If ~桃太郎の場合~
ある日ある場所ある山に、いかようにしてかは誰も知らぬが、1つの大きな桃が天より落ちてきた。
桃は山の頂上、川の源流に着水し、そのまま下流へと流されていく。
どんぶらこっこ~どんぶらこ
しばらくの後に、桃は山の麓へと辿り着く。そしてそのまま村を流れる川をゆっくりと下っていった。
どんぶらこっこ~どんぶらこ
そんな桃を真っ先に見つけたのが、村一番の欲深と忌み嫌われる婆だった。
婆は大きな桃を見つけると、しめしめこれはもうけものだとばかりに川から桃を拾い上げようとする。
しかしそんな時、桃の中から「おぎゃー」と赤子の声が聞こえてきた。
婆は、「これは奇妙な桃だ。拾うと何か面倒なことになるかもしれない」と考え、苛立ち紛れにそこらに遭った石を思いっきり桃に投げつけると桃を拾わず家へと帰ってしまった。
婆に見捨てられた桃は何事もなかったかのように川を流れていく。
どんぶらこっこ~どんぶらこ
次に桃を見つけたのは婆の隣の家に住む、若い娘だった。
娘は先ほどの婆の様子を近くで見ていた。正確には、桃を見つけて拾おうかと川に近づいたところ、婆がいるのを見てこれは無理だと諦めかけていたのだ。
しかし婆が桃を拾わずに家へと帰っていくのを見て、娘はしめしめ運がいいと桃を拾いに川へと近づいていったのだ。
娘は流れる桃を拾おうとするが、ふと先ほどの婆の様子を思い出す。
「あれほど欲深な婆が拾わずにいた桃だ。もしかしたら腐って食べられないのかもしれない」
娘はそう思いなおして桃を拾わずにその場を離れていった。
娘に拾われなかった桃は何事もなかったかのように川を流れていく。
どんぶらこっこ~どんぶらこ
次に桃を見つけたのは村一番の力持ちと囃される大男だった。
この大男も婆が、そして娘が桃を拾わず帰っていくところを川の近くで見ていた。そして娘と同じく、腐っているから婆は桃を拾わなかったのだと考えていた。
しかしこの男、大の桃好きであるがために、たとえ腐っていようとあれほど見事な桃を捨て置くのはもったいないと考え、エイヤと一息に大きな桃を持ちあげ持って帰ろうとした。
しかしその時、「おぎゃー」と桃の中から赤子の泣き声が聞こえてくる。
外見に見合わず存外臆病なこの男。桃の中から赤子の声が聞こえた瞬間、「化け桃だー!!」と桃を投げ捨て一も二もなくその場から逃げ帰っていった。
大男に投げ捨てられた桃は再び川に着水し、そのままゆっくりと流れていく。
どんぶらこっこ~どんぶらこ
その後も桃は拾われず、それどころかやれ腐れ桃だ化け桃だと罵られ、挙句に石を投げつけられて見るも無残な姿へと変わっていく。
それでも桃はゆっくりと川を流れていく。
どんぶらこっこ~どんぶらこ
やがて桃は村を抜け、流れるままに川を下り、ついには海へと流れ出る。
潮に流され波に乗り、魚に突かれながらもどうにかこうにか桃は沈まず流れていく。
どんぶらこっこ~どんぶらこ
さらにそこから時は流れ、長きに渡る桃の旅も終りを告げる。
辿りつくは人の住まわぬ無人島。されどその島、人は住まわねども人ならざるものは住んでいた。
その者、身の丈はゆうに8尺を超え、毛深く分厚い肌は赤く染まり、頭には牛のごとき角が生えていた。人はその者を鬼と呼び、住まう島を鬼の住む島、鬼ヶ島と呼び恐れていた。
鬼は流れ着いた桃を見ると酷く悲しげな顔をして、無言のままに穴を掘り始める。
そしておもむろに桃を拾い上げるとエイヤとそれを二つに割り、中から赤子をそっと取り出す。
流され投げられ石をぶつけられ、衰弱して死んでいった赤子を優しく地面に埋めると鬼はポツリと呟いた。
「また、ダメだったか……」
人の住まわぬこの島で、いつ始まるともわからない物語。いつになったら終わらせてもらえるのかわからない物語。いつから始めたのかも知れぬ、自らを終わらせてくれるものを送り続ける苦しみ。
始まらない世界を嘆く彼の呟きは誰にも聞かれず空へと消えていった……。
皆様はじめまして。浅田明守と申します。
こちらへの投稿は初めてとなります。掌編・短編をメインとしてまたしばしば投稿させて頂くと思いますので以後お見知り置きを。
駄作ではありますが、呼んで頂き感想などを頂ければ幸いかと思います。