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言葉は鉛になる ―声が凶器になった世界で、最も危険な声を持つ男―  作者: 景都 (けいと)
裏切りの声

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19/29

#19 対峙

 テレビの画面が、碧く光った。


 二〇二七年冬。VMB本部の分析室で、第零班の四人はモニターに釘付けになっていた。


 特別報道番組。画面の中央に立つ男——朝倉透。濃い茶色の髪を短く整え、背筋をまっすぐに伸ばしている。元検事。碧い瞳が、カメラを真っ直ぐに見据えていた。


「皆さん。今夜、俺は一つの事実を公表します」


 朝倉の声は穏やかで、透明だった。構文聴覚を向けると——碧。一切の嘘を含まない、純粋な信念の色。


「人間の言葉は、本来、力を持っています。それは十年前に突然始まったものではない。数千年前に——誰かが封じた力が、今、蘇りつつあるのです」


 言の喉が締まった。大沈黙の情報だ。国家安全保障レベルの機密。それが——全国放送で語られている。


「この封印を、我々は『大沈黙』と呼びます。大沈黙は人類に嵌められた口枷です。我々の言葉は本来、力を持っている。その力を恐れて封じたのは——力を独占したい者たちだった」


 朝倉の声が——言質化した。


 テレビの画面が碧い光を帯びた。S等級の言質化感受性。朝倉の信念に満ちた声が電波を通じて「共鳴」を引き起こしている。全国のテレビの前の視聴者が、朝倉の言葉の重みを——物理的に——感じ始めていた。


 律が端末を叩いた。


「VMBの緊急対応回線が鳴り止みません。全国から問い合わせが——」


 紬がタブレットを見せた。SNSのタイムラインが爆発している。


 『大沈黙って何?』『言葉の力を取り戻せるの?』『嘘のない世界が来る?』


 詠は画面を見つめたまま、静かに言った。


「……始まったか。五千年前と同じだ」


 言はブレスレットを握りしめた。


 画面の中の朝倉が、締めくくった。


「我々『原声会』は、大沈黙の解除を求めます。人類に、本来の声を取り戻す。嘘のない世界を——実現する」


 碧い光が、画面越しに分析室の空気を震わせた。


* * *


 朝倉の放送から一週間。世論は沈黙維持派と解放派に二分された。


 VMBの仲介で、言と朝倉の直接対話が設定された。場所はVMB本部の沈黙区域内。安全な対話のための措置だ。


 会議室に入ると、朝倉が椅子に座っていた。碧い瞳が言を捉えた。


「篠宮言。構文聴覚の持ち主。——ようやく会えた」


 言は向かいの椅子に座った。声は出さなかった。メモ帳を取り出した。


『あなたが大沈黙の情報をどこから得たのか、訊きたい』


 朝倉は微笑んだ。嘘のない笑み。


「情報源は明かせない。だが——事実だけを話そう。俺が大沈黙の解除を求める理由を」


* * *


「俺の父は、市議会議員だった。函館の。正直な人間だった」


 朝倉の声には感情が乗っていたが、構文聴覚に映る色は碧のまま——嘘がない。


「対立候補がデマを流した。父が裏金を受け取っていたという虚偽の告発。SNSで拡散され、マスコミが追いかけた。父は否定し続けたが、誰も信じなかった。嘘の声は大きくて、正直な声は小さかった」


 朝倉の指が、テーブルの上で微かに震えた。


「父は辞職した。名誉は回復されなかった。最後は——自分で命を絶った。俺が十七のときだ」


 沈黙が落ちた。


「その後、対立候補の裏金が発覚した。父の無実は証明された。だがもう遅かった」


 朝倉が言を見た。碧い瞳が真っ直ぐだった。


「お前は言葉を恐れている。俺は嘘を恐れている。——恐れの質が違うだけで、俺たちは同じ場所に立っている」


 言の構文聴覚が震えた。朝倉の声には嘘の色が一切ない。全ての言葉が透明な碧。この男は本気で「嘘のない世界」を信じている。


 メモ帳にペンを走らせた。


『あなたの言うことは理解できる。だが——大沈黙が解ければ、嘘だけでなく全ての言葉が物質化する。怒りの一言が人を殺す世界になる』


「知っている」


 朝倉は頷いた。


「だが——嘘が人を殺す世界を、俺たちはもう経験している。父を殺したのは嘘だ。デマだ。SNSの匿名の声だ。言質化しない言葉が人を殺す世界と、言質化する言葉が人を殺す世界。どちらがましだと思う?」


 言は答えられなかった。


 ブレスレットに指先が触れた。


 朝倉の問いは——否定しきれなかった。


* * *


 対話を終え、会議室を出た。廊下で紬と律が待っていた。


 律が訊いた。


「どうでしたか」


 言はメモ帳に書いた。


『嘘がない。全ての言葉が透明だった。——朝倉の主張には一理ある。否定だけでは勝てない』


 律の表情が硬くなった。


 紬がタブレットに打った。


『朝倉さんの声、どんな色だった?』


『碧。……きれいな色だった』


 三人は廊下を歩いた。窓の外に東京の冬空が広がっている。言質化社会の冬は静かだ。寒さが人の口数を減らし、構文残響がわずかに薄くなる季節。


 だが今年の冬は——朝倉の碧い声が、その静けさを破ろうとしていた。


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