宇宙誕生から二大文明まで
現在より約90億年前、当時118億歳程の銀河の何処かにある惑星"n"にて、宇宙最初の有機生命体が誕生した。
今になって思えば、それこそが全ての始まりだった(・・・・・・・・・)などと、誰が予想できただろうか。
これは『白い巨像』の外伝であり、本編の前日談に当たるものと考えてくれて良いだろう。
但し気を付けなければならないことは、そのスケールが余りにも壮大であるという事だが。
―約72億年前・惑星n―
その頃、惑星nは主に二つの知的生命体が支配していた。
両者はどちらも、地球に於ける社会性昆虫に酷似した生物を祖としており、高度な知性と社会性によって不動の文明を築いていた。
まず第一の種族は、地球に於ける農業を行う昆虫・ハキリアリに似た生物を祖とする「ANT」。
ANTは大変高度な知性を持っており、文明も今の地球人類を遙かに凌駕していたが、その内面は人類を下回っていた。
まずこの種族の社会制度は、地球で言うところの「資本主義」そのものであり、つまりそれは、利益こそがこの世の全てであり、金儲けの上手い奴や先天性の金持ちこそがこの世で最も偉大であるとする思想であった。
それ故に彼らは常に金儲けの事ばかりを考え、愛情や仲間意識と言った概念を蔑ろにしていた。
そして第二の種族は、地球に於ける最強の軍隊が一つ・キイロスズメバチに似た生物を祖とする「WASP」。
WASPは知性や文明こそANTに若干劣っていたが、ANTのそれとは比べ物にならないほどに高い身体能力と戦闘センスを持っており、戦う事と殺すことについての知恵ではANTをも上回る。
それ故に軍事産業でもANTを上回っており、地球の「軍国主義」によって、庶民は産まれながらに兵士として育てられるのである。
これら二つの種族は一見、全く違った性質を持っているように見えるかも知れない。
だがしかしこの二つの血統はいずれも、風習に於いてある共通点が存在するのである。
それは現代の地球に於いてほぼ滅び去りつつある「男尊女卑」の考えであり、これは恐らく潜在的な精神に起因する者と思われた。
何故ならば蟻と蜂は近縁であり、どちらも女王を頂点とした社会を形成、その社会の中で労働者とは常に雌であり、雄は貴族のように優遇される立場にあるからである。
その為、これら二種族の社会に於いても男尊女卑の精神は健在であり、女王及びその候補者を除き、労働者とは常に雌であった。
雄が無職なのではない。雌は主に、兵役や建築などの肉体労働や、奉仕事業に就くことが義務づけられていたのだ。
そして雄は産まれながらに貴族として育てられ、優秀な血筋を後世に残すための教育を受けながら育つのだが、それには「無能は死ぬ」という恐ろしいリスクがつきまとっている。
そう。これら二つの種族には共通して、「雄は定期的に行われる実力試験に於いて一定以上の成績を収める事でその実力の高さを証明できなかった場合、処刑される」という法規が存在したのである。
あらゆる意味で似通っていたこの二種族。
お互いの存在を認知こそしていたが、それぞれ棲み分けに曖昧さが無かったが故にそれぞれ交わることなど有り得ないはずであった。
しかしある時、そんな「有り得ないはずの事」が、起こってしまう。
それも、些細な出来事から。
―ある午後の事―
「時に主様」
才知に溢れるWASPの武器商人・デュースの臣下・ラガは、自らの主に話を振った。
「何だい?」
「私、風の噂で何とも許し難い話を聞いてしまいました。話しても宜しいでしょうか?」
「許し難い話?良いだろう、是非聞きたいね」
「はい。これは買い出しの最中聞いた話なのですが…何でも、先日我が同族の少年が夜道で何者かに襲われた挙げ句レイプされ、心身共に限界まで追い詰められた状態で発見されたとか…」
「……それは酷いな…それで、少年はどうなっているんだい?」
「はい。現在は隔離されて治療中との事ですが、真偽の程は定かではありませんね。
また、犯人についての目処も立っていませんが、警団の調べでは、少なくともWASPによる犯行ではないとの事です」
「WASPじゃないって…それじゃあANTがやったと言っているようなものじゃないか…。
まぁ、我々やANT以外の知的生命体がこの世に存在しないと言い切ることも出来ないんだが…有り難う、ラガ。
気付いているかも知れないが、一応議会に報告状を出しておくとしよう」
WASPの社会に於いてそれなりの力を持っていたデュースの報告を受けた議会は、早速調査を開始。
不明とされていた被害者の身元を確かめ、その事を大々的に報じた。
調査の結果、被害者は何とWASP族長―即ち国王に等しい存在―の息子である事が判明。
この事は瞬く間にWASPの住まう地域全土に広がり、更に何処で何がどう間違ったのか、「犯人はANT」という誤った情報まで広まってしまったのである。
更に間の悪いことに、ANTの生活圏に於いても同様の事件が発生。
同じような経緯を辿り、両種族は互いに殺意を向け合うようになっていた。
そしてWASPの議会はよく調べもしない内からANTへの武力行使を決定。
通常戦争とは政治家の勝手な考えから起こり、民衆はそれを望んでいないというのが常だったが、この戦争は民衆からの賛成を獲得していた。
社会性昆虫であるが故に上位の者への絶対的な忠誠心を持ち続ける民族性であったが故であった。
そしてその日の深夜、戦争は開始された。
圧倒的な武力と戦力を持ったWASPの猛攻にANTは為す術無しかと思われたが、ANTはWASPより優れた知性と技術を持っていたため、罠や大量破壊兵器(爆弾や毒液、病原体等)を活用しWASPに対抗。
敵戦力に大打撃を与えることに成功するが、兵器が底を突いた途端その勢力は急降下。結果としてWASPが勝利し、ANTは絶滅してしまった。
勝利に歓喜するWASP達であったが、戦争はこれで終わっていなかった。
WASP達による新たなる帝国が築かれて四日後のある昼下がり、族長や議会の意向で水産資源獲得の為に派遣されたWASPの兵士・学士達が、海中から現れた謎の生物に襲われたのである。