1話 全てを喪った日
この事実を、嘘だと信じたい。
リビングには、床に広がっていた血溜まりの上に、首から上が無い母親と父親の体があった。両親の首から上が、何故かテーブルの上に並べて置いてある。
妹は、と思ったが、数日前から行方不明となっている。4年前から世間を騒がせている、行方不明者続出事件の犠牲者となったのだろうか。
佐倉徹哉は、携帯を取り出して警察を呼ぼうとした。だが、通話ボタンを押す前に、友達から電話がかかってきた。
「もしもし」
『助けてくれ!殺され―――』
ブチッ!という、無慈悲に通話が切られる音がした。徹哉は体の芯が冷えていくのを感じた。
ゆっくりと廊下に出て、玄関で靴を履くと、外に出た。雨が降っているが、それでも気にせず歩き始めた。
どこに行くわけでもない。もう身寄りが誰もいなくなってしまった今、徹哉は雨の中をただ虚ろな目をしながら歩いていた。
「あれ?徹哉じゃん。どうしたの?」
前の方から声がする。顔を上げると、徹哉の彼女であり幼馴染の新庄瑠夏が、傘を持ちながら駆け寄ってきていた。
「こんな雨なのに何で傘差さないのよ。大丈夫?」
そう言って、瑠夏は雨でずぶ濡れになった徹哉の体を、持っていたタオルで拭いている。だが、徹哉はその場で膝を折ると、そのまま泣いた。
「え?ちょ……徹哉どうした?」
「殺された」
その発言に、瑠夏は傘を落とした。
「殺された……誰が?」
「親が、殺された」
瑠夏はバッグから携帯を取り出すと、警察を呼ぼうとした。
「徹哉、今から警察を呼ぶから、落ちついて」
「その必要は、無い」
不意に後ろから、聞いたことのあるような声がした。徹哉は瑠夏を庇おうとしたが、その直前に、音もなく瑠夏の首から上が地面に落ちた。
「え……?」
雨の音が、一層強くなった。だが徹哉は聞こえなかった。全ての音が消え去った。
地面が真っ赤に染められていく。ドサッ!という音と共に、首から鮮血を噴き出した瑠夏が倒れた。
そしてその後ろに、日本刀を持った女が立っていた。その女は、徹哉が在籍しているクラスの学級委員長をやっている桐生留美だった。
「徹哉君、こんにちは。散歩中だったの?」
そこで、これは悪い夢だ。徹哉はそう思った。
こんな数時間で周りの人間が死ぬわけがない。これは夢だ。
だから目を覚ませ、と。
「覚めないわよ。だって現実だもの」
まるで心を見透かされたように言われ、そこで我に返った。
雨が徹哉の服を濡らし、瑠夏から噴き出す血を辺り一面に広げていく。
「な………なん……で、こん…な……」
声が震え、まともに喋れなかった。徹哉は現実味のない出来事が立て続けに起こり、明らかに動揺していた。
その様子を、血が滴る日本刀をぶら下げてる留美は嗤いながら見ていた。
「今のあなたに言えるのは、1つだけ。あんたはもう死んだってことよ」
ドス!
そんな音が聞こえた瞬間、強烈な痛みが腹部を襲った。
立て続けに、首筋と後頭部にも衝撃が走り、意識が朦朧としてきた。
最後に、留美はこう言った。
「さようなら。そしてようこそ」
ドン!
視界が暗転し、徹哉の意識は闇の中へと落ちていった。