隣のクラスの高橋君 1
それは、高校二年生のある日。
そろそろ初夏に差し掛かる5月も終わりの、ちょっとした出来事。
いつもと同じ、でもちょっとだけ違ったりした、日常のひとコマだったんだ。
その日私は、店番だった。
あ、私のお家ってケーキ屋さんなんだけどね。
古い商店街に立ち並ぶ、小さなケーキ屋さん。
私が産まれる前から営業してるって言うんだから、結構レトロな店構え。
けど私は気に入ってるんだ。
肩肘張らない、落ち着いた雰囲気のこのお店は私が小さい頃から慣れ親しんできた場所。
お得意さんもたくさん居て、中には私のことを孫のように思ってくれてる人も居たりして、すごく居心地がいい。
で。
高校に入った今でもだいたい週に2度くらいの頻度で、店番に立ってる。
パートの斉藤さんが無理な日とかね。
んで、今日もたまたま、そんな日だったわけ。
「お、愛那ちゃんじゃないか」
「あ、田中のおじさん、お久しぶりです~!」
にっこり営業スマイルも板についたもの、自分で言うのもなんだけど。
いつもの常連さん、確かうちのお父さんと同じ歳くらいのおじちゃん相手に惜しげもなく笑顔のサービス。
「そうかぁ、もう高校二年生になるか。すっかりべっぴんさんになって」
「やだなぁ、褒めても何も出ないですよ」
「いやいや、やっぱり娘はいいなぁ。かわいくて。
うちの息子なんて結婚してからはすっかり家に寄り付かなくなっちまってなぁ」
なんて世間話をしつつ、おじさんはウチの店昔からの定番の品、ロールケーキを購入してくれる。
なんでも明日、話に出てた息子さんがお孫さんを連れて遊びに来るらしい。
あ、ちなみに今日は土曜日なんだけどね。
なんだかんだいいつつ嬉しそうに相好を崩して帰っていくおじさんに、
「ありがとうございました~!」
と声をかけた、その時だった。
おじさんが自動ドアを開けて出て行き、それとすれ違うようにして階段を登ってくるその姿に、まず私はげっと眉をしかめてしまった。
紺のブレザーに、緑がかった灰色のズボンを着た大きな体つき。
それはとってもよく知ってる制服だった。
―――うちの学校のじゃない。今日は土曜日なのにどうして!
よもや片道電車で40分かけて通学してるこんな遠く離れた場所、しかも地元の商店街で、同じ学校の人に会うとは予想もしていなかった私ははじめ、メンドクサイなあと思った。
でもよく考えたら今私は学校の制服を着ていない。
白のブラウスに黒のタイトスカート、そしてピンクのフリルのついたエプロン。つまり、店の制服を着ている。
一緒の学校なんてわからないんじゃない?と気を取り直したところで、相手は階段を登りきって自動ドアを開けて入ってきた。
「いらっしゃいませ」
にっこり笑顔でお出迎え・・・のつもりが、相手の顔を認識したとたん、固まってしまった。
身長180cmくらい、肩幅は広くって、がっしりとした体つき。
そんでもって。
体つきと同じく、しっかりとした顔立ちの上に思い切り存在感を放つその目つき。
え?あなた、私と同じ高校生ですよね?ってくらい鋭いその目の持ち主。
私は、その相手のことを知っていた。
た、高橋君だ・・・!
隣のクラスの男の子。顔立ちは決して悪いほうではないのだけれども、まず目を引くのがその目つきの悪さ。加えて、とっつき悪そうな態度に、なんだか怖い人、という印象が強く、女子の中では敬遠されがちの存在だ。
クラスは違うけれども、存在感が抜群にあるため、顔と名前だけは私も知っていた。
その彼が今、うちの店に来ている。
え、な、なんで?!ものっそい似合わないんだけど、この風景!
うちのお店はさっきも言ったとおり古いお店だけれども、それでも決して古臭いイメージがあるわけじゃなくって、いい意味でレトロな、昔のケーキ屋さんの内装をしてる。
年月が経っていい感じの色合いになってる自然木の、柱。それと同じ材木を使ったクッキーやマドレーヌなどが置いてあるテーブルや棚。
ナチュラル感を意識した空間になってる。
小さなお店だから、入ってすぐそのお菓子が並ぶ陳列棚があるんだけれども、その中に佇んだ彼はすごく浮いて見えた。
なんというか、大きく違和感。
色とりどりのお菓子たちの中、大きな身体が窮屈そうに周りを見渡してる。
それから高橋君は、自動ドアの前で店の中を一通り見渡した後そのままケーキが並ぶショーケースまで大きな歩幅で歩いてきた。
同時に威圧感も迫ってくる錯覚を起こし、私は思わずカウンターの中で後ずさりしそうになるのをなんとか堪える。
どんっという効果音が付きそうな存在感がショーケースを挟んで目の前に立った。
いけない、笑顔笑顔!
「ご注文は?」
とっさに笑顔を顔に貼り付けた自分を褒めてやりたい。
ま、頬が引きつっちゃってるのは見逃してちょうだいな。
「・・・ロールケーキにシュークリーム、アップルパイをひとつずつ」
えっと、ものっすごい眉にしわが寄ってますけど。
唯でさえ悪そうな人相しているのに極悪非道な顔になってますけど。
注文すんのにそんな気合いれなくたっていいじゃん!怖いんだってば!
とか心の中では色々叫びつつ、手際よく商品をトレイに取り、箱に詰めていく作業にはいる私。
良かった。私のこと、知らないみたい。
同じ学校に通ってるとは気づかれてないみたいだ。
ほっとしつつちらりと後ろを覗き見ると、高橋君はショーケースの前で腕を組み、仁王立ちして中を覗き込んでいるところだった。
恐ろしく真剣な目つきでショーケースの中を・・・吟味してる?
・・・ケーキ、好きなのかな?
なんだかそう思うとさっきまでの怖さが薄らいでくるから不思議だ。
そりゃなんたって私はケーキ屋の娘ですから。
「お待たせ致しました!」
さっきよりも自然な笑顔が浮かんで、ケーキの入った箱を彼に手渡した。
「・・・どーも」
返事なんか期待してなかったんだけど、眉間に皺を寄せたまま目線を逸らしてそんな声が返ってきた。
お、結構いい声してる。低音が耳に残る。
そして、指定の黒の学生鞄を肩に掛けて、それとは別の左手がケーキの箱の握り手の部分をしっかりと握りしめ、私からケーキの箱を受け取った。体つきと同じ、がっしりとした、大きな手のひらだった。
それから彼は無言で後ろを振り向き、自動ドアの方へ歩いていく。
私はその後姿を見送った。
姿勢、いいな~。ぴんと伸びた背筋が、凛としたイメージを感じさせる。
それにしても。
ケーキの箱が似合わない・・・!
大きな体つき、いかにも強面の彼がちょこんと持つ左手のケーキの箱が、そこはかとない違和感を醸し出してる。
でもなんか、そのアンバランスさがちょっとかわいいと言えなくも、無い。
なんだか微笑ましく感じながら、
「ありがとうございました~!」
元気よく、彼を送り出した。
そして高橋君の姿が自動ドアの向こうに消えた後、私はくすくす笑いが頬に浮かぶのを止められなかった。
あれ、一人で食べるのかな?
あ、でも家族に買って帰っただけ、っていう線もあるか。
え、でもあんな怖い顔をしてて実は家族思いとかいうオチ?
とか、本人が知ったらきっと怒るであろう、結構失礼なことを考えながら。
それが、私と彼の初めての接触、というやつだった。