることで、弾幕発射を可能にする 銃剣 。
その銃剣を直接本体につけることで、小銃として使用できる。
そうした特殊な装着方法であるため、銃身が少し浮いて見えるという奇妙な外見をしているが、銃剣主体のライフルであるが故に槍として扱うことができるという、月にとって画期的かつ先進的なモデルなのである。
実際に地上からの侵略者を一丁で、複数を一気に倒せたという実績を持つ。
これを扱う玉兎兵はこれに無頓着なので全く気にもかけていないが、装着の仕方さえ理解できれば複雑な訓練を必要とせず、このように怠けていても力を存分に発揮できる。
さらに、この弾幕筒には様々な種類があり、今回レイセンが取り付けたものは 連射弾幕筒 と呼ばれるもので、振ったり引き金を引いたりすると、直線状に細かい弾幕が大量に放射されるタイプだ。
だが、穢れを嫌うこの月では、殺傷への執着はさほどないため、ただでさえ弾数制限のない弾幕筒ではただ取り付けておくだけでいいので、このような細かい知識を身に着けている玉兎など、ほとんどいない。
レイセンはこの銃の魅力に目覚めたのだが、少し調べた程度知識しかもたない。
だが、ほかの玉兎兵のように全く知識を持たない者でも簡単に扱えるという、恐ろしい汎用性を持っていることは理解していた。
やがて、綿月様が私たちの訓練を見に来ることを察知したのだろう。
怠けるのをやめ、稽古をやり始める。
察知した通り、依姫様が私たちの稽古を見に、いらっしゃった。
みんな焦って稽古を続けている中で、銃の扱いというマニアックな趣味を得た私は、焦ることなく気楽に銃から弾幕を放ったりしていた。
依姫「・・・!」
・・・あの依姫様が驚かれている。
どうしたのだろう。
「さすがね。もう銃を扱いこなしているとは。
あなたなら、安心して任せるものなら任せられそうだわ。」
「はい!もうどんな任務にも恐れず、挑戦する覚悟ならできております!!
地上からの侵略者からの防衛、地上への派遣もご命令とあらば!」
依姫に褒められたのがうれしかったのが、つい調子づいた発言へとつながってしまった。
そのうえ、レイセンはいつも通りの感じで依姫がここを訪れたと、思い込んでいたのもその理由の一つである。
「そうね。
期待した通りだったわ。
では、さっそく着て頂戴。」
依姫は何か安心しきった顔をしていた。
それがうれしくて仕方がないレイセンは、言われるがままついて行った。
「あーあー・・・そっか、レイセンはまだ新入りのほうだったかな。」
一人の玉兎は苦笑いしながらつぶやく。
「依姫様は稽古サボってることがばれるということ以外、訓練中にめったに兵士を呼び出さない。」
さらにもう一人の兵士が、便乗するかのように言い出した。
「でも、あの様子じゃお怒りではないし。そもそもレイセンはいないときにも稽古やってたからね。
・・・ということは?」
「ふふ・・・なんでよびだされたのか全く理解していない様子だったねぇ。ま、わからんか。新入りだし。」
「そういえば、これが原因で逃げ出した兎がいなかったっけ?」
「ああーー!!あの人ね!?」
月の使者には地上に逃げた、優秀な玉兎兵がいたことを思い出した。
そして、その兵士のことで話題が持ちきりになった。
「いい?
あなたがなすべき任務は・・・。」
豊姫からレイセンを呼んだ意味と、要件がすべて伝えられた。
そして、愕然とした。
レイセンに課せられた任務。それは・・・。
―永琳から第一次月面戦争の記録を複製し、それを持ち帰ること―
月の使者に属する玉兎はあまり真面目に稽古をしない。
理由は二つ。一つは元からの性格。もう一つは、優秀な兵士を見なされた兵士は時に信じられないほど過酷な任務が下ることがある。
それを避けるためであった。
月の民にとって監獄そのものである 地上 を選ぶ兵士が出るほどであるのだから。