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高橋君と猫 3

「いらっしゃいませ~」

 その次の日の土曜日。

 先週と同じく、学生鞄と胴着を肩に掛けて現れた高橋君の姿を認めて、私はとっておきの笑顔で迎えた。

 あ、びっくりしてる。

 いつもちょっと眉根を寄せた無愛想な顔が、きょとんとした表情でお店の入り口で立ちつくしてるのを見て、私はふふっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 意外に目が大きいんだね、高橋君。そうしてると、ちょっと幼くって年相応に見えなくもないよ。

「ご注文は?」

 にこやかにそう訊ねると、憮然とした表情を浮かべて、大またでショーケースのところまでやってくる。

「ロールケーキ。箱入りで」

「ありがとうございます。少々お待ちくださいね」  

 そう言い置くと、ショーケースからロールケーキを取り出して、すばやく包装する。

  持ち時間を確認し、保冷剤も入れて完成、と。

「ありがとうございました!」

 にっこり満面の笑顔でケーキを渡すと、迫力のある視線が返ってきた。おっとぉ、怖いよ高橋君。

「・・・どうしてここに」

「えっとそれは、ここがわたしのお家だからです!ちなみに先週も居たよ?

 高橋君、うちのロールケーキ気に入ってくれたんだ?」 

「・・・・・・」

 す、と視線を逸らした高橋君を見て、私は堪え切れずに噴出してしまった。

 高橋君の甘いもの好きは、私の中で決定事項になっていたんだ。なぜなら。

 黒猫さんにあげるパンのチョイスがもう・・・全部、あまいあま~い菓子パンだったから。

 クリームいっぱい、チョコいっぱい、美味しそうなパン達ではあったんだけど、毎回毎回私は笑いをこらえるのに大変だったよ。

 くすくすと笑うと、むっとした気配が漂ってくる。

 けれど、この四日間でちょっとだけ高橋君のことを知った私は、それが照れたためだとわかったから怖くなかった。


「けど、高橋君こそどうしてこんなところに?」

「・・・母親が、この辺で働いてるんだ。」

「え、そうなんだ?!あれ、もしかしてうちの常連さんだったりするのかな?」

ウチのケーキ屋、一番のお勧めはロールケーキ。

 ふんだんに卵を使った生地はふわっふわで、軽い。

 中のクリームは甘さ控えめだけれども、少し柑橘系の果汁を混ぜていて、食べるとほんのり甘酸っぱい。

 一度食べると嵌まる人が多く、常連さんは必ずといっていいほど買っていってくれる品なんだ。

 高橋君は先週も買っていってくれたから、食べたことあるのかな?と思っての質問だった。

「・・・たまに、ここのケーキを買って帰ってくる」

「そっかぁ、ありがとうございます~!」

 うふふと笑って私がお礼を言った時、背後の厨房からひょいっとお母さんが顔を出してきた。

「愛那?どうしたの、お友達?」

 どうやら話し声が聞こえたらしく、気になって様子を見にきたらしいお母さんは、高橋君の姿を認めると一瞬だけきょとんとして目を丸くした。

 うん、ちょっと驚くよね。およそケーキ屋さんに似合わない風貌だし、目つきは悪いし。

 とか考えてたんだけど、お母さんの反応は私の予想の斜め上を行っていた。

「あら!愛那と同じ学校の制服じゃない。

 どうも、娘がお世話になってます」

 と頭を下げつつ、お母さんが高橋君の頭の上からつま先まで視線を走らせ、全体像をチェックしたのが私にはわかった。

 あ。なんか、やばい気がする。

「こんにちは」 

 す、と高橋君が姿勢を正して頭を下げる。

 いつもは無愛想だけどそこはやっぱり腐っても体育会系なのか、年上の人に対する礼儀は叩き込まれてるなぁと私は感心した。

 口数は少ないけれど、穏やかな声音が落ち着いた雰囲気を漂わせる。

 目つきはやっぱり怖いけど。でもまぁ、精悍な顔立ちの高橋くんは、こうして見ると、背も高いし、テレビに出るちょい悪役のガタイのいいイケメンって感じだ。

 そして、世代的に、同じ世代の私達にとって高橋君の無愛想さってちょっと怖いけれど、お母さんにとっては違うらしい、ていうのがわかった。


「あらあらまあまあ」

 えと、お母さん、どうしてそんなに瞳がキラキラしてるんでしょうか。

 なんか、意味ありげに私のほうを見るの、止めてくれる。

 ふふ、と全体的に柔らかめな印象を持つお母さんは、口元に手をあてて笑みを浮かべた。

「愛那ちゃん、せっかくお友達が来てくれたんだから、ちょっと出てきたら?ここは、いいから」

「「え?」」

 私と高橋君の声がはもった。

 え。お母さん、何言い出すの。

「ほらほら、行って行って」

 にこにこと、私の肩に手を置いてカウンター内から私を押し出すお母さんに、慌てて私は振り返った。

 あれ、これ、なんか誤解してない?! 


「お、お母さん、何か勘違いしてる・・・!」

「いいからいいから。行ってらっしゃ~い」

 私の言葉を訊くこともなく、ぶんぶんとショーケースの向こうから大きく手を振るお母さんにあちゃあと頭を抱えたくなる。

 私の性格はどちらかというと母親似で、思い込みが激しいところなんてほんと、嫌になるほどそっくりだとお父さんや兄ちゃんに言われることを思いだす。

 でもまぁ、せっかくだからいっか・・・

 私は肩を竦めながら、呆然とことの成り行きを見守っている高橋君に向かって、言った。

「行こっか?」

  

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