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黒ネコさんの受難 2


 そんなことがあった次の日。

  私は、黒ネコさんが先生に見つからないかどうか気が気じゃなかった。

 かといって何回も校舎裏に行ったりして、もしまた先生に会ったりしたら怪しいことこの上ないし・・・私は休み時間ごとに廊下側の窓から校舎裏の様子をひっそりと伺って、黒ネコさんが捕まってないかどうか確かめていた。

 で、そんな落ち着きのない午前中を過ごした、待望の昼休み。

 私は出来るだけ早く昼ごはんを食べた後、校舎裏に来た。

 その先で見覚えのある姿を見つけ、思わず頬が緩んだ。

 あ。早い高橋君、もう来てたんだ。

 昨日も居た木の下で胡坐をかいて座ってる高橋君を認め、私は周りを確かめながら近寄る。

 高橋君の傍にはコンビ二の袋と、食べ終わった後のゴミがその中に入ってるみたい。どうやらここで昼ごはんを食べたらしい。そんなことを確認しながら、きょろきょろと辺りを見渡す。

 うん、大丈夫。先生はいない。この位置だと、遠目からだと葉っぱが邪魔して黒ネコさんはあまり見えないはずだ。でも、念には念を入れたほうがいいかな。


「高橋君、ごめん、ちょっとこっちに来て!」

 たどり着くなり、開口一番私はそう言って、高橋君のがっしりとした腕を引っ張った。

 黒ネコさんがうみゃあ、と高橋君の足の間から目を細めて私を見上げてくる。か、かわいい・・・、じゃなくて。和むのはあとあと!

「・・・・?どうしたんだ?」

「理由は後で話すから、もっと奥!あっちに行こう!」

 と私は、木の茂みを指差して高橋君を促した。

 高橋君は眉をしかめて不明瞭な顔をしながらも、私の言うとおり黒ネコさんをそっと抱き上げて、木の茂み、コンクリート塀の傍まで私に引きずられるまま来てくれる。

 うん、ここなら木が邪魔して、私たちの姿も隠してくれる。いい感じ。


「ごめんね。高橋君、ここでいいよ。」

 私は注意深く辺りをチェックした後で高橋君の腕を放し、先に木の傍の草の上にそっとしゃがみ込んだ。

 高橋君の腕も引っ張ると、逆らうことなくすとん、と大きな体躯が私の横に座ってくる。黒ネコさんは腕に抱かれたままだ。

 楠の木は立派な幹をしていて、がっしりした高橋君ははみ出ちゃってるけど、他にも木々があるから、気づかれることはまずないと思う。

「・・・どういうことだ?」

 ふう、とひとまずほっとしてため息をついたところで高橋君がそう聞いてきた。

 私はみゃあお、と腕に顔をすりつけてごはんをねだる黒ネコさんに、用意していたねこまんまの入ったタッパを開けてあげながら、手短に昨日のことを高橋君に話した。


「というわけなの・・・だからしばらくは隠れてたほうがいいと思うんだけど・・・これからどうしよう?」

「・・・・」

 話し終わり、高橋君を見上げると、高橋君は腕組をして考えこむ表情をしていた。

 私はその、男らしい顔の輪郭を見上げる。

 強い意志を表すかのような太い眉、その下の瞳はきりっとした鋭さがあり、それが目つきが悪く見える要因にもなってる。とても同い年には見えない大人っぽい顔立ちは、見惚れてしまう精悍さがある。

 じいっと見つめていると、ふいにその瞳がこちらを向いて私はどきっとした。うわ、見てたのわかっちゃったかな、恥ずかしい。

 そのちょっと厚めの唇が何かを言おうと開いたときだった。


「お~い、ネコ、ネコやーい、いないかー」

 という声が、茂みの向こうから聞こえてきたのは。

 う、来た!

 ぎくりと肩が強張った。すばやく黒ネコさんを確かめると、タッパから顔を上げ、ぴくぴくと耳を動かして辺りの様子を伺ってるところだった。

 次に楠の木に身を隠して背後の様子を伺うと、昨日の先生があちこち校舎裏を探し回りながらこっちに向かって来ているのが見えた。

 うわあ、どうしよう。

「おっかしいなぁ、いないなー」

 能天気そうな先生の声に追い詰められる心地がする。

 ていうか、ちょっとこっちの方に近づいてきてない?

 寄りにもよって先生は、茂みの中にまで足に踏み入れてきていた。

 どくん、どくん、と心臓の音が騒がしくなってきて、身体が緊張のあまり硬直したように動かなくなった。その間にも声は近づいてきている。

 そんな私の肩にそっと手を掛けられたのは、がさがさという草の踏み分ける音が近くまできた時だった。

 え、と思った時には固まる私の腕を優しく、でも逃がさない力強さをもって地面に引き倒される。

 すぐ隣に大きな身体が一緒に倒れてきた。言うまでもなくその主は高橋君だ。

 ぎゃあ、近い近い!近いよ高橋君!

 すぐ傍に温かい熱を感じて、顔が赤くなるのがわかった。吐息を頭の上に感じて、その近さに眩暈がする。

 草むらに顔が隠れるくらいまで倒されて、楠の陰から先生の様子を伺う。

「おーい、いないかー」

 先生の声が聞こえて、は、と私は我に返って黒ネコさんを探した。黒ネコさんは高橋君の足元に警戒態勢で座り、耳をぴくぴくと反応させている。ひげがぴんと張ってる。どうやら黒ネコさんも、昨日のことをちゃんと覚えてるようだ。

 お願い、見つかりませんように・・・!

 私はぎゅっと目を瞑って祈った。

 その祈りが通じたのか、しばらくすると先生はあきらめて茂みから出ていった。

 その姿が校舎裏から消えたのを確認したとたん、ふうう、と思わず大きな安堵のため息が出た。

 よかったぁ・・・!

「・・・行ったな」

「―――!」

 耳の傍で低音が響いて、気の抜いていた私は傍目にわかるほど肩を揺らしてしまった。うはぁ、忘れてた・・・!

「・・・悪い、驚いたか」

 隣に感じていた熱がふっと消えた。高橋君が身を起こし、また眉を寄せた顔で私を見下ろしていた。

「見つかりそうだったから、つい引っ張ってしまった。痛くなかったか」

 そう言いながら、手をさしだしてくれる。

 私はその大きな手のひらを見つめ、ちょっと迷いながらも自分の手を差し出した。

 手のひらが届く前に、ぐい、と高橋君が私の手を握って上に引っ張り揚げてくれる。

 身体を起こした私は、その力強さにまた胸がどきりとしてしまった。

 うわ、うわ、絶対顔赤いよ、私いま。  

「あ、ありがと」 

「いや。こっちこそ悪かったな。」

 と高橋君はそう言って、軽く制服についた土を払いながら立ち上がった。

 それから考え込むように腕を組む。

「とにかく、しばらくは見つからないようにして・・・こいつの飼い主を、探すしかないな」

「そ・・・う、だよね」

 追い出されるより、飼い主を探してあげるほうがずっといい。

 それでも、私はちょっと名残惜しかった。そんな場合じゃないのに。

 高橋君と黒ネコさんと一緒に居た、この温かい空間がとても居心地がよかったから。

「ほら、お前ももう行け。見つからないようにしろよ」

 高橋君が黒ネコさんの前にしゃがみ込んで、丁寧な手つきで黒ネコさんの頭を撫でた。黒ネコさんは気持ちよさそうに目を細めてごろごろと喉を鳴らしている。

「・・・じゃあな」

 最近よく見るようになった、きつめの瞳を一瞬和ませて、高橋君は立ち上がって黒ネコさんに別れを告げた。

 私もそっと柔らかい毛並みを撫でた後で、バイバイして、高橋君のがっしりとした後姿を追った。

 後ろを振り返り振り返り茂みを出ていく。

 上手いこと草むらと木々が小さな黒ネコさんを隠してくれるのを確認するとほっとして―――ふいにまた、気配を感じて校舎を見上げた。

 三階の窓に人影?

 光が反射して、眩しい、と一瞬手で防いだあと、もう一度見ると人影は消えていた。

 ・・・また、だ。

「井上?」

「あ、ごめんね、何でもない」

 校舎裏を曲がるところで高橋君が振り返って怪訝そうな視線を向けてくるのに手を振り。

 私は、高橋君と校舎裏を後にした。


                


   


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