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    少年、それは手ごわい 14


  


 地の底まで落ち込んだ気分のまま、俺は教室へと戻ってきた。

 放課後のざわめきはするりと耳を通り抜け、ここで起こってることが全てどこか遠い出来事のように感じる。

 俺はあちこちぶつかりながら自分の机まで来ると、横に引っ掛けた自分の鞄を取り出した。


「こぉら、いい加減にしろこのバカ」

 もくもくと部活へ行く用意をしていた俺の頭をばこん!と結構な勢いで叩いてきたのは、橘だった。

 腕組みをして俺を半眼で睨みつけてくるその表情は、呆れきったものだ。

「・・・なんだ」

 突然の衝撃に俺は頭を抑えて、橘の明るい瞳を見返した。

「それはこっちの台詞だっての。昨日からなんなんだよ、お前は。

 ずっと目が据わってて、怖いっつーの。お陰でお前の周り、みんな怯えて近寄んねーじゃねぇかよ」

「・・・ほっといてくれ」

 俺はぷいと顔を背けてそう答えた。正直今、誰とも話したい心境ではなかった。

「そーはいくか。公害なんだよまったく」

 ため息混じりに橘はそう言い放つと、いきなりむんずと俺の鞄を引っつかんで歩き出した。

 数秒それを見送った俺は、はっと我に返ると慌ててその背中を追いかける。

「橘、鞄返せ」

 しかし橘は俺の言うことを無視してそのまま教室を出ていった。

 生徒でごったがえする放課後の雑踏の間を縫い、廊下をすたすたと早足で歩いていく茶髪のウェーブ頭の後を追ったが、なかなか止まる気配がない。苛立った俺は、強く橘の肩を掴んで振り向かせた。

 眉間に皺を寄せる俺とは違い、振り返った橘の表情は飄々としている。 

「ほら行くぞ、今日は部活は休み」

「・・・は?」

 意味がわからず更に深々と眉間に皺を刻んだ俺を無視して、橘が再び前を歩き出す。

 我に返った俺は奴を追いかけたが、橘の足は速く、次に追いついたのは靴箱のところでだった。

「おい橘、いったいどういうことだ」

 怒気を込めてマイペースに靴を履きかえる橘を問い詰めると、ちらりと俺を横目で見やった橘がため息を吐きながら答えた。

「柔道部の連中からの伝言。『冷静な高橋に戻るまで部活に来るな』だと。

 昨日、そうとう無茶な練習してたんだろ?『練習の邪魔になるから来なくていい』だってさ。

 主将命令らしいぞ。さっき代表して藤堂が伝えに来た」

「・・・・・」 

 同じクラスの部活仲間の名に、膨らんだ苛立ちがしゅるりと小さく萎んでいった。

 気の優しい藤堂は、昨日最後まで無茶な俺の練習に付き合ってくれた猛者だ。

 体つきも俺とそう変わらず大柄、瞳はくりっと二重で、某○ズニーの○ーさんにそっくりの愛嬌ある顔立ちの藤堂は、疲労困憊でよれよれの俺を、自分の降りる駅でもないのに連れて降りてくれたり、自宅まで送ろうとしてくれたりした。

 さすがに情けないやら申し訳ないやらで断ったが。

 改札で心配そうに見送ってくれた図体のでかい熊顔を思いだし、ちょっとしんみりしてしまった。 

「・・・わかった」

 迷惑をかけた自覚があるので、俺は反抗もせず頷いた。

「おっけ。じゃ、行くぞ」

「って、どこにだ」

 俺に鞄を押し付けた橘がさっさと歩きだすのに思わず声を掛けると、振り返った橘がにやりと笑った。

「決まってんじゃん、お前の家」


※※※


 途中コンビニに寄って飲み物やら食べ物やらを買い込んでから、俺達は家に帰った。

 そして部屋に落ち着くや否や、橘が口を開く。

 

「で、一体高橋の物思いの原因はなんだ?

 やっぱり昨日の昼休みの子?」

「・・・・・・っ」

 狭い部屋には座卓なんてものはなく、絨毯の上に直接飲み物やらなんやらを置き、思い思いの場所に背中を預けて一息ついたところに橘に直球で踏み込まれ、俺は口に含んだコーラを吹きそうになった。 

 げほごほと咳き込み、涙目になりながら橘の方を見ると、楽しそうに頬を緩める橘の顔がそこにはあった。

「滅多に自分から話しかけないお前が話しかけるんだ、よっぽど親しいってすぐにわかったっつーの。

 かわいい子だったじゃん。なんか、あったんだろ?」

「―――」

 俺は、迷った。

 姉たちに井上のことを話していたときはまだ自覚する前で、割りとすらすらと話すことができたが、好意を自覚すると躊躇いというか照れがある。

 けれどそこは、同性ならではの気安さもあって、俺は戸惑いつつも口を開いた。


「避けられてる」

「へ?なんで。この前、すっげいい感じだったじゃん」

 目をぱしぱしと瞬いた橘が疑問符を浮かべた顔でまっすぐ俺を見つめてくる。

「・・・・・」

 俺はそれには答えられず沈黙を返した。

 言えるわけがないこんなこと。素面で。

 と視線を逸らす俺を見やって、橘がいつもの軽い調子でまたまた直球を放った。

「なになに、密室で襲っちゃたーみたいな?ははは、まさかなー」

「・・・・・・・・・・・・」

 けたけたと自分の台詞に受けて笑った橘が、ぴしりと固まった俺の表情に気づいて目を見開いた。

「え・・・・?まじ・・・?」

 端整な顔が驚愕に染まるのを決まり悪く眺めて、俺は視線をすっと逸らして訂正した。。

「・・・襲っては、いない・・・が、抱きしめた」

「あー・・・そうですか・・・」

 橘がぽりぽりと頬を搔く。なんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。

 俺だってそうだ。なんというか居た堪れない気持ちでいっぱいだ。

 普段の茶化した様子は成りを潜めて、橘が視線を合わして訊ねてくる。

「・・・好きなのか?あの子のこと」

「―――ああ、どうもそうらしい・・・昨日、気がついた」

 率直に白状すると、橘がそのままうーんと天を仰いだ。心なしかその頬が照れたように赤い。

 らしくない歯切れ悪い態度にどうしたのかと疑問の目を向けると、軽く首を振って苦笑を頬に浮かべる。

「いや、なんか照れくさくって。まっさかお前からそんな話聞くと思わねぇし」

「橘は、慣れてるのかと思っていた」

 意外な気持ちでそんなことをぽろりと零すと、橘の明るい瞳が拗ねたように細まって唇を尖らせた。

「失礼だなーお前、俺のことなんだと思ってるわけ。

 ・・・まっ、後腐れない付き合いしかしたことないけどな。

 お前みたいに思わず抱きしめたとかそんな経験ないから却って照れるわ。なんつーの、初々しい?」

 からかうようににやっと片頬を上げた橘に、俺は眉を寄せた表情を見せつつほっとしていた。

 先ほどまで自分のやったことがとんでもないことで、ただひたすら自己嫌悪を感じるばっかりだったのが、橘と話してるうちに気分が軽くなって、こういったことも普通のことだと思えてくるのが不思議だった。これも経験値の違いだろうか。

 橘がいつもの屈託ない笑みを浮かべて言う。

「まぁ、とにかくあれだ。まず謝った方がいいな。いきなりはまずいだろーと俺も思うぞ」

 揶揄する口調で言われた内容に、俺はまた先ほどのことを思い出して気分が落ち込んだ。

「・・・謝った。『私も忘れるから気にしないで』と言われて、そのまま逃げられた」

「あー・・・」

 俺の言葉に橘が気の毒そうな視線を俺に向けてくる。

「『気にしないで』と来たか。それはちょい好きな相手に言われるときっついな。

 要するに、友達に戻りたいからなかったことにしたいってことだろ?」

「なかったこと・・・」

 橘の言葉に、そうか、と俺は納得していた。

 井上に『忘れるから』と言われたとき、俺はどうしようもなく苦しくて胸が痛かった。

 それは、自分の気持ちもなかったことにされたようで哀しかったのか。

「で、お前はどうなの。それで、忘れるの?」

 器用にもコップの縁を咥えてぷらぷらとしばらく遊んでいた橘が、頃合を見計らって考えに沈む俺に向かって聞いてきた。

 俺は、壁に預けていた背中を放して、ベットの縁に凭れて足を投げ出す橘の明るい瞳をまっすぐ見る。

「・・・無理だ」

 少なくとも俺の中で井上に対する気持ちは走り出していて、それを止めようという気持ちは、井上に逃げられた今でもなかった。

 俺の返答を聞いた橘はそっか、と頷いて軽い調子で続けた。

「んじゃあ傷心ついでにも一度ぶち当たって粉砕してくれば?」

「・・・粉砕?」

「そ。だって高橋、まだあの子に好きだって言ってないんだろ?」

「―――」

 図星を突かれて思わず沈黙してしまった。

 そうだ、俺はまだ肝心なことを井上に一言も告げていない。

 真顔になった俺に、橘がふざけた調子でしなを作って俺に擦り寄ってきた。

「失恋したら慰めてあ・げ・る」

「気持ち悪い、やめろ」

 ぐぐっと寄せてきた橘の額を俺は手のひらで向こうへ押しやった。

 女座りで床に手をついた橘がけらけらと笑って俺を見上げてくる。

 まったく、ふざけた奴だ。

 ため息を吐きながら髪を掻き揚げた俺は、ふっと苦笑いを頬に刻んだ。

 深刻な気分にならないよう、気持ちを引き上げてくれる橘の気遣いが、胸に染みた。



 

 

 

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