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乙女、振り回される 2


「・・・・・」

 高橋君を追いかけて、右の手首にカップケーキの入った紙袋をひっかけたまま廊下を飛び出した私は、その姿を階段近くの理科準備室前で見つけた。

 ただし、一人じゃなかった。

 オンナノコと一緒だった。はにかむように俯いて、ぼそぼそと何かを話してる。高橋君はと言えば、いつもどおり眉間に皺が寄った、気難しそうな表情で立っている。

 ぴたりと私の足が止まった。う、近寄れない。

 何だか二人の世界が出来上がってて、入って行けない雰囲気だった。しまった、後でやり直そう。そう思って、踵を返そうとしたとき、ばちりと目を上げた高橋君と視線が合う。

「井上」

 ふ、と高橋君が瞳を柔らかく緩めるのを見て固まってしまう。

 うう、そんな顔されたら気づかなかったふりなんてできないよ。仕方なく、半笑いで近づいていく。

 女の子は、体育祭のときに高橋君と二人三脚の種目でパートナーだった子だった。あの時に怪我したものだろう、右の踝には軽く包帯が巻いてある。

 当たり前だけど、突然現れた私に女の子はびっくりしたみたいで、あわあわし出した。私と高橋君を交互にみやって、焦ったように口を開く。

「あっ、じゃあ、私もう行くね!ほんとにありがとう、高橋君!」

「・・・ああ。気をつけてな」

 高橋君が軽く頷いた。

 頬を染めて、怪我した足を庇いながら、ここから去っていくその子は私から見ても可愛らしい雰囲気の女の子だった。ぴょこぴょこ歩くその姿は小動物を連想させる。

「・・・良かったの?」

 どう考えても後からやってきた私が邪魔者だよね・・・。

 後ろめたくって高橋君を見上げると、ああ、というあっさりとした返事がかえってくる。

「体育祭の時の礼を言われていただけだ。 気にしなくていい、と答えたし、話は終ってたから問題ない」

 いや、ちょっと素っ気なさすぎじゃないでしょうか。普通はもうちょっとそこから話が弾んでもいいような。クラスメイトなんだし。

 そう考えたけど、私は初めのころの高橋君の姿を思い出して、しかたないかと苦笑を零した。そうだった、そう言えば初めは私も、高橋君のことわざわざ追いかけて話しかけていたっけ。

 それにしても。

「ええと、あの人、怪我は大丈夫だったの?」

「ああ。幸い、軽い捻挫だけで済んだそうだ。二人三脚で走ってる途中、着地したところに不幸にも石が落ちていて、それで足を捻ったらしい」

「そっか・・・それにしても、どうしてお姫様抱っこだったの?」

 ぽろっと思わず一番気になっていたことを訊いていた。

 体育祭のあの日、私はまだ高橋君のことが好きだとは気づいてなかったけど、しっかり落ち込んだ。

 だってほら、医務室に連れていくだけなら、別にそんな派手なことしなくたっていいわけで。他の選択肢だってあったはずなのに、なんでお姫様抱っこだったのか。

 もしかして、高橋君があの女の子のこと好きなんじゃないのかとか、そういう風に勘ぐってしまう。

 好きな人が自分の知らない女の子を抱き上げて、優しくしていたら誰だって気になるよね?

 それにかわいい子だったし。

 けど、私の言葉に高橋君は眉を寄せた。

「・・・お姫様抱っこ?」

「えっと、あー・・・あの、あの時なんで横抱きで運んで行ったのかなあって・・・」

 どきどきしながら、ちらりと様子を伺うと、高橋君はああと頷いてさらっと言った。

「余程足が痛かったらしい、保健室までおぶって行こうかと訊いても、肩を貸そうかと訊いても首を振るから、ああやって連れて行く方が早いし余計に足を痛めないかと思った」

「・・・・・・・」

 私は沈黙した。

 あの時のことを思い出すに、きっとあの女の子は、自分が転んだことも怪我をして注目されることも恥ずかしくって、何も考えずにただただ高橋君の言葉に全て首を振っていたんじゃないかな。

 ところがまさかのお姫様抱っこ。余計恥ずかしかっただろうけど、そこはほら、なんていうかある意味乙女の夢だもん、反面むちゃくちゃどきどきしたと思う。少なくとも私ならそうなる。

 それに、高橋君の性格を考えるにその後もきっとあの女の子をぶっきらぼうながらも優しく扱ったに違いない。

 怖いと思っていた相手からそんな風に丁寧に扱われて、ときめかない女子なんているだろうか。しかもよく見ると相手は割りと男前だったりするし。

 むむむっと眉が寄った。面白くない、全然面白くない。先ほど頬を染めた女の子の姿を思い出すと胸の中がもやもやとした。

 ああやだな、こんな風に思うの。心がせまい。高橋君が怖そうな外見とは裏腹に、実は優しいの知ってるくせに。

 自分にだけ優しいわけじゃ、ないんだから。と自分の気持ちを宥めようと、色々言い聞かせるけど胸のもやもやは晴れない。

 高橋君のことを好きだと認めてから、私の心は加速気味に色んな感情を生み出して忙しかった。

 嬉しいときは全てが愛おしくなってハッピーな気分になるし、悲しいときは胸の中がぎゅうっとして地にめり込むくらい落ち込んでしまう。

 そして今現在は絶賛焼きもち もやもや中、だった。

「・・・どうした?」

 高橋君が怪訝そうに、眉を寄せる私を見下ろし、ふ、と手を伸ばしてきた。

 身構える暇もなく、その人差し指が私の眉間を指す。

「皺が寄ってるぞ」

 とか言いながらぐりぐりとその皺を伸ばそうとするかのように押してくる。

 高橋君の手は大きいから、それだけで私の頭を覆って視界を遮ってしまったけど、そのことにどきどきする暇はなかった。だ、だってだって、

「い、いたいいたいっ」

「お、とれた」

 悲鳴を上げて高橋君の人差し指を両手で止めると、楽しそうな声が頭上から降ってくる。

 って嬉しそうなのはどうしてよ!

「怖い顔になってたぞ?」

 涙目で思わず睨みつけると、唇の端を引き上げて高橋君が言った。

 どうやらいつも自分が言われてることの仕返しのつもりみたい。子供っぽいその言動に微笑ましいと感じつつ、同じくらいむっとしてしまった。

「高橋君だっていつも寄ってるじゃないっ」

 高橋君の人差し指を掴んだまま、反撃とばかりに逆の手の人差し指で高橋君の眉間めがけて背伸びする。けど、あっさりと手首を掴まれて失敗してしまった。

 く、悔しいっ。精一杯怖い顔して睨み付けてみたんだけど、くっく、と機嫌の良さそうに笑う高橋君の顔を真近に見て、力が抜けてしまった。

 初めてみる悪戯っぽい笑みに、悔しいけど見惚れてしまう。

 いつもきりっと鋭い、時に威圧感を与える瞳が楽しげに煌いていて、そんな子供っぽい表情も出来るんだ、と新たな発見にまたときめいてしまったり。

 ず、ずるい・・・!これが惚れた弱みと言うものなの・・・!

 すっかり戦意喪失して、どきどきする心臓に落ち着けー!と指令を送っていると、呆れた声が後ろから掛けられた。

「何やってるんだ、おまえら」

 振り返ると、さっきどこかへ去ったはずの氷室が、理科準備室の前にある階段を登ってくるところだった。 声と同じく呆れた表情で、私達のところまでやってくる。

「え、ええっと」

「なにこんなところでいちゃいちゃしてるんだよ」

「い、いちゃいちゃ?!」

 思わず声が上ずった。というか言われて気づいた、今の姿に。

 私はまだ高橋君の指を掴んだまだだったし、高橋君の手も私の手首を捉えたままだった。

 頬が一気に熱くなり、慌ててぱっと高橋君から距離を取る。高橋君の眉間にはまたまた新しい皺が寄っていた。


「お前らって付き合ってたっけ?」

 不審そうにこちらへ近寄ってきた氷室に見下ろされて、ぶんぶんと思い切り首を振る。心臓に悪い話をふるな!

「違うわよっ。こ、これはちょっと高橋君に渡すものがあったからっ」

 ほんとはいつ渡そうかと今日一日中タイミングを見計らっていたんだけど、恥ずかしいからさもついでに持ってきた風を装って言い訳する。

 私の言葉に高橋君が問うような眼差しを向けてきたから、中身が何か敢えて言わず、紙袋を高橋君に差し出した。

「えっとこれ、はい」

「・・・・・・」

 受け取った紙袋の中身を見て高橋君の瞳が少し和んだ。けどここで思わぬことに、氷室がひょいっと首を伸ばして紙袋の中を覗き込んだ。って普通そゆことする?!

「あれえ?これってさっきのカップケーキじゃん。」

 絶句する私を他所に、意外そうな表情で氷室が言った。うわぁ、ぎくりと私の肩が強張る。

「ていうか井上、さっきもう無いって言ってなかったっけ?わざわざ高橋に残してたのか」

 氷室の形のいい眉が寄って、探るように私を見下ろしてくる。

 うわ、なんか恥ずかしい。どっと汗が噴出してくる。ちらりと高橋君に視線を向けると、目が合ってどきりとした。

「・・・・へー」

 そんな私たちの姿を見て、氷室が一瞬だけ真顔になった気がした。でもそれはすぐに消えて、変わりににやっと楽しげな笑みを口元に浮かべる。

「なるほどー、そういうことね」

 とか頷きながら、馴れ馴れしく高橋君の肩に手を回す。高橋君の眉がきゅっと寄った。

「高橋ー、それ、俺にちょうだい? おまえ、甘いもの食べる顔してないだろ。俺が食べてやるよ」

「・・・断る」

 ものすごく失礼なことを言いながら、氷室が高橋君に詰め寄っていく。

「え、何もしかして食べるの?!そんなどう見ても辛いもの好きな顔してて実は甘いもの好き?!」

「・・・・・・」

「え、うそマジ?!」

 けたけたと氷室が笑った。うわー高橋君むっちゃ不機嫌になっちゃったよ。

 その広い背中を氷室がばしばし叩く。

「あんたって割りと意外性あるよなー」

「・・・ほっとけ」

「いやいやなんかかわいいデスよ?」

 からかうような氷室の言葉に、高橋君はあきらめたように息を吐く。

 くっく、と喉の奥で笑った後で、氷室は今度は私を見た。なぜだかその視線にぎくっとなる。

「というわけで今度俺になんか作ってきて」

「なにがというわけなのかちっとも意味がわからない」

「冷てー」

 氷室は一瞬ちらっと高橋君の方へその眼差しを向けるとにやりと口元を緩めた。高橋君の眉間に怪訝そうな皺がよる。

 それから楽しそうに近寄ってくる、氷室のその何かを企む犬っころスマイルに嫌な予感がして私は後ずさった。

「だってそれって体育祭のことで鈴木に作ってきたんだろ?なら俺だって食べる権利あるはずだよな?」

「いや、だからそれ意味がわからないから。」

 そもそも権利ってなによ。というつっこみは喉の奥に引っ込んだ。氷室がひょいっと身をかがめながら、私の頭をぽんぽんっと叩いてきたから。

「俺、井上の作るお菓子好きなんだよ、いいだろ?」

「・・・・!」

 ちょ、近い!赤くなって、思わず私は飛びずさった。胡散臭げな、見た目だけは可愛らしい笑みを浮かべる氷室を睨む。

「嫌だ!なんでわざわざあんたに作って来ないといけないの」

「まぁまぁ、そう言うなって」

「ちょっ、髪の毛わしゃわしゃしないでよっ」

「・・・おい」

 低い声が氷室の背後からした気がしたけど、また髪の毛をぐちゃぐちゃにされた私は怒りで耳を素通りしていった。

 氷室が笑いながら、首を傾ける。なんていうか、顔だけ見たら爽やかな笑顔だけど、どうにもさっきから胡散臭い。

「だってさっき俺食えなかったし」

「なんであんたの分がある前提なわけよっ」

「えーだって前はくれてたじゃん」

「―――おい」

「余ってたのよそれは!・・・ってちょっと近い近いちかいからっ」

 氷室がからかうように顔を覗き込んできて、なんだかもう色々頭がいっぱいになってきた私は何も考えずに叫んだ。

「ばかばかそもそも逆なのよっ、高橋君に渡すために持ってきたからあんたの分はなかったのよ!」

「え」

「・・・え」

「あ」

 ぴたっと時が止まった。。

 しまった。思わず口が滑った。

 慌てて高橋君の姿を探すと、いつの間にか氷室の肩に手を乗せる距離まで近寄って来ていた高橋君が、驚いた表情で私を見ていた。


「ほ、ほら、土曜日、高橋君美味しいって言ってくれたし、また作ってくるって言ってたし、それで、作ってこようかと・・・と、友達にお詫びもしなくちゃだったし!」

 慌てて高橋君に向かって言い訳していると、今度は隣の氷室からの呆れたような突っ込みが入った。

「土曜日って、お前ら一昨日も会ってたのかよ・・・

 ていうかどこで会ってたんんだ・・・高橋には作るのかよ・・・つうか突っ込みどころ多すぎだろおい」

 ぎゃー氷室居たの忘れてた!というかまた口が滑った!

 ダメだ、これ以上いたら余計に要らないことまで話してしまいそうだ。それに、とんでもなく恥ずかしい。

 なんかもういっぱいいいっぱいになってしまった私は、逃亡することにした。

「ということで、またね!」

 どういうことかは突っ込まない方向で・・・!

 けど、横をすり抜けて走り去ろうとした私の手首を、高橋君が掴んだ。

 うっ、捕まった・・・!おそるおそる顔を見上げると、いつものあの落ち着いた瞳に出会ってどきんっと胸が弾む。

「・・・喰うの、楽しみにしてる」

 言葉を捜すようにしてから、ゆっくりと高橋君がそう言った。

「・・・うんっ」

 嬉しくなって、真っ赤になりながらも頷くと、後ろからまた氷室がぼそぼそと言った。


「つうかなんか俺あれじゃね。お邪魔虫」

「ばっ、何言ってんのよっ、ちょっとあんたは黙って―――」

 くいっ。

 思わず氷室に突っかかっていこうとした私の手首が後ろに引っ張られて、阻まれる。

 振り返ると、私の手首はまだ高橋君の大きな手に包まれたままだった。

 

「・・・・・・」 

「・・・・・・」

 えっとあれ。動けない。

 思わず高橋君を見上げると、そこで高橋君ははっと我に返ったようだった。私の手首を離すと、自分でもよくわからないような表情をして、大きな手のひらをしげしげ眺ている。

「―――悪い」

「え、わ、と、ううん!」

 なんだか胸がむず痒くなって、私も視線を逸らしながら頷いた。なんだこれすっごい照れる・・・!

 

「・・・あーうん。悪かった。俺はもう行くから、好きなようにしてくれ」

「えっちょっ氷室っ」

 そんな私達を呆れたように見やって、氷室は冷やかすようにひらひらと手をふって去って行った。

 

「・・・これ」

 しばらくなんとも言えない沈黙が続いた後で、高橋君が、紙袋を掲げて言った。 

「ありがとう」

「・・・うん」

 俯きながら、私は頷いた。頬が熱くて、顔をあげることができなかった。

 


 結局、予鈴が鳴るまで、二人でそこに佇んでいたんだけど。

 えっと、うん、あの。

 こんなことされたら、期待、しちゃうよ?



 

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