精神安定剤? 前 3
「で、どういうことか申し開きをしてもらおうか」
それからしばらくは氷室も大人しく、私と鈴木さんたちが仲良く?しているのを静観していたみたいなんだけど、ついに我慢が切れたらしい。
次の日のお昼休み、昨日と同じく鈴木さんたちと一緒にお昼ご飯を食べて、トイレに一人で来たところを氷室に捕まってしまった。
ちょっと来い、と連れてこられたのは、廊下を奥に進んで人気の少ない理科準備室の前、だった。
一番奥には理科室があって、理科準備室の手前には階段がある。
「・・・なによ申し開きって」
私は唇を尖らせて氷室を見上げながらそう返した。
「な・ん・で、井上があいつらと一緒にいるんだよ。何言われたんだよ」
見た目だけは甘くて、優しい顔立ちの氷室は腕組をしてえらそうにそんなことを言う。
うーん、やっぱりそれね。どう答えようかと一瞬迷ったんだけど、結局私はそのまま話すことにした。
「えっとね、鈴木さんに『友達になって』と告白された」
「・・・はあ?」
「なんだっけ・・・『何も言わず井上さんに近づいてもフェアじゃないから、宣告することにしたの。
氷室君に近づきたいから、私と友達になってくれる?』―――だってさ」
「はあ?!なんだよそれ」
氷室は呆れたように目を見開いて、ついで不機嫌そうに眉を顰めた。
「最悪だな、わざわざそんなことのために井上を巻き込んだのか。
井上、なんでそんなうっとおしいヤツに付き合ってやってるんだよ」
・・・あー、そうか、氷室サイドからみたら、そうなるかあ。
氷室の言葉に、うーんと私は腕組をして考え込む。
氷室は、一年の時からもってもてだった。ともすれば王子様みたいな容姿はものすごく目立っていたし、本人もそれをちゃんと自覚してる。
でも何が不幸って、そのきらきらしい外見とは裏腹に、氷室本人は意外と地味でそのくせ割りと抜け目ないところもある、まあいたって普通な男の子だってことだ。
外見がいい、って意外と大変なんだなあ、とは、氷室や凜を見てて私が思ったこと。
多分もう本人達は慣れちゃってるんだと思うけど、初め、私は凜と一緒にいると感じる視線の多さにびっくりした。どこに移動しても付きまとう、その注目度の高さに居心地の悪さを感じたものだ。本人は到ってのほほんとしていたけどね。
その立ち居振る舞い、一挙手一投足を常に観察されるうっとおしさ。
単純に、もてていいなあ、とは私は思えなかったんだよね。
そんな感じだから、氷室が自分のファンというか、女の子全般と距離を置いている気持ちはなんだかわかる気もしてたんだけど。
「・・・義理堅いなあって」
「あ?」
「義理堅いなあって、なんだか可愛く思えちゃったんだよね」
私は苦笑して氷室を見上げた。
だってさ。わざわざ普通、そんなこと人に言ってきたりしないよね?
動機が不純なんだもん、それで『友達になろう』とか言われたって、普通なら『失礼な!』と跳ね除けられたらおしまいだし。ただ黙って私に近づいて、それで氷室と話すチャンス掴むほうがよっぽど賢い。
でも、鈴木さんはそうしなかった。敢えて嘘をつかないで、私と友達になりたいと言ったんだ。
氷室が好きで、近づきたくて、でも黙って私に擦り寄りたくないから正直にそのまま私に告白した。
ああこの人、嘘がつけないんだなあって、なんだかすごく微笑ましく思えてしまったんだ。
好きな人と仲のいい女の子を責めたり排除しようとするマイナス思考より、よっぽどプラス思考でかわいいなあって。
話してみると、鈴木さんは気は強いけど正義感の強い、優しい女の子だった。
「私、鈴木さんのこと気に入ってるんだよ」
氷室の、『かわいい』と称される丸い瞳が驚いたように見開かれる。
その唇が、拗ねたように尖った。
「・・・なんだよそれ」
「うーん。ごめんね、でも、氷室は嫌がるかもしれないけど、一回鈴木さんと話してみるといいかも。
もったいないなあって思うんだよね、フィルターかかった状態だけで相手を嫌っちゃうの」
氷室の立場からしたら、仕方のないことなのかもしれないけど。
それ全てとっぱらってその人を見てみたら、違う角度で相手のことを見れるんじゃないかな。
なんて、他人事だから言えることなのかもしれないけど。
「・・・・・・・」
氷室は沈黙して、一瞬じっと私を見つめたあと、ふうとため息をついた。
「ずるいよなあ、そういうとこ」
「は?」
何が、と聞き返そうと顔を上げようとしたら、氷室の手が私の髪の毛を思い切りぐしゃぐしゃとかき回してきた。
って、ちょ、何いきなり、しかも力強いしっ。
「―――何すんのよっ」
氷室の手から逃れたときには、髪の毛はもう乱れに乱れまくっていた。猫っ毛の私の髪が絡まっちゃってる。
うう、最悪!手櫛で髪を整えながら、改めて文句を言おうと顔を上げた時だった。
私と氷室は、理科準備室の前で話してたんだけど、そこは階段の前でもあった。
で、ちょうど手すりに手を掛けた状態で、階段の一番下で立ち尽くしていた人が視界の中に入ってきたんだけど。
「あ・・・」
見覚えのあるその大きな姿に思わず頬が緩んで、声をかけようとしたその時だった。
じっとこちらを見つめていた、高橋君の瞳がふいと逸らされてしまった、気がした。
・・・あれ?
「あれ、高橋じゃないか」
思わず言葉を失ってしまった私の視線を追って、氷室が高橋君の姿を見つけた。
屈託のない笑顔を浮かべ、氷室は高橋君に向かって軽く手を挙げる。
「久しぶりだな、元気か?あいっかわらず怖ぇオーラだしてんな、おい」
「・・・大きなお世話だ」
高橋君は、短く返事を返しながら、階段を登ってきた。
ずいぶん気安げな氷室の言葉に私がきょとんと二人を見比べていると、そんな私を振り返って、氷室が笑った。
「同じ中学だったんだ。
こいつ、目つき悪いだろ?女子には敬遠されがちだったけど、なんというか男にはもってもてだったんだ。兄貴って感じ、するだろ?」
「・・・・!」
申し訳ないんだけど、私は兄貴、のくだりで噴出してしまった。
ああ、わかるわかる。高橋君のこの武士みたいな潔さとか、同姓にはすごく好かれそうだよね。
くすくす笑っていると、憮然とした高橋君の表情が目に入った。
その眉間に皺を寄せている姿はいつもどおりの高橋君で、先ほどのは思い違いだったのかな?とちょっとほっとした。
「というか、あんた達こそ知り合い?なに繋がり?」
不思議そうな顔で、氷室がその整った顔を傾げる。
・・・あー、またか・・・
どう説明しようと頭を捻らせる私を他所に、珍しく高橋君のほうから口を開いた。
「ちょっとした偶然だ」
・・・そのままだった。しかも、訊いてるほうには全然意味分らないと突っ込みたくなる省略の仕方だ。
氷室はちょっと驚いたように目を見開いた後、「ふうん?」と唇を面白そうに緩ませる。
「偶然、ねえ?」
氷室の瞳がきらりと光った気がした。
二人、じっと目を合わせる様子はなんだかドラマのワンシーンみたいだった。
氷室は顔だけはほんと男前だし、高橋君も切れ味鋭い顔立ちしてるし。
氷室の二重の大きな瞳と、高橋くんの切れ長の瞳が頭上で見詰め合うのに何だか胸がどきどきした。
うわ、これとても観賞用にいいよ!
とか暢気に考えてたら、頭の上にどさりと氷室の長い腕が降ってきた。
て、ちょ、重っ!
「どういう偶然か、ぜひとも説明してほしいところだけど」
「・・・長くなる、それにそんな面白い話でもない」
にやにやとかわいらしい顔に似合わない意地悪げな笑みを浮かべて、氷室が軽い口調でそんなことを言うのに、芯のある穏やかな声があっさりとそれを流す。
「何すんのよ氷室っ」
私が頭の上の氷室の腕をなんとか引き剥がした頃にはもう、先ほど氷室にぐちゃぐちゃにされてしまった髪の毛はもっとひどいことになってしまっていた。
睨み付けると、氷室はふっと笑って肩を竦める。
「いやいや、ちょっと面白いもの見つけたなって」
「はあ?!」
手ぐしで必死に髪の毛の乱れを戻しながら、意味の分らない氷室の言葉に喰ってかかったけど、氷室はくっくと喉を鳴らして笑うだけだった。余計怒りのボルデージ上がるってーの!
「んじゃあな、話は済んだから俺は先教室に戻ってるわ。
高橋、またな」
「・・・ああ」
氷室は軽く高橋君に右手を挙げると、そのまままっすぐ廊下を歩いて去っていった。
残されたのは、私と高橋君の二人だけで。
えーっと。
私は、心の中でほんの少し焦って、言葉を捜す。
ふいと逸らされた瞳がまだ胸の中に残っていて、ちょっと高橋君の様子を伺ってしまった。
「・・・黒ネコさん、元気?」
思いついたのは結局、黒ネコさんのことで。
氷室の後姿をじっと見送っている高橋君におそるおそる話しかけると、はっと高橋君が我に返ったように私に視線を移した。
ちょっと戸惑ったような瞳が、私に向けられる。
「・・・ああ。家で暴れ倒してるくらい、元気だ」
その言葉に私はぷっと吹き出してしまった。一気に気持ちが和んで、頬が緩むのがわかる。
「そっかぁ」
微笑んで高橋君を見上げる。遥か上から、高橋君の視線も落ちてきた。
視線がかちりと合う。
高橋君は、なんだか私のことを観察するように見下ろしていて、私はちょっと戸惑った。
思案するような面持ち。
きりっとした瞳に、じーっと見つめられると、なんだか落ち着かない。
わあ、なになに。なんか私、おかしい?
やっぱり髪の毛とかぼさぼさなんだろうか。さっき氷室にぐちゃぐちゃにされたやつ。
そんなことを考え付くと、今すぐにでも鏡を見たくて仕方がなくってそわそわしてしまう。
でもなんだか、ふっと細められたその瞳を振り切ることはできなかった。
「――――」
教室の前、開け放った窓から、からっとした風が入り込んでくる。
急に夏の暑さを意識し、息苦しさを感じて私は視線を合わせたまま身じろぎした。
ぴんと伸びた背筋、体育会系のがっしりした身体が、目の前で夏服の薄いシャツに収まってる。
その白い半そでから伸びた筋のある右腕が、動いた。
―――え?
近づいてくる大きな手のひらに思わず身を硬くしていると、ぽん、と頭の上に大きな手のひらが乗せられて。
そのままわしわしと髪の毛を盛大にかき回される。
え、え、ええ?!
それはどこか既視感を覚える動きだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと高橋君っ?!」
慌てて私は飛びずさって距離をとった。頭に手をやると、見事にまたまた髪の毛がぐちゃぐちゃになっていた。
ひ、ひどい。みんな酷い。
「もう!いきなり何!」
こんなに一日に何回も髪の毛ぐちゃぐちゃにされることないよ!
さすがに腹がたって高橋君をにらみつけたんだけど。
高橋君は私じゃなく、自分の手のひらを見ていた。しげしげと。
「???」
しかも思いっきりまた眉間に皺が寄っている。ワケがわからなくって、私はおそるおそる高橋君に近づいて下から顔を見上げた。
「た、たかはしくん?」
「――――」
は、と高橋君は我に返ったようだった。
ぱちばちと瞬きを繰り返し、私を見下ろす。
それはどこか幼い仕草で、めずらしく高橋君が歳相応に見えた。
「すまん。
どうも・・・落ち着くようだ」
「ええ?!」
突拍子もない言葉に私は目を剥いた。
って、髪の毛ぐっちゃぐちゃにするのが落ち着くってどういうことよ?!
思わず頭を手で防御して後ずさろうとしたんだけど。
それより早く、高橋君の腕が頭の上にあった。
え??
身構える暇もなく、すう、と優しく頭を撫でられる。
離れて行く指が、さらりと私の猫っ毛を一筋さらって行く。
私は硬直した。
え。今、何が起こったの??
見上げると、そこには、きつめの瞳を和ませた高橋君がいて。
「やっぱり、落ち着く」
満足げに頷いて、そんなことを言う。
一気に頬が熱くなったのがわかった。
ぎゃあ、なに、なに、今の。
脳内沸騰してるところに、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
「急ぐぞ、授業が始まる」
一人真っ赤になってる私を他所に、ものすごく冷静にというかいつもどおりに、高橋君がそう言うと、廊下を先に歩く。
数歩進んで、なかなか動き出そうとしない私に気づいて、ふ、と顔だけ私の方に振り返った。
「井上?」
「―――――!!わ、わかったよっ」
不思議そうな瞳と目が合いそうになったけど、慌てて目を逸らして高橋君の横を足早に通り過ぎる。
首を傾げながら、高橋君が後ろを着いてきてるのが気配でわかった。
その気配を全身で感じ取りながら、先ほどのことを思い返す。
さらり、と私の髪を滑った、くすぐったい指の感触がまだ残ってる。
「・・・・・・!」
駄目だ、恥ずかしすぎる・・・!
それから教室に帰っても授業が始まっても私はさっきのことが忘れられず、その日の午後はずっと悶えて凜たちに変な目で見られてしまった。
ぎゃーっ、だって頭ぽんぽんよりなんか恥ずかしかったのよ・・・っ!




