血は水よりも
平民出身の側妃から生まれた王女は、宝剣に選ばれた【英雄】の息子と婚約していた。しかし王女を軽んじる令息は、ついに愛人を隣に置いて婚約破棄を叫んだのだった。
「ダーナ・ゴルボーン、お前との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業パーティーにて、アータートン伯爵令息テレンスが相対する少女を指さして堂々と宣言した。テレンスの隣には、縋りつくように一人の少女が寄り添っている。ケアード伯爵家の令嬢だった。
指さされているダーナはこの国の王女だった。とはいえ、母は平民出身の側妃である。
ダーナは曖昧な笑みを浮かべた。
「それは構いませんが、よろしいのですか?」
特段縋りつく様子もないダーナの態度は、テレンスにとっては不快なものだったらしい。いきり立って声を荒らげた。
「お前はいつも生意気なんだ! 王女とはいえ平民の娘が、僕の父は国の【英雄】アータートン伯爵だぞ! お前はこの婚約がなくなれば行き場を失うだろうが、我が家は代替わりのタイミングで侯爵に陞爵すると決まっているんだ、お前には不相応だ!」
確かにテレンスの言葉の通りに、この国で【英雄】という称号は非常に重要な意味を持っていた。単に剣の腕前が良かったり功績を挙げれば良いというだけのものではなく、国宝である魔道具の宝剣に選ばれる必要があるからだ。
宝剣はほんの一度振るうだけで竜の首を落とすと謳われるほど強力無比なものであったが、非常に気難しかったので【英雄】が見いだされるのは実に四十年ぶりのことだった。
いまの【英雄】はアータートン伯爵であり、元は平民出身で冒険者として生きていた男である。
「まぁ、左様ですか……」
中途半端な表情のまま、ダーナは侍女に視線を向けた。侍女が頷いて、書類を持ち出してくる。
「では、いまこの場で済ませてしまいましょう。……よろしいですね、お父様?」
問いかけたのは、卒業パーティーに貴賓として国王が参加しているからだった。その近くでアータートン伯爵が真っ青な顔をしているのが、いかにも憐れだった。
国王が頷いたのを確認すると、ダーナもにこやかに頷く。
「テレンス様もこのご婚約の意味をご理解されていると思っておりましたし、ですので多少のお遊びなど今まで気にもしておりませんでしたが、わたくしの考えが甘かったようです。勉強になりましたわ」
言いながらダーナは書類を確認して、内容に問題なかったのか何度か小さく頷いてからテレンスに差し出した。
「どうぞ、婚約白紙の手続き書類となります。本来であればテレンス様のアータートン伯爵家の有責となるべきところですが、この国の大いなる盾である【英雄】様を追い詰めるわけには参りませんものね」
「ふん、判ってるじゃないか」
平民から一代で積み上げたアータートン伯爵の功績がさも自分のものであるかのようにふんぞり返って、テレンスは書類にサインをした。
内容に間違いないかを再度確認して、ダーナは振り返る。
「モートン様、お出で頂けますでしょうか」
ダーナが呼びかけた名前に、テレンスが怪訝な顔をした。
モートンはテレンスの同い年の従弟で、アータートン伯爵の双子の弟の息子だった。アータートン伯爵と同じく平民出身だが、今はアータートン伯爵が貴族になったために六親等以内の血族であるモートンも貴族縁戚として王立学園に通っている。
詰まりテレンスにとってモートンは、テレンスの父がアータートン伯爵であるために貴族の立場のお零れを貰っている相手に過ぎなかった。
そんな、テレンスにとっては取るに足らない相手の名前が仮にも王女であるダーナの口から出たことに、テレンスはにわかに嫌な予感を覚えた。そして、その予感は的中することになる。
モートンはすぐに、人びとの合間を縫うようにして転がり出た。慌てて頭を下げようとするモートンをにこやかに制して、ダーナが言った。
「では万が一の想定通りに、いまこの瞬間からモートン様がわたくしの婚約者となります。万が一などないほうが良かったのですが、こればかりは致し方ありませんわね。モートン様はアータートン伯爵の養子及び跡取りになりまして、わたくしとの婚姻をもちましてアータートン伯爵家はアータートン侯爵家となります」
「は……?」
愕然として、テレンスは自分の耳を疑った。
冗談だろうと父に視線を向ければ、父は苦い顔をしながらも驚く様子はなかった。その近くにいる国王は当たり前のことを聞いたように泰然としている。
「待て、なんだそれは、聞いてないぞ!」
慌てて口を挟めば、ダーナがきょとりと瞬いた。
「わたくしとテレンス様が婚約したのはお互いが十四歳の頃でしたから、お話が理解できなかったということはないと思うのですけれど……」
うーん、と首を傾げて、困った子どもを相手にするようにダーナは笑った。
「そもそも【英雄】様のご家系とはいえ平民出身のアータートン伯爵が伯爵位を渡されたのは、将来的に王家と血縁を結ぶことが前提にあったからです。この国で【英雄】が生まれるのはおよそ四十年ぶりであり、それほど我が国の【英雄】を選ぶ宝剣は気難しいのです。その気まぐれで気難しい宝剣と、アータートン伯爵の血統は今までに類を見ないほどとても相性が良い。もしも宝剣を血統で受け継ぐことができるようになれば、今までのように【英雄】が現れない間の国の守りが弱くなるようなことも減るでしょう。もちろん、【英雄】だけに権力や負荷が集中しないようにバランスを保つ必要はありますが、そこは政治の役割かと存じます」
だから、と悪意なくにこやかに、ダーナは続けた。
「必要なのは現【英雄】様であられるアータートン伯爵のお血筋です。そしてそれは、実子であられるテレンス様でなくとも良いのです。もちろん最もアータートン伯爵と血縁の濃いテレンス様が次期侯爵であり王女の配偶者として適切なのであればそれに越したことはありませんでしたけれど、そうではないようですから。現にテレンス様のお従弟様であられるモートン様も、宝剣に高い適性を示しています。アータートン伯爵とモートン様のお父上は双子ですから、お血筋の強さとしてはテレンス様とそれほど変わりありませんものね。もちろんただ適性があるというだけでは、あの気まぐれな宝剣が【英雄】として選ぶとは限らないというのが難しいところではありますが」
「そ、そん……モートンは平民だぞ!」
「平民出身なのはテレンス様もモートン様も変わりありませんわ。モートン様は現状アータートン伯爵家の分家令息であり血族ですので、法律上間違いなく貴族でありアータートン伯爵家の継承権もお持ちです」
「俺は、俺はどうなるんだ!」
勢い込んで問いただすテレンスに、ダーナは口を閉じた。しらっとした視線は、いかにも興味なさげだ。
「本家出身であり跡継ぎではないご令息というお立場になりますので、職を得て独立されるか分家を興されるかどこかの貴族家に婿入りするかというところかと存じますが……」
思い出して、ダーナはテレンスの隣に視線を向けた。
「もしも本家当主であることに拘るのであれば、そちらにいらっしゃるのはケアード伯爵家のご令嬢でしたわね。そちらのご令嬢とご婚姻されるのであれば、ケアード伯爵家に婿入りして当主代理というお立場になることはできるかと存じます。……ケアード伯爵には第一子のご長男がおられますので、どなたがお継ぎになるかのお話し合いは必要になるかと存じますが」
そのとき、アータートン伯爵が声を上げた。
「よろしいですかな、ダーナ殿下。そちらの不調法者である我が愚息は、アータートン伯爵位の継承権を正式に剥奪したうえで辺境の魔物討伐に送ります。頭の出来も剣の腕前もモートンに劣りますが、それでもわたしの息子ですから剣を振るうことくらいはできるでしょう。そちらのご令嬢と婚約だの婚姻だのするのであれば、それは好きにすればよろしい」
「……よろしいのですか? あなた様の唯一のご令息かと存じますが」
「まかり間違って、国や殿下に危害を加えるよりもずっとマシです。魔物を狩るしか能のなかったただの平民が時の運でいきなり伯爵家などになって、きっと状況に溺れたのでしょう。貴族社会の外に放り出せば眼が覚めます」
そう言うアータートン伯爵を見て、ダーナはちょっと首を傾げた。それこそアータートン伯爵はずっと平民として生きてきて貴族になったのは六年ほど前なのに、驚くほど誠実でしっかりとした男だった。
その誠実さと有能さがテレンスに引き継がれなかったのは、本当に惜しいことだった。
父の言葉がまったく冗談ではないと気づいたのか、テレンスが崩れ落ちる。その隣に侍っていたケアード伯爵令嬢が、こそこそと逃げ出そうとしている。
「あなた、ケアード伯爵令嬢」
あくまで穏やかに、ダーナは声をかけた。
「王家と【英雄】の血筋であるアータートン伯爵家の婚約を阻害するとは何ごとですか。後ほど陛下から沙汰が下ることでしょう」
「も、申し訳ありません……」
震え上がるケアード伯爵令嬢の隣で、テレンスがダーナを睨みつけている。
「平民の娘ごときが、偉ぶりやがって……」
「わたくしの母が、平民出身でありながら第二魔法師団の副団長にまで上り詰めた女傑であるのはご存じですか?」
近くにいた侍女が、テレンスがおかしなことをするのではないかと身構えている。
にわかに張り詰めた場で、緊張など気づいてもいないように、ダーナは微笑んだ。
「わたくしには母から受け継いだ莫大な魔力と魔法のセンスがあります。つまり宝剣と相性の良いアータートン伯爵の血統に魔法に秀でたわたくしの血を混ぜることこそが、この婚約の最も大きな目的なのです」
これは珍しく判り易いテンプレざまぁ話なのでは?? この手のは久しぶりに書いた気がしますね
悪意のある読み方をすると『王家が平民出身の側妃を母に持つ王女を持て余して同じく平民出身の【英雄】の血統に押しつけた』みたいな読み方ができてしまうな、、と途中で気づきました。うっ、違います。そうじゃないんです。信じて
【追記20260206】
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