#22 漏洩
朝倉の集会の翌日。VMBの管制室に緊急報告が入った。
「世界三箇所の飽和域で、同時に異常な構文反応を検出しました」
スクリーンに世界地図が映る。出雲(日本)、チチカカ湖、ギザ(エジプト)。三つの飽和域が赤く点滅していた。
「飽和域の深部に——大沈黙の楔とは異なる構造物が存在することが判明しました」
氷見局長が言チームを呼んだ。
* * *
分析室。言は出雲飽和域の地下構文データを構文聴覚で再分析していた。
石室の記録を解読したとき、言の構文聴覚は「楔」を聴いた。大沈黙の封印を支える構造の一部。だが——楔の更に深い位置に、別の構造がある。以前は聴き取れなかった層。第三段階の構文聴覚が成長したことで、ようやく感知できるようになった何か。
構文聴覚を限界まで深く沈めた。
——聴こえた。
楔の奥に、巨大な構文の核がある。楔が「杭」なら、これは「基礎」だ。大沈黙の封印システム全体を支えている中核構造。世界各地の楔がこの核に繋がり、全人類の発話に抑制構文を付加する源泉となっている。
言はメモ帳に書いた。
『楔の奥に中核構造がある。大沈黙のシステム全体を支える基盤。これを——封印核と呼ぶ』
詠がメモを読み、顔色を変えた。
「……それを見つけたか。封印核は、大沈黙の心臓だ。これが壊れれば——封印は崩壊する」
律が端末を操作した。
「三箇所で同時に検出された異常構文反応。出雲、チチカカ湖、ギザ——全て古代聖地に位置する飽和域です。封印核は複数存在する?」
詠が答えた。
「三つだ。五千年前、文法守は三つの封印核を世界に設置した。一つでも壊されれば——大沈黙は急速に劣化し、大解沈が前倒しになる」
沈黙が落ちた。
言はメモ帳に書いた。
『朝倉もこの情報を持っている可能性がある。情報漏洩の経路を特定しなければならない』
氷見局長の声がインターホンから流れた。
「篠宮さん。封印核の防衛計画を立案してください。三箇所同時の監視体制が必要です」
ブレスレットに指先が触れた。
封印核。大沈黙の心臓。それが三つ、世界に散らばっている。
そして朝倉は——それを壊すつもりでいる。
* * *
情報が漏れている。
封印核の発見から三日後。原声会のSNSアカウントが、封印核に言及する声明を公開した。「大沈黙の心臓が見つかった。これを解放すれば、人類は本来の声を取り戻す」。
内容は正確だった。封印核の存在、三箇所の位置、大沈黙との関係——第零班と氷見局長しか知らないはずの情報が、原声会の手に渡っている。
言はメモ帳を握りしめた。
* * *
VMB本部。氷見局長が緊急会議を招集した。
「情報漏洩の経路を特定します。第零班の四名、藤堂教授、管制室の職員三名——封印核の情報にアクセスできた人間は限られている」
律が端末を操作した。
「アクセスログを精査します。データベースへの接続記録、端末の使用履歴——」
言は構文聴覚を会議室の全員に向けた。声の色を聴く。嘘の色——黒——が混じる人間がいないか。
——いない。
会議室にいる全員の声に、黒は見えなかった。全員が嘘をついていない。
メモ帳に書いた。
『構文聴覚で確認した。この場にいる全員、嘘をついていない。漏洩元はこの場にいない人間か、あるいは——嘘を介さない方法で情報が流出している』
氷見が眉をひそめた。
「嘘を介さない方法とは」
『例えば——本人が漏洩の自覚なく情報を渡しているケース。あるいは、端末やシステム経由の技術的な漏洩』
律が言った。
「もう一つ可能性があります。第零班のフィールドサポート要員——梶原司捜査官。封印核の情報にはアクセスしていませんが、出雲調査の一部データには触れています。間接的に推測可能な情報があったかもしれません」
言は律を見た。律の眼鏡の奥の目が冷静だが、厳しかった。
梶原捜査官。出雲調査以降、第零班のフィールドサポートとして配属されていた男。三十代。真面目で寡黙。言とは何度か筆談を交わしたことがある。
——まさか。
ブレスレットに触れた。
疑いたくなかった。だが——疑わなければならなかった。
会議室を出た後、言は分析室の窓辺に立った。東京の夜景が目の下に広がっている。構文聴覚が、街のざわめきを拾う。抑制構文の脈動が、先月よりも確実に弱くなっていた。
封印核の防衛。情報漏洩の特定。朝倉の動きの監視。——問題が同時に三つ走っている。
紬が隣に来て、タブレットを差し出した。
『考えすぎの顔してる』
言はメモ帳に書いた。
『考えなければならないことが多すぎる』
〈だったら、一つずつ。今夜は休んで〉
言は紬を見た。紬の表情は穏やかだった。声のない世界の住人が放つ、静かな安心感。構文聴覚の負荷が、ほんの少し軽くなる。
『……ああ。そうする』




