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恋心と天然さん 2


8/23 愛那の詩織に関する感想の地の文を本の少し追加しました。詩織と愛那のお兄ちゃんは同い年の設定だったんですが、そういう記述がないことをご指摘いただいたため、こちらで追加しました。ありがとうございました^^

  高橋家のリビングは陽の光が差しこむ、小奇麗な雰囲気の部屋だった。

  


『じゃあねー、愛那ちゃん、また私の居るとき、ゆっくり来てね?行ってきまーす』

 そんな台詞と共に、高橋君を絶句の海へと放り込んだお姉さんは、軽やかな笑みを浮かべて出かけていったんだけれども。

 


  床に座り込んで、黒ネコさんを膝に抱き上げその背中を撫ぜていた私は、ソファに沈みこんだ高橋君をちらり、と盗み見た。

 南向きの大きな窓から陽の光が差し込んで、部屋の中を照らしている。

 今日も昨日に引き続いて暑く、窓を開けていても風のない日だった。早々にクーラーをつけたリビングにはひんやりとした空気が漂っている。そんな快適な部屋のソファの上で、高橋君は眉間に皺を寄せてむっつりと押し黙っていた。

 でも、良く見るとその目元がほんのり赤い。

 さっきお姉さんに言われた言葉が余程恥ずかしかったんだろう。

 お姉さんにからかわれていたときの、高橋君の姿を思い出すと、笑いがこみ上げてきた。

 いやまあね?私だって、来る前はそりゃ緊張したけどさ、でもさ。

 相手がこんな様子だと、肩の力も抜けて、逆に考える方が馬鹿みたいっていう気持ちになる。

 それに。

『ナチュラルすけべ』

「・・・・・・・・・!」

 だ、駄目だ。妙に笑えてしまうのはなんでだろう。芋づる式にその後階段に足を打ちつけた高橋君の表情を思い出し、ふるふると肩が震える。声を抑えるため、私はちょっと俯いた。


「なに笑ってる」

「―――っ、ご、ごめん、なんでもない」

 すかさず後ろからそんな低い声が聞こえて、私は笑いを噛み殺して振り返った。

 高橋君はそんな私をソファの上から見下ろしてくる。

「誓っていうが」

 高橋君がまっすぐ私の目を見つめる。その目の真剣さに私はちょっとたじろいだ。

「俺は別に、井上に何かしようと思って、家に呼んだわけじゃないからな?」

「・・・・・・・・!!!」

 私は固まった。

 えっと。

 どこまで真面目なの高橋君・・・!

 みるみる私の顔は真っ赤になった。そ、そんなことわざわざ宣言しなくたっていいよっ。

「わっ、わわわ分ってるよ?」

 お、落ち着け私。

 恥ずかしさのあまりどもりそうになるのを、ごくりと唾を飲み込んで抑える。


「だ、大丈夫。男の子のお家に行くことが・・・えっと、そんなことに繋がるわけじゃないよ。

 遊びにいくことだって、普通にあるから」

 私は行ったことがないけど。そういう話はよくあると、思う。

 まあ、二人きりというのはさすがにめずらしいかもしれないけど。

 それになんていうかお姉さんがああいう風に言ってくれたのは、高橋君に釘を刺すというよりも、年長者から私への優しさだったと思う。だって私、実際のところ緊張してたし。あともちろん高橋君をからかう為もあるだろうけど。

 高橋君にそんな気ないってわかってても、男の子と二人きりの部屋って考えただけでがちがちだったと思うんだ。大して変わらないかもしれないけど、部屋で二人きりなのと、リビングとか開かれた場所で二人きりなのとでは、なんていうかプレッシャーが違う。

 同性だし、どちらかというとお姉さんは私に気を遣ってくれたんだろう。私が彼女かどうか確認したのだってそのためじゃないかな、きっと。 

 ・・・って、まあこんな細かいとこまで高橋君には説明しずらいから、言わないけど。

 

 安心させるように私はそう言ったんだけど、返ってきたのは高橋君の微妙な表情だった。

「井上も、行ったことあるのか?」

「え。えええ私?!ないない、ないよ。男の子のお家に来るのも初めてだし!」

 と力説した後で気づいた。えっとこれも結構微妙な答えだよね?!

「そうか」

 でも、真っ赤になる私とは裏腹に、高橋君はふっと目元を和らげただけだった。

 た、助かったけど、ちょっと複雑な気持ちでもある。なんだか意識してるのが自分だけみたいでそれはそれで恥ずかしい。

「前に、二人お姉さん居るって言ってたけど、さっきの人は何番目のお姉さん?」

 微妙な雰囲気を振り払うように、私は話を変えることにした。疑問に思う風もなく、高橋君があっさりと話に乗ってくる。

「二番目だ。俺とは4つ違いの21歳。一番上は7つ離れてる。二人とも、働いてる」

 そうか。じゃあ、詩織さんはうちの兄ちゃんと同い年なんだ。なんだかそれだけで詩織さんに対して親近感が増した。

 それにしても、4つと7つ上、か。前に歳が離れてるって言ってたけど、ほんとに離れてるんだな。

「面白いお姉さんだね?」

「・・・どこがだ。いつも人のこと捕まえては要らんことばっかり言ってくる。今日は一人だからまだマシだったが、二人揃ったら最悪だ」

 渋面を作る高橋君に、我慢できずに吹き出してしまった。

 さっきのお姉さんとのやり取りを見る限り、リアルに振り回されてる高橋君が想像できた。あまり物事に動じなさそうな高橋君とのギャップに笑みが浮かぶ。

「笑うな」

 むすっとした顔で凄まれても、怖くありません。

 くすくす笑ってると、黒ネコさんが高橋君の居るソファへと飛び乗ってきた。ぴん、と尻尾をたてて高橋君の腕に擦り寄っていく。高橋君はため息をつきながら、慣れた手つきで黒ネコさんの小さな頭を撫ぜた。

 落ち着くと、私は自分が手土産を持ってきていたことを思い出した。

 

 出しそびれたケーキの入った袋を手にして、黒ネコさんと戯れている高橋君に近づく。

「これ。うちの店のロールケーキなんだけど、良かったら家族の人と食べて。

 ―――ええっと、それと」

 私は、袋に一緒に入れていた、小さな瓶を取り出した。中には、キャラメル色したクリームが入っている。

 首を傾げる高橋君に向かって、私は笑いかけた。

「高橋君、キャラメルラテ、好き?」  


 台所を借りて、私はおなべに牛乳を入れて温めた。

 その間に、高橋君に用意して貰ったカップに、スプーンでキャラメルクリームを数匙、落とす。それからちょっと濃い目のインスタントのコーヒーを用意しておく。

 みゃおみゃおと、食べ物をねだって身体をこすり付けてくる黒ネコさんにも、牛乳のおすそ分け。

 ふふっ、かわいい。目を細めておいしそうに器から牛乳を飲む黒ネコさんの口の周りには白いお髭ができていた。毛が黒いからよくわかる。

 興味深そうに私の後ろに佇んでいる高橋君は、私が持ってきたキャラメルクリームの蓋をあけて匂いを嗅いでいる。

「高橋君、キャラメルクリームは初めて?」

「ああ。キャラメルとは、また違うのか?」

「うん、違うと思う。これ、焼いたパンとかに塗ってもおいしいよ。やってみて」

 と言いながら、私ははい、と高橋君にスプーンを手渡した。

 きょとんと目を瞬く高橋君に、笑いかける。

「どうぞ。味見してみる?」

 スプーンを受け取った高橋君は、一瞬じっと私を見つめたあと、一匙、クリームを掬った。

「・・・うまい」

「ほんと?!よかったぁ」

 私は、高橋君の言葉にほっと胸を撫で下ろした。そんな私を、高橋君が見下ろして言った。

「・・・もしかして、これ、井上が作ったのか?」

「え。あ、うん。わかった?これ、すごく簡単で、よく家でも作るんだ」

 気分を落ち着かせたいとき、私はよく台所に立てこもる。

 昨日、精神的にちょっと落ち込み気味だった私は、帰るなり冷蔵庫をチェックして、生クリームを見つけた。

 甘い飲み物を飲みたい。そう思ったら、居ても経っても居られず鍋を用意して、キャラメルクリームを作っていた。

「こんなの、自分で作れるんだな」

 感心したような高橋君の言葉に、私はちょっと笑った。

 いつもよりなんだか瞳を輝かせている高橋君の瞳を見上げる。

「作り方わからないと、そう思うよね。でもこれ、ほんとに簡単なんだよ。材料、砂糖と水と生クリームだけだし」 

 話している間に牛乳が温まった。

 沸騰させる前に火から下ろした牛乳と、濃い目のコーヒーを、準備していたカップへと注ぎいれる。香ばしい香りが台所に広がった。スプーンでよーくかき混ぜる。ほのかにキャラメルのいい香り。

「はい、これで出来上がり」


 ということで、ちょっとしたカフェ・タイムが始まった。持ってきたロールケーキも切り分けて、リビングに戻る。

 私はどきどきとして、カップに口をつける高橋君の様子を見守った。

「・・・うまい」

「ほんと?!」

「ああ。ほろ苦くて、ほろ甘い。キャラメルの味もちゃんとして、うまい」

 目を細めてまたキャラメルラテを飲む高橋君の姿に、ほっとする。どうやら気に入ってくれたみたいで、よかった。

 口元を綻ばせて、私もカップに口をつけた。うん、おいしい。

 カップを両手で持ったまま、ほっと息をついた。

 高橋君の目元が、柔らかく緩んでる。切り分けたロールケーキも、美味しそうにほうばるその姿に、ほんとに甘いものが好きなんだなあ、と口元がほころぶ。

 ゆるゆると幸せな気分に満たされて、胸の真ん中がきゅんと響いた。

 ああ私、この空気が好き。

 

 牛乳を飲み終わった黒ネコさんが、満足そうな様子で高橋君の下へやってきた。足元に座ると、ぺろぺろと自分の手を舐め、顔を洗う。

 その姿をぼんやりと眺めながら、私はこのやわらかい空気にひたっていた。

 高橋君が微笑む。いつもの緊張感はどこかに置いてきた、そのほんわりした雰囲気に、胸があたたくって、陽だまりの中にいるような気持ちになる。

 ああ、私、高橋君のこと、好きだなあ。

 抵抗することもなく、素直にすとん、とそんな言葉が胸の中に落ちてきた。

 とっつきにくい印象の、隣のクラスの男の子。眉間に皺を寄せる表情とか近寄り難くて、初めはとても話か掛けようなんて思えなかった。

 でも、ほんとは優しい。

 大きな手のひらが、その無骨そうな印象とは裏腹にいつも丁寧に触れてくれるの知ってる。

 いつもぴんと張った背中は、芯の強さが滲みながらも、ちゃんとそこで待っててくれる優しさだってちゃんとある。

 

 きりっとした瞳が、ふっと柔らかく和む瞬間が好き。


 甘えて擦り寄ってくる黒ネコさんの喉を撫ぜる高橋君の指先を眺めながら、私はそんな、自覚したばかりの恋心を幸せな気分でかみ締めていた。




「え?じゃあ、お母さん、結構前からうちに買いに来てくれてたんだ?」

「ああ」

 ロールケーキも食べ終って、黒ネコさんを囲みながら、私と高橋君は会話を交わしていた。話は始めて会った時のことに遡る。

 高橋君は覚えていないけど、その時もロールケーキ買って行ってくれたよね、という話をしたら「母さんが風邪引いて寝込んでいて『ロールケーキが食べたい』と駄々を捏ねた」から、部活帰りにわざわざ自分の降りる駅を乗り越してまで買いに来てくれたらしい。

 ちなみに私のことは知らなかったそうだ。

 高橋君のお母さんはうちの店の割と近くにある事務所で働いていて、結構昔からうちのケーキ屋の常連さんで居てくれたんだって。ありがたいことに。

「そっか。じゃあ、もっと他のケーキも持ってきたらよかったかな」

「いや。ここのロールケーキは、姉貴たちも好きだから、喜ぶと思う。ありがとう。あと、これも美味かった」

 高橋君が、飲み干した後のキャラメルラテの入っていたカップを指差す。私は嬉しくなって微笑んだ。

「良かった。あのクリーム、私もお気に入りなんだ。ケーキとかクッキーとかに入れても美味しいんだよね」

「・・・そうなのか」 

 高橋君の表情がちらりと動く。ほんの少し、眉間に皺が寄って。んんん、っと。

 ちょっとピンと来て、訊いてみる。

「良かったら、また作ってこようか?」

「いいのか?」

 高橋君の瞳が輝いた。そんな顔してると、いつもの近寄りがたい雰囲気は消えて同い年の男の子らしい無邪気さが見えて、胸がきゅんとする。

 正直に嬉しさを訴える心臓に、私は心の中で苦笑した。

 うん、恋する乙女って単純なんですよ。こんな些細なことで幸せになるんだから。  

「うん。じゃあ、今度学校に持ってくねー」 

 自分でもちょっと締りがないとわかるくらい、ふにゃっと眉を緩めたら、高橋君の瞳がふ、と細くなった。

 柔らかいラインを描く、いつもはきりっとした瞳に思わず目を奪われる。ごくごく自然に、高橋君の手が伸びてくるのが目の端に映った。

 そこではっと我に返る。脳裏を過ぎったのは、この前髪の毛がくしゃくしゃにされたことで。

 そんな姿を晒すわけにはいかない・・・!と一応恋する乙女としての危機感を持って、私にしては珍しく俊敏な動きでアタマを咄嗟に庇うと、後ろに身体を逃がす。

 床の上に座っていた私の背に、ソファが当たった。

 高橋君の手が宙に浮いて、ちょっと間抜けな格好になる。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 微妙な沈黙が落ちた。

 う、これはこれでちょっとつらい。慌てて話を逸らしてみる。

「く、黒ネコさんって、『くろすけ』って言う名前になったんだよね?わ、私『くろちゃん』って呼んでいいかな?!」

「・・・ああ」

 頷く高橋君の顔には、眉間に皺。なんだか考えこむ高橋君の表情に、嫌な予感がした私は更に唇を動かした。

「私、お茶のお代わり淹れてこようか?!またキャラメルラテでいい?」 

「いや、いい。

 ―――井上」

 腰を浮かしかけた私を制して、高橋君がまた、まっすぐ私の瞳を見つめてきた。

 その不思議な目の色に、心臓がきゅっと捕われる。

 


「髪、触っていいか?」

「・・・・・!」

 私は硬直した。

 一瞬、冗談?と高橋君を見直すけど、あくまで高橋君は真面目な表情だった。

 その時私の頭を過ぎったのは『女の子をむやみに触るんじゃない』と言ったお姉さんの姿だった。もしかしてこれって律儀にそれを守っての言葉なんじゃないの?許可を取ってから、みたいな。

 というか思い切り直球で来られて、さっきまで逃げようとしていた自分の逃げ道をあっさり封じ込められた気がするんですけど・・・!

「え、ええっと、でも私の髪なんて触っても、ぜんぜんさらさらじゃないしっ」

 とっさに距離を取ろうとして、後ろのソファに背中が当たって失敗する。そ、そう言えばさっき行き止まりだった。

 恥ずかしくて胸の中がむずむずする。今すぐこの場を逃げ出したいのに、それも叶わなくって、助けを求めるように高橋君を見上げた。

 けど、高橋君の表情は崩れない。

 きりりとした瞳が、許可を促すようにじっと私を見つめてくる。

 うう、なんだか追い詰められる心地になった私は、慌てて言い訳をひねり出した。

「え、ええっと、だって私きっと汗臭いしっ」

 けど、そう言ったとたん。す、と高橋君が一瞬にして距離を詰めてきた。

 ふ、とその精悍な顔立ちがびっくりするぐらい近づいて、その鼻先が私の肩先で止まる。

 私の顔のすぐ横に、熱を感じる。

 え、え、ええ?!

 思わずびくりと肩を弾ませ、ぎゅうっと目をつぶってしまったけど、すぐにその大きな身体は離れていく。

 ふっと鼻先に香るシャンプーの香りにくらりと眩暈がした。


「―――匂わないし、いい匂いだと思う。大丈夫だ」

「・・・・・!!!」


 に、匂った?今、私、匂われたの?!

 

 本人がなんでもないことのように飄々としてるから何も言えなかったけど、私の顔は真っ赤で、あまりのことにへなへなと力が抜けてしまった。


「井上?」

 不思議そうな、高橋君の言葉に。

「か、勘弁してください・・・」

 白旗を揚げるしか、私にはできなかった。



 その後?

 目的を達成した高橋君は、ものすごく満足そうでした。

 私は心臓酷使しすぎて疲労困憊になってたけどね・・・!


 そうして私はまた、この時のことを思い出しては恥ずかしさに悶えてしまい、一晩中寝れない夜を過ごすはめになったのだった。

 

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