奢る蜂、久しからず
海中から現れた生物は、全長5m程度で全身を灰色の甲殻で覆われ、その両腕には鋭く大きな鋏があった。
即ち、地球で言うところのザリガニに似ていたと言うことである。
巨大なザリガニ型生物「RINP」は、その場に居合わせたWASP達を悉く皆殺しにして、その死骸を食べ始めた。
暫くして、RINPの胸部を覆う甲殻の一部が少し揺れたかと思うと、まるで戦闘機のコックピットのように開き、中から湿った桃色の肌と細長い触手を持った細身の生物が現れた。
「どうよ、バルログ?生まれて初めての地上の空気は?」
「最高だ、プラヌス。地上に住む、殺しと憎しみしか脳のない奴らの味もな。
やはりコヌ・ハク様のお考えは正しかった。
我等RINPと貴公等QUIDとは、共に歩むべきなのだ。
そして地上もまた、我等ルルニアが統治すべきだ。
虫螻共では、知的生命体としての役目は務まらん」
「バルログ、アンタ賢くなったねぇ。それともアタイがRINPを軽視してただけかい?」
「前者だ、プラヌス。儂は本来労働と破壊に生きるべき立場である所を、貴公等QUIDから上質な教育を授かった。
お陰であの大馬鹿の儂が、今や全ての内の一厘にも満たぬ『口を効くRINP』へと成り上がったのだからな」
「そう。それじゃあこの辺りで一休みとしようかねぇ」
「いや、残念だがそうとも行かぬようだ」
「どういう事?」
「|触角(髭)が伝えている…アレと同じ地響きだ…どうやら一匹取り逃がしたらしい。近場で援軍を呼びおったな…」
「あぁー…確かに。アタイにも聞こえるわ…こりゃ休憩は後回しっぽいねぇ…」
地球のウチダザリガニに相当する生物を祖とする「RINP」と、地球のアオリイカに相当する生物を祖とする「QUID」及びこの二種族によって結成された大陸国規模の共同体「ルルニア」は、QUIDの持つ天才的な頭脳とRINPの持つ戦闘能力を生かし、文武両道の最強勢力として世界各地の海底を支配していた。
そして彼らは遂に、進歩した医療技術によって強化された肉体を獲得し、陸上適応に成功。
先程描写されていた、「QUIDがRINPの中に乗り込む」という動作もその一つであり、医療技術によってRINPの胸部に作られた特殊なスペースにQUIDが乗り込み、特殊な方法で思考を共有することにより、実質的な融合を遂行。
RiNPの怪力にQUIDの頭脳という、お互いの欠点を補い合う戦闘形態を取ることが可能なのである。
そんなルルニアは、指導者の一人であるコヌ・ハクの立てた計画に従い、地上を支配する知的生物・WASPを根絶。地上までもその手中に収めようとしていた。
そして作戦は実行に移され、先程のプラヌスとバルログの奇襲攻撃を皮切りに海中から無数のQUIDとRINPが出現。
知能・文明・戦闘能力に於いて自らを遙かに上回る未知の敵とあっては流石のWASPも為す術が無く、されるがままに滅ぼされ、とうとう残るは族長一人となってしまった。
―海上に浮かぶ部屋―
「…族長殿、如何ですかな?自らの帝国が悉く潰されていく様は…さぞ苦しい事でしょうな…」
飄々とした態度のコヌ・ハクを、族長はただただ睨み付ける。
「まぁまぁそう怖い顔をなさらずに…僕の話を聞いて下さい…。
実は、族長殿に一つ謝らなければならない事があったのですよ…貴方がたの戦争の元凶の件なんですがね…」
その言葉に、族長は言葉を失った。
「アレ、実は我々QUIDが仕込んだ事だったんですよ…族長の子供を適当に痛めつけ、特殊な薬物を投与することによってあたかもレイプされたかのような状態に仕立て上げ、ある種の暗示によりその場の全員の意識を少しずつ組み替えることによって被害者がレイプされたのだと思い込ませる…。
上位の者への忠誠心が強く元々攻撃的な性質の貴方がたであれば、何らかの暴力によって憤りを発散したがるはずだ…。
念のため、『犯人はANTである』という暗示もしてやろうかと思いましたが、するまでもありませんでしたねぇ。
面白いように戦争をおっ始めた挙げ句、お互い全力で殺し合ってくれた。
つまり全ては我々の作戦だったというわけです。
この世を生きるには腕っ節と忠誠心と毒針だけでは足りないのですよ、族長。
知性と学力…それがあってこそ、生物は成長できる。
とはいえ、だからといって肉体を疎かにしてもいけませんがね。
即ち何事もバランスなのです。
強大な力を持つ者は、常にバランス良く安定した状態でなくてはならない。
偏っていると、直ぐに爆発してしまいますからね…金属ナトリウムのように…」
そう言ってコヌ・ハクは族長の首を触手の一本で締め上げ、首の骨をへし折って殺した。
「さぁて…これにて僕の仕事も終わりかな…引退しようか」
「引退…まだ早くありませんか?」
傍らにいたコヌ・ハクの臣下レフィロは上司を引き留めようとする。
「いやいや。もう僕の時代は終わりだよ。これからは君がルルニアの未来を担う番だ」
そう言ってコヌ・ハクは部屋の床を開いて死体を海に捨てると、それを追うようにして自らも海へと消えていった。
その日以降、ルルニアでコヌ・ハクを見た者は無かった。
そして翌日、レフィロは自らの意志でコヌ・ハクを継いだ。




