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恋心と天然さん 1

 体育祭の明けた、次の日の土曜日。

 私は約束どおり、高橋君と待ち合わせをした駅の改札前に居た。時刻は1時50分。待ち合わせ10分前だ。

 うーちょっと緊張する。

 胸元に切り返しのある、花柄の黄色いワンピースに黒のレギンス姿の私は、手に持ったお土産のケーキの入った袋を持ち直した。手ごろで悪いんだけど、うちのケーキ屋のロールケーキが入ってる。何回か高橋君が買っていってくれたし、家族の方も気に入ってくれてるのかな、と思ってのチョイス。

 

 ていうか彼女でもないのにお家に行くって家族の人に要らない誤解を生みそうなんだけどそこらへん大丈夫なのかしら、高橋君。

 というかお家に人、いるのかな。

 居たら居たでいたたまれないけど、居ないのもどうにも落ち着かない気がする。

 いやいや私、考えすぎだから。落ち着けちょっと。

 というか何で、凜を誘わなかったんだ・・・。

 そうだ、凜にも声を掛ければよかったんだよ・・・!

 今更ながらそんなことを思いついて、私は知らず頭を抱えていた。

 昨日はなんだか疲れてあのあと何も考えずに眠ってしまったし、そこまで頭が回らなかった。

 馬鹿すぎる・・・!

 いや、今からでも遅くないかな?ダメもとで電話してみる?

 そんなことを考えついて携帯を探してごそごそと鞄の中を探る私の肩に、ぽん、と手のひらが載せられたのはそのときだった。びっくりして思いっきり肩を揺らしてしまう。

「悪い。待たせたか?」

「た、高橋君」

 遅かった。あたふたしている間に、本人がやってきてしまった。引きつり笑いでお出迎えの私に、頭上の高橋君は軽く首を傾げている。

 現れた高橋君は、今日は私服姿だった。裾がだぼんとした形の、カーキ色のTシャツにジーンズ。胸元には三つボタンが付いてて、一つ目は外されてる。いつもは制服姿しか見たことないので、すごい新鮮な感じがする。

「行くか」

「・・・うん」

 結局、二人きりか。そう思うと、また緊張して身体がかちこちになってしまう。

 そんな私を先導して、高橋君が歩き出した。

 

        

 


 たどり着いたのは、駅から10分くらい歩いたところにある住宅街の一角だった。

 途中に公園もあって、静かな雰囲気の住宅地。子供達が道路で遊んでいたりして、なんとものどかな土曜の午後って感じがする。 

 高橋君のお家もその軒並み連なる家々の中にあった。煉瓦調のかわいい屋根が特徴のそのお家へ、高橋君が入って行く。

 で。先に玄関に入って、扉を開けて私を招きいれてくれた高橋君なんだけど、玄関に並ぶ女物のパンプスを見つけるとまたまたお馴染み、眉間に皺が寄った。


「・・・出かけたんじゃないのか」

「ふえ?」

 嫌そうな声に思わず高橋君を見上げるけど、答えは返ってこない。えっと、これどうしたら。

 家主が玄関先で留まってるから私も動けないで、どうしようかとちょっと視線を巡らしたところで、玄関から見える廊下の突き当たりの扉から、かりかりという引っかく音が聞こえた。

 みゃおん、という鳴き声も聴こえて思わず相好が緩んだ。黒ネコさんだ。

 その声を訊いて、高橋君ははあと溜め息をつく。なんだか仕方なさそうな様子で靴を脱いで家の中に上がると、私を振り返る。

「どうぞ、上がってくれ」

「は、はーい」

 反射的に緊張がぶり返し、固くなりながら、私は勧められるままに廊下を進んだ。


 高橋君が奥の扉を開けると、小さな黒い生き物が勢いよく飛び出してきた。

 元気いっぱい黒ネコさんだ。

「久しぶり、黒ネコさん~!」

 足元に擦り寄ってくる黒ネコさんの背中を、しゃがみこんで優しく撫ぜたその時だった。


鉱大こうだい帰ってきたのー?丁度いい、あんたのウォークマン貸して、見つからないのー!」

 女の人の声が聞こえて、とたとたと軽やかな階段を降りる足音と共に背の高い若い女の人の姿が現れた。黒ネコさんが大きな声に驚いたのか、私の手をすり抜けてまたリビングへと逆戻りしていく。

「あ」

 涼やかな目元が印象的な、迫力美人という言葉が似合う、20代くらいのお姉さんだった。

 右肩の方に一つに纏められた髪は、緩やかなラインを描いて胸元に垂らされている。

 ていうか、間違いなく高橋君のお姉さんだよ、似てるし!

 慌てて私は立ち上がり、まだ階段を降りる途中で立ち止まって目を丸くしてるお姉さんに向かって、ぺこりとお辞儀をした。

「こんにちは、お邪魔しています。」

「って、ああどうも、こんにちは?―――というかちょっと鉱大、あんたいつの間に彼女なんて出来たの??」 

 私に向かって挨拶を返してくれたお姉さんは、階段を降りてくると案の定というか盛大な勘違いをして私の隣にたたずむ高橋君に向かってそう訊ねてきた。高橋君はすっごい嫌そうな表情でお姉さんを見下ろした。


「出かけたんじゃなかったのか。さっき、出て行っただろう」

「ち、違います彼女じゃないです!私、隣のクラスのものでっ」 

 いや、突っ込むところそこじゃないから、高橋君!

 慌てて口を挟むと、おや?という風にお姉さんの眉が吊り上った。

 高橋君に似た、きりっとした瞳が、高橋君を見上げる。高橋君も背が高いけど、お姉さんも背が高い。170センチくらいありそう。すらりとした体躯が、かっこよかった。

「忘れ物して、戻ってきた。でさ、ついでにウォークマン持って行こうと思うんだけど、鉱大、ウォークマン貸してくれないかな?」

「自分のを持っていけばいいだろう」

「見つからないから言ってるのよ?いいから早く持ってきてー」

 腰に手を当てて、お姉さんがにこっと高橋君に笑顔を向けた。笑っているけど、逆らいがたい雰囲気をかもし出してる所、なんだかうちの兄ちゃんを彷彿とさせる。

 高橋君は仕方なさそうにため息を一つつくと、私に「ちょっと待っててくれ」と言い置いて階段を登っていった。姉弟の力関係が見えた瞬間だった。

 ちょっと笑える展開ではあったけれど、残されたのは高橋君のお姉さんと私二人という、ものすごくいたたまれない状況だった。

 えーっと、どうしよう。困って背の高いお姉さんを見上げると、お姉さんはもう一度にっこりと笑った。

 きりっとした瞳が優しいラインを描いて、そうすると一気に人懐っこい印象に変わる。


「ごめんねー、いきなりびっくりしたよね。お名前、訊いてもいい?」

 その気安げな雰囲気にほっと肩の力も抜けて、私も顔に笑みを浮かべた。ケーキ屋で培った笑顔のスキルを、ここぞとばかりに発揮させて、姿勢をす、と伸ばして、軽く頭を下げる。

「井上 愛那っていいます。今日は、突然お邪魔してしまってすみません」

「いやいや、そんなのいいのよー!というか、もっかい確認なんだけど井上さんって鉱大の彼女ってわけじゃないんだよね?さっき隣のクラスって言ってたけどどういう繋がり?」

 うわあ、いきなり興味深々にそんな風に訊かれて、思わず私は苦笑してしまった。

「黒ネコさんを拾ったときに一緒に居あわせてたんです。

 で、今日は久しぶりに、黒ネコさん会わせてくれるということで、お邪魔させてもらいました」

「ああ、くろすけの」

 ぽん、と納得いったようにお姉さんが手を打った。

「そっかー、そうよねえ、あの無愛想に彼女が出来たって一瞬喜んだんだけどそんなわけないかぁー・・・。ごめんね、井上さん。あいつ、いっつも眉間に皺寄ってて怖い顔してるしとっつきにくいでしょ」

「あ、ええっと・・・大丈夫、です。」

 お姉さんの言葉に、私は軽く首を振った。さすが身内、容赦ない。

 でもそれは本音だった。確かに最初は怖かったけど、今は全然気にならない。

 続く言葉は、ちょっと迷ったけど唇に乗せた。

「それに、高橋君、優しいと、思います」

「――――」

 私の言葉に、お姉さんが目を瞬いた。綺麗に化粧の施された、マスカラの塗られた長いまつげが動くのに、私はぼうっと見惚れてしまう。

「優しい?あいつが?」

「え、ええっと、落ちてきた本から助けてくれたり、黒ネコさんにごはんあげてたり・・・なんていうか、見た感じ怖い雰囲気だけど、いつも、優しい、と思います」

 上手く言えなくて探り探り言葉を紡いでいると、じいいっとお姉さんが私を見つめてくるので戸惑った。

 あれ、なんか失敗した?!とあせっていると、突然がばりとお姉さんが私に抱きついてきた。

「かわいー!なにこの甘酸っぱい感じ。うわー妹に欲しいー!」

 一瞬驚いて手をばたばたさせたんだけど、ふわりと香水のかおりが鼻に届いて、私は大人しくなった。

 わ。いい香り。大人の女の人の、香りだ。

 普段年上の女の人に接することのない私は、なんだかすごい胸がどきどきして顔が赤くなった。


「・・・何やってるんだ」

 呆れた声が背後からして、高橋君が階段を降りてきた。私に抱きつくお姉さんの後ろに立つと、小さな四角い青のメタルカラーの機械を差し出す。

「いやだってもー、かわいいんだもん。鉱大、あんたにしてはよくやったじゃない、こんなかわいい娘、友達になれただけでも儲けもんよ。あんたその怖いカオのせいでなかなか女のコ寄ってこないんだから大事にしなさいよ」

「・・・大きなお世話だ。それに、必要ない」

「まーなんて17歳の男子高校生らしくないことを。お姉さまがいつ彼女できてもいいように小さな頃から躾けてやったのにこの恩しらず」

「・・・単に使い勝手が良かっただけだろう・・・」

「もう、言い返しちゃってかわいくないわねー」

 とか言葉の応酬をしながら、お姉さんがウォークマンを高橋君から受け取った。

 それを見届け、ふう、と高橋君が疲れたようなため息をついて、やっとお姉さんから開放された私の手首を取る。


「ほら、もういいだろ・・・井上、行くぞ」

「わ、わ・・・っ」

 くい、と軽く引っ張られて、お姉さんの前を横切る高橋君の頭をスパコーン、と背伸びしてお姉さんが叩いた。


「ちょっと、女の子の手、むやみに触るんじゃないわよ」

「・・・痛くしてない、ちゃんと加減してる」

 痛かったのか、頭を押さえながら高橋君がむすっとした様子で言い返した。

「そういう問題じゃないのよ全く・・・あんた女っ気ないくせになんでそういうこと普通にできるのよ。普通はちょっと手が触れただけでもどきっ・・・☆くらいから始まるでしょうよ」  

 うっ。その言葉に、顔を赤くしてるのは、高橋君じゃなくて私だった。

 ええはい、手首を突然握られてどきどきしてるのは私です。

 

「意味分らん。もう行くぞ」

 思い切りまた、眉間に皺を寄せて高橋君はお姉さんに向かってそういい放つと、私の手を取ったまま階段に向かった。釣られて歩きながらも、私は高橋君とお姉さんの顔をきょろきょろと往復する。そのまま何段か階段を上がった。


「このすけべー」

 その背中に向かってお姉さんが楽しげに言葉を投げてきた。瞬間、ぴたりと階段に足を掛けたままの高橋君の足が止まる。

 ぎ、と鋭い目つきがお姉さんを見下ろした。

「何を突然言い出すんだ。さっきから意味分らんことばっか言ってないでさっさと行ったらどうなんだ」

 ちょっと怒ったようにそう言うと、今度はもう振り返らない!という意思を込めた背中がまた階段を上りだしたんだけど。


「付き合ってもない女の子、部屋に連れ込むなんてエロ男爵じゃなくてなんだっていうのー」

 がんっと痛い音が足元からした。

 とられた手首からも、衝撃が伝わってくるくらいの勢いで、高橋君が階段に足を打ちつけたみたい。

「~~~~~」

 高橋君が蹲っている。

 うわあ、痛そー・・・私は心配になって背後から高橋君の様子を伺ったんだけど、左足の脛を触りながら、勢い良く高橋君が身を起こしてきた。


「なっ、なっ」

 涙目になってる高橋君が、ぱくぱくと口を開閉させてお姉さんを見る。

 お姉さんはにんまり、と笑って階段の上の高橋君を見上げていた。


「このナチュラルすけべ。わかったらとっとと降りてらっしゃーい。お部屋はもうちょっとステップアップしてからね」

 と言って、綺麗にマニュキアの塗った細い指を、廊下の向こうのリビングへ向かって指した。


「というわけであんた達はあっち」




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