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黒ネコさんの受難 4




連れて行かれた先は、例によって例のごとく校舎裏だった。いつも黒ネコさんと会ってる場所じゃなくて、ゴミ捨ての焼却炉寄りの。

 それにしたってベタすぎる、この状況。

 私は目の前に鈴木さんを真ん中にして並んだクラスメイトを眺めて肩をすくめ、ふう、とため息をついた。

 怖くはないんだけど、ひたすらめんどくさい気分でいっぱいだった。

 だってまあ。私、何にも後ろめたいことなんてないし。正直氷室なんてどうでもいいし。


「単刀直入に言うわ」

 と、腕組をして鈴木さんが言った。私はそれを恐る恐る見上げる。

 鈴木さんはすらっとした細身、髪はショートボブ、どちらかというとちょっと派手めの顔立ちの子だ。

 私はちょっと唾を飲み込んだ。さあ、どう来るのか。二人三脚のくじを換える?願ってもないこと。氷室の傍に寄るな?何の支障もありませんですよ!

 という返事を用意していたんだけども(こういうのって勢い勝負だと思ってるからすぐさま返してやる!とある意味意気込んでたワケ)。


「私と友達になって」

「・・・・・・・は?」


 私の目が点になった。聞き間違い?と相手を見返すけれども、鈴木さんはそのきつそうな印象を与える、つり上がり気味の目に真剣な色を滲ませて、私を見つめてる。

 

「えと・・・」

「友達になって」

「・・・・・・」

 

 再び私は沈黙した。えーと、これは予想してなかった。

 ぽりぽりと頬を搔く。


「えーと、訊くけど、何で?」

「決まってるわ、井上さんが氷室くんと仲がいいからよ」

「・・・その言葉に対しては言い返したいことが山ほどあるけど、だからどうしてそこから友達になるっていう発想が?

 二人三脚の相手変わってもらうとかさー、近寄るなとかさー、正直そういうの私、想像していたんだけど」 

 という疑問をぶつけると、


「だってそんなの、氷室君に嫌われるだけで何のメリットも私にないじゃない」

 あくまで真面目に、鈴木さんは答えた。

 まあ確かに、その通りっちゃあその通りなのだけれども。

 戸惑い気味に辺りを見渡すと、鈴木さんの両脇に立ったクラスメイトはちょっと苦笑気味の様子だ。

 またこの子はーという生温かい視線を鈴木さんに向けてる。

 あれ、取り巻きだと思ってたけど、なんかそんな感じでもない、普通に友達な感じだ。


「だからって何も言わず井上さんに近づいてもフェアじゃないから、宣告することにしたの。

 氷室君に近づきたいから、私と友達になってくれる?井上さん」

「・・・・・」

 またまた沈黙してしまう私。

 初めは困惑していたんだけど、じぃっと真剣な顔で鈴木さんに見下ろされてるうちに、なんだかちょっとおかしさがこみ上げてきた。

 だってこんな(ある意味)告白、されたことないよ!(って、普通の告白もないけどね)

 

「・・・ひむろのこと、すきなんだ?」

 口元が緩むのを堪えて訊くと、なんだか幼い口調になってしまった。こくり、と鈴木さんから素直な頷きが返ってくる。 

 

「うん、だから協力して欲しい。

 ・・・友達になってくれる?」 

 最後はちょっと上目遣いになって私を恐る恐る見つめてくる。ちょっと頬が染まってるのが可愛い。

 いやいや、こんなある意味アグレッシブにお願いしてきてる割にそんな殊勝な態度って、どうにも性格定まってないよ、鈴木さん!

 駄目だ。

「井上さん?」

「ご、ごめん。ちょ、ちょっと待って」

 なんだか可笑しくなってしまって私は笑い出してしまった。

 だってなんかかわいい。

 猪突猛進っていうの?そもそも、『フェアじゃないから』と断って友達宣言してくるあたり、なんだか真面目というか義理堅い性格がしのばれるよね。好感がもてる。

うん、こんな呼び出しならいつでも大歓迎だな。

 くすくすと笑う私を困惑気味に鈴木さんが見下ろしている。

 その両脇でクラスメイト達が顔を見交わして苦笑しているのが目の端に移った、その時だった。


 ざっざ、という土を踏みしめる音とともに、

「おー、お前ら何やってんだ」

 ジャージ姿の先生が、焼却炉の反対側からこちらへやって来るのが見えたのは。

 え。

 思わずぴきりと固まる私を見やり、太陽の光を背にした先生がからからと笑ってる。

「なんだ~?もしかして、イジメか?」

 なんて、言葉の深刻さとは裏腹に暢気そうな様子でこちらに近寄ってきた。

 あーうん、まあ状況的にはそう見えるよね。

 だって、私校舎を背に取り囲まれてるし。それにしたって、もうちょっと真剣に心配してもいいシチュエーションだと思うんだけど。

 という、私の軽い疑問は次の鈴木さんの言葉で解けた。


「ちょっと保っちゃん人聞きの悪いこと言わないでよ!」

 保っちゃんと呼んでる辺り、先生と仲がいいみたい。

 きっと、先生は鈴木さんがそんなことする子じゃないって知ってるんだなーとちょっと納得した。


「そうだそうだー、むしろ愛の告白?」

「そうそう、お友達になってくださいってねー」

 鈴木さんが眉を怒らせて文句を言えば、両脇からもすかさず援護射撃が。

 う、うん、間違ってない。一言も間違ってないよ!

 先生は不思議そうな顔してるけど、うん、その通りなんです。

 ていうか、それどころじゃなくて!

 先生いま、あっち側から来たよね?!黒ネコさんの居た方向から。

 黒ネコさんの姿が見えないから大丈夫だとは思ったんだけど、私はそわそわ落ち着かなくなる。

 いやいや落ち着こう私、怪しいから。

 と自分を宥めながらも、次の先生の言葉に私は居てもたってもいられなくなってしまった。


「それにしても今日は校舎裏大人気だなぁ、いつもは全然人気ないのに」

 明らかに向こうのほうにも人の姿があったというニュアンスを含むそれに、私は一瞬、高橋君かなぁと思った。

 だけど、何故だか胸騒ぎがする。


「・・・井上さん?」

 先生とお話中だった鈴木さんが、様子のおかしい私に気づいて声をかけてきてくれる。

 私はその声に導かれるように、勢いよく顔を上げた。

「ごめん、私、もう行くね!」

「え?え、ええ?うん?」

 多分、よっぽど切羽詰った様子だったのかな、鈴木さんが仰け反って頷いた。

 私はその脇をすり抜けて―――ふいに先ほどまでのやり取りを思い出して、慌てて振り返って鈴木さんに叫ぶ。

「あ、鈴木さん、こちらこそお友達よろしく!」

「―――」

 私の言葉が届いたとたん、鈴木さんの表情が嬉しそうな顔に変わるのを確認した後で、私は「さよならー!」と、ぽかんとした面々を置いて校舎裏を黒ネコさんの居るほうへとひた走った。 

  

 高橋君でありますように、ただの私の気のせいでありますように・・・!

 と願いながら。

 嫌な予感満載の、どきどきと早い胸の鼓動に思わず祈りを捧げずにはいられなかった。


「―――!!」

 でも。

 私の予感は当たってしまった。



 校舎裏、茂みに近い、いつも私と高橋君が座っていた大きな木の陰で。

 しゃがみこんでる、ひょろ長い背の男子生徒に私は見覚えがあった。

 神経質そうな瞳が、突然現れた私を見て眼鏡の奥で驚いたように見開かれるのがわかったけど、それどころじゃなかった。

 ―――彼の足元に身体を丸めてる、その小さなシルエット。

 黒ネコさんの姿を見つけて一瞬ほっとした私は、すぐさま顔が青ざめるのがわかった。 


 黒い毛並みだけど、すぐにわかった。

 そのかわいらしい後ろ足に、血が滲んでるのが。

 怪我してる!

 

「黒ネコさん!」

 思わず私はその小さな姿に駆け寄った。

 男子生徒を押しのける勢いで目の前にしゃがみ込む。

 くまなく全身を見回すと、右足の肉球近くのところから血が出ている以外、他に怪我はないみたい。

 そのことにまずほっとした。


 私が来たのに気づいたのか、黒ネコさんはのそりと顔を上げて、みゃあお、と鳴いた。

「く、黒ネコさん、大丈夫?痛くない?!」

 手を伸ばすと、すり、と甘えるような仕草で顔を摺り寄せられて、私はほお、と息をついた。

 よかった、元気みたい・・・。でもいったいどうして?

 辺りを見渡すと、すぐ近くに血の付いた小石が見つかった。小石だけど、子猫にとったら当たれば結構な衝撃になったはずだ。

 さらに見ると、校舎の近く、コンクリート部分と地面の境目のところらへんで不自然に小石が集まっていた。黒ネコさんに当たったのと同じくらいの大きさの小石。

  どうやら黒ネコさんはあそこから小石を当てられたみたいだ。

 

 ひどい、どうして・・・!

 怒りで全身が熱くなり、その勢いのまま私は、すぐそばに立ち尽くしてる男子生徒を睨みつけた。

「あなたがやったの・・・?!」 

 感情のまま激しい口調で問いかける。 

 だけど、眼鏡の奥のその神経質そうな瞳が戸惑いの色を浮かべるのをみて、ほんの少し頭が冷えたのがわかった。


「―――」

 ひょろりと背の高い、私が渡り廊下でぶつかった男子生徒が、何かを言おうと口を開いた、その時だった。 


「愛那ー!!」


 聞き覚えのある声が、私がやってきた方角から。

 振り返ると、そこには見覚えのある姿が二つ、走ってやってくる。

 先ほど私の名前を呼んだ凜の姿と、もう一つ、最近おなじみのその大きな姿。

 高橋君だった。


 

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