↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

スワンプ⇔スワップ

作者: 長居智則
掲載日:2026/09/14


「はぁっ!? 何これ!?」

 目を覚ました私から開口一番でそんな言葉が飛び出ていた。なにせ、何も着ていない裸の状態だったのだから。

 すぐに周囲を見渡す。場所は近所の大池公園。時刻はわからないがとりあえず夜なのはわかる。衣服らしい影は見当たらない。いや、もしかしたらあるのかもしれないが、真夜中の雑木林で街灯もスマホのライトも無く、こうなっては探しようがない。

 だが、さすがにこの格好のままというわけにも……。

 せめて一着でもいいから衣服を、最悪スマホさえあれば……。

 なんて手探りで暗闇の草木の中をガサガサとかき分ける。

 すると、今度は何か小さく固い物が手に触れる。それも、動くモノだ。

「ひゃあぁっ!!」

 それが虫だと気付き、すぐに私は雑木林を抜け出した。

 記憶が正しければ、今の時期は夏。

 それを裏付けるように、耳をすませば虫の音があちこちから聞こえ、奥の大池からはゲコゲコと小さな合唱が響いている。

 無理だ。

 すぐにそう理解した。

 虫も爬虫類も両生類も、小さくてグロテスクな生き物は全部苦手なんだ。このままここで探し物なんてできない。

 かといって、衣服一つ無いこの格好で……?

 大池公園の周囲は住宅街。夜遅い時間なら人通りはほとんど無いとは思うが、さすがにそれでも飛び込む勇気は無い。

 でも、日が昇るまで待つの?

 それこそ無理だ。

 何がいて何が飛んでくるかもわからない夜の公園なんて、早く離れてしまいたい。だが、街灯のある通路に出るのも危険だ。今が何時かわからない以上、人通りがわからない。

 何より、日が昇ってしまって服が見つからなかったらどうする? それこそ完全に詰んでしまう、この夜の間に片付けるしかない。

 どうやら……動くしかないらしい。

「……ほんと、なんなの」

 小さくぼやく。声なんて出さない方がいいのはわかっているが、それでも吐き出さずにはいられなかった。

 本当に意味がわからない。

 なぜ私がこんな目に遭わないといけないのか。

 なんとか覚悟を決め、早鐘を打つ心臓を抑えて歩き出す。

 その瞬間だった。

 キンコーン。

「ひゃあぁっ!?」

 …………喉から心臓が飛び出るかと思った。

 それは、聞き慣れたSNSの着信音だった。

 ふと、音のした方向を見遣れば、茂みの中に明るく光る四角があるではないか。

 ──スマホ。

 理解するや否や、走って飛び込んだ。


「──それで、あたしが呼ばれたと。いやごめん、まじで意味分かんないんだけどあたしだけ?」

「いやまぁ……そうなんだけど、ありのままの説明と言うか」

 響子の質問に、私は歯切れの悪い返事をした。でもそう返すしかない。なにせ私だって混乱したままなんだ。

 あのとき、自分のスマホを取り戻した私はすぐさま響子に電話して呼び出した。

 とにかく迎えに来てくれ、と。

 響子はすぐに車で現れ、全裸の私を見るなり驚きはしたが、一旦言葉を呑み込んで彼女の自宅まで連れてきてくれたのである。

 持つべきものは親友だと改めて感じる。

「ていうか服、サイズ大丈夫? やっぱ寒くない?」

 ため息混じりの表情から一転、いつもの響子の顔になる。たしかに、私は彼女よりも一回り身体が小さい。貸してくれたTシャツも少しぶかぶかである。

「大丈夫大丈夫、貸してくれただけでも助かる」

「ならいいんだけど、寒かったら言ってね」

「うん」

「あとさ」

「うん?」

「あたしはそういうのよくわかんないけど、取り返しのつくところでやめておきなよ?」

「……えっ、ちょ違う違う! 別に趣味でマッパだったわけじゃないって!」

「まぁ落ち着きなって。別に趣味のひとつやふたつで友人辞めるほどの仲じゃないっしょ?」

「いやだから、本当に違うんだってば!」


 しかし、本当に困ったのは響子との押し問答ではなく、その翌日だった。

 響子と一緒に日が昇った現地へ再度訪れていたのだが、目的の物がなかったのだ。

 財布と家の鍵だ。

 服が無くなっただけならまだいい。さすがにこの二つはまずい。拾われでもしていれば個人情報もへったくれもない。それにお金も困る。キャッシュカードも現金もクレジットカードも、全て消えた財布の中である。

 涙目で慌てていると、響子が交番に届けられているかもしれないとのことで二人で立ち寄ったが、そちらも駄目。

 正直、声を出して泣きたい気持ちだった。

 そうやって忙しい午前中を終え、昼頃、響子の奢りでファミレスに入って今に至るのであった。

「鍵どー?」

「……とりあえず用意してくれるみたいだけど、数日かかるって」

 席について落ち着いた私はすぐにカード会社と自宅マンションの管理会社に電話していた。カードは拾われている可能性があると伝えたらすぐに停止してもらえた。ただ、自宅の鍵はどうやら今日中に用意するのはどうしても難しいとのことだった。

「……これからどうしよ」

 率直な気持ちが自然と口から零れていた。

 手元には携帯だけ。お金も家も急に使えなくなってしまった。幸い今日明日は休日だが、仕事日までに解決する気配がない。

「朱莉さぁ、昨日のことホントに何も覚えてないの?」

「……うーん」

 昨晩のことを思い返してみる。

 あのときはコンビニに夜食を買いに向かった帰り道だった。大池公園は、自宅からコンビニのちょうど間にあるので近道がてらよく通る公園なのである。その公園に入って、大池の畔の並木道を歩いていたところまでは記憶がある。だが、気が付いたらあの状態になっていた。

「全っ然覚えてない……私普通にコンビニ行って帰ってきただけなんよ。いつの間にか意識なかったみたいで、目が覚めたらあれね」

「え、フツーに怖いんですけど……ホントにいきなり意識飛んだの? なんか転んだとか、眩暈があってとかないカンジ?」

「多分……何もないと思うけど」

「急に気ぃ失うってなんかの病気とかない?病院行った方がいんじゃないの?」

 少し心配そうにこちらを見遣る響子。

「いやー、お金も保険証も財布の中だし」

「いやいや、緊急時だしあたし出すからさ」

「えっ、さすがに悪いって」

「いいからいいから」

「いやでも──

 そんな時だった。

「あれ、朱莉?」

 テーブルの外側から声がかかった。

「あ、佳那じゃんやほー。聞いてよ、朱莉が大変なんだって」

 響子が席に入るよう促すが、どうやら佳那はそれよりも首を傾げて私をまじまじと見つめていた。

「……えっと、どうしたの?」

「いや……だってアンタ、さっき駅のホームに居なかった?」

「はい?」

 今日一日を思い返す。

 大池公園、交番、ファミレス。全て響子の車で移動していた。電車なんて使っていないし、駅に行ってもいない。

「えー、行ってないんじゃない? 朱莉、今日あたしとずっと居たけど駅行ったことないよ」

「まじぃ? いやでも……たしかに朱莉だったと思うんだけどな」

「見間違えたんでしょ? 私今それどころじゃないんだけど……」

 昨晩から災難続きなんだ。結構本音の言葉である。

「んー、本人が違うってなら違うのか。 えーでもなんか、納得できないかも」

「もしかして、朱莉のドッペルゲンガーでも見た?」

 響子が少し楽しそうにニヤつき始めた。

「どっぺる……なにそれ?」

「……あー」

 そういえば、最近は動画配信サイトで怪しい都市伝説の解説を見ているなんて話を、先週くらいに散々聞かされたような気がする。

「ゲンガーだよ、ドッペルゲンガー。ある日、その人と瓜二つの人物が目撃されるようになってさ、その二人が出会っちゃうとオリジナルが殺されて入れ替わっちゃうんだって!」

「アンタ好きだねぇ、そういうの」

 そう言って、呆れ顔で佳那も席に着いた。

「結構そういう話あるんだって、他にもチェンジリングとかスワンプマンとかさ」

「……それよりも朱莉が大変なんじゃないの? よく知らないけど」

 ため息混じりに受け流す佳那。あははそうだった、と話を戻す響子。

 結局、そこからあまり進展は無かった。

 ただ、響子がしばらく泊めてくれることとなり、一旦は寝床は確保させてもらえる形には落ち着いた。佳那も、都市伝説よりも変な事に巻き込まれていると笑っていたが、何かあれば協力するから連絡してと言ってくれた。

 状況は散々なものだけど、周りの友人には恵まれているありがたみをただただ噛み締めるしかなかった。


 夕暮れ時。

 私は三度大池公園にいた。

 やっぱりというか、どうしても落とした物に諦めがつかなかったから。

 多分見つからないとは思う。誰かが拾ってくれたのか、持ち去ってしまったのかもしれない。とはいえ、失ったもののどれもがもう一度手に入れるものが面倒なものだ。見つかるに越したことはない。

 ダメ元で始めたが……昼過ぎから探して気付けばこの時間だ。

 そろそろ暗くなる時間。潮時だろう。

 響子へSNSでメッセージを──。


「いた」


 それは、私の声音だった。

 ただ、私の口から出た言葉ではなかった。

 背後。

 声がした方へ振り返るのとほぼ同時。

 何かがすごい勢いで私に覆いかぶさった。

 その何かは、私の首を押さえてきた。

 ──殺される。

 混乱しながらもそれだけは明確に理解できた。

 すぐに手足を、身体をばたつかせよじらせてみるも、上手く動けない。何かの服を掴んだその手も震えて力が入らない。

 その間にも首はぎりぎりと締め付けられていく。

「やっ……がっ……!」

 そうして、何かは吐き捨てるように、

「消えろ、消えろ偽物!」

 そんな言葉が降りかかってきたのだ。

 見上げる。

 そこには私がいた。

 何かとは、もう一人の私だった。

 ドッペルゲンガー、スワンプマン、チェンジリング……響子の口にしていた都市伝説が、悲鳴を上げる脳内を駆け巡っていく。

 私の憎しみ溢れる視線が、呪う言葉が、脳内に染み渡っていく。

 そして、顔が、頭が熱く苦しく、徐々に、意識が遠のく。

 私は、私が……偽物、なの……?



 響子が楽しそうに語る都市伝説の一つを、覚えていた。

 スワンプマン。

 詳細までは覚えていないけど、実際は都市伝説ではなく、思考実験なんだとか。

 ある日、泥の中から自分のまったく同じ存在が生まれる、そんな話。

 大池公園で目覚めた時には、突然気を失うわ、スマホは無くすわで最低な日だとしか思わなかった。

 交番でスマホを落としたと届け出た時、さっきも財布を届け出に来なかったか訊かれた時は気のせいだろうと片付けた。

 しかし響子と歩くもう一人を見つけた時、ようやく理解した。スワンプマン、ドッペルゲンガー、いやこの際なんでもいい。私の偽物が私の日常を冒していると。

 すぐにでも、あれをどうにかしないといけないと。

 躊躇はあった。

 人間の姿をしている。

 私と同じ顔をしている。

 気味の悪さや恐ろしさもあったが、もう一人の私を手にかける気持ち悪さの方が強かった。

 それでも、やり遂げなければいけない。

 私自身を守るために。


 呼吸が整わない。

 動悸が収まらない。

 あれは、私の姿をした泥でしかないと思っていた。

 目の前には、こちらを見つめたまま動かなくなったもう一人の私。まだ生温かいもう一人の私。泥に戻らない、もう一人の私。

 理解するのに、少なくない時間を要した。

 ただ、すぐにその考えを捨てた。

 そうするしかない。だって、目の前の光景が答えであり、それ以上でも以下でもない。

 私は深呼吸を三回してから、もう一人の私が落としたスマホを拾い上げた。

 思考を切り替えよう。

 さて、これからどうしようかな。




ご意見ご感想罵詈雑言、いつでもお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。