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第4話:森の深淵、知恵の刃

朝。 森の空気。それは、冷たさ。肌を刺すような。 鳥のさえずり。それは、目覚めの歌。しかし、修にとっては、異世界の奇妙な調べ。 焚き火の残り火。白く灰になった木片。それは、過ぎ去った夜の証。 身体。筋肉の軋み。昨日の疲労の残滓。 しかし、心は満たされていた。それは、小さな達成感の積み重ね。 「俺は、生き残った」 その確信。 ベッドではない。ただの地面。背中には小石の感触。 しかし、それは、彼にとっての、かけがえのない安息の地だった。 パン。残りは半分。 水筒。満たされた水。 枯れ草のベッド。粗雑な避難所。 全てが、彼自身の手で作り出したもの。 いじめられていた頃の彼なら、こんな場所で一夜を過ごすことなど、想像すらできなかっただろう。 夜の闇。獣の咆哮。それは、彼を襲う恐怖の象徴。 しかし、今は違う。 恐怖は、知恵の源。警戒心。 彼の瞳には、もう迷いはない。ただ、前に進む、強い意志の光。


ゆっくりと立ち上がる。 森の深淵。木々のシルエット。 未だ見ぬ世界が、彼を待っている。 そして、その先には、地球へ帰るための道が隠されているはず。 「まずは、食料の確保……」 その声。彼の口から漏れる、生存のための宣言。 そして、水の補給。 安全な拠点の確保。 それら全てが、彼の「0から1を生み出す」戦略の第一歩。


森を歩く。 足音。落ち葉を踏む、乾いた音。 視線。周囲の全てを捉える。 木々の種類。植物の葉の形。 土の質。岩石の種類。 修の脳内。高速で回転する、情報処理の嵐。 ゲームの知識。素材のアイコン。 「この葉っぱ、もしかして薬草?」 「この木の実、毒はないか?」 それは、彼にとっての、巨大な「謎解き」だった。 スマホ。ネット検索。文明の利器。 それらは、この世界では無用の長物。 頼れるのは、己の五感と、推測。そして、わずかな記憶。 小学校の理科。野草図鑑。 「この実、確か……食べられたはず」 小さな木の実。口に含む。 甘酸っぱい味。それは、生命の味。 喜び。わずかな、しかし確かな収穫。


インベントリ。 彼は、歩きながら、能力の実験を続ける。 手のひらから、石ころを、様々な速度で取り出す。 パチン!と弾けるように。 フワリ、と舞い落ちるように。 その全ての速度が、彼の意のまま。 まるで、時間軸を操るかのような、超常の力。 向き。 前へ。後ろへ。左右へ。上下へ。 彼の掌から、石ころは、まるで精密機械のように、正確な軌道を描いて飛んでいく。 それは、彼の意思の具現化。 コントロール。 いじめられていた頃の彼は、自分の身体すらコントロールできなかった。 声は震え、足は縺れ、思考は停止した。 しかし、今は違う。 彼の意志は、この能力を通して、物質を操る。


試しに、枯れ枝を一本取り出す。 それを、掌から、まるで槍のように、勢いよく木に向かって放つ。 ビューン! 空気の裂ける音。 ボフッ! 枝は、木に突き刺さった。深く。 「すげぇ……!」 その威力。まるで、弓矢。いや、それ以上。 普通の木の枝だ。しかし、彼のインベントリから放たれる時、それは凶器へと変貌する。 これは、ただの投擲ではない。 「高速射出……」 修の脳内に、新たな概念が構築される。 無限の弾丸。無限の槍。 それは、遠距離攻撃の可能性。 さらに、彼は試した。 掌から、同時に複数の石ころを、扇状に広がるように、一斉に放つ。 パララララ! それは、まるで散弾。 ゴブリンとの戦闘。あの時、ただ無我夢中で石を投げた。 しかし、今は違う。 これは、意図的な、戦術。 彼の脳内では、ゲームのスキルツリーが、次々と拡張されていく。 「石礫いしつぶて連射」 「砂塵さじんの目くらまし」 「枝槍えだやり突撃」


彼は、周囲の環境を利用することにも長けていた。 小石の多い場所。石ころを大量に集める。 乾いた場所。枯れ葉や小枝を集める。 湿った場所。泥。粘土。 それら全てが、彼のインベントリへと吸い込まれていく。 無限の素材。 無限の可能性。 「この泥で、土壁とか作れるかな……?」 ゲームの建築要素。クラフト。 彼が想像する全てが、この能力で現実になるかもしれない。 その思考の先に、無限の興奮。


昼下がり。 森の奥。木漏れ日。 修は、小川のほとりで、休憩を取っていた。 パンをかじる。水の冷たさ。 生きている。その実感を、身体全体で味わう。 その時。 背後から。 ガサガサ……。 草木が揺れる音。 それは、風ではない。 足音。重い。 修の身体。一瞬で硬直。 いじめられていた頃の、あの悪夢。 しかし、すぐに思考が起動する。 振り返る。 そこにいたのは、ゴブリンではない。 獣。 体長二メートルほどの、巨大な狼。 毛並み。黒い。 目。赤く光る。 牙。鋭く、長く。 それは、飢えた肉食獣の目。 「ガルルルル……!」 唸り声。低い、腹に響く威嚇。 森林狼。 アースガルド大陸の危険な魔物の一つ。 ゴブリンとは違う。 知性はない。しかし、純粋な凶暴性。 そして、その身体能力。 修の全身。警戒のサイン。 冷たい汗。背中を伝う。 心臓の鼓動。ドクン、ドクン。異常な速さ。 逃げる。 彼の脳裏に浮かんだ最初の選択肢。 しかし、修の身体は、動かなかった。 恐怖ではない。 むしろ、研ぎ澄まされた集中力。 ゲームのボス戦。 任侠映画のタイマン勝負。 アニメの強敵。 それは、彼を打ち破るための存在ではない。 攻略すべき「課題」。


狼が、低い姿勢で、修にゆっくりと近づいてくる。 一歩。また一歩。 修は、冷静に周囲を見渡す。 小川。流れる水。 岩場。ごろごろとした石。 木々。鬱蒼と茂る。 インベントリ。 「何を使う……?」 彼の脳内では、無限のシミュレーションが始まった。 石ころ連射。効くか? 枝槍突撃。牙には通用しないだろう。 相手は、スピード。そして、膂力。 正面からぶつかっては、勝ち目はない。 我流格闘術。剣術。 素早い動き。カウンター。 しかし、狼の速度は、修のそれを遥かに凌駕する。


狼が、地面を蹴った。 一瞬で、修との距離を詰める。 その速度。まるで、黒い弾丸。 修の目には、狼の真っ赤な瞳。そして、剥き出しの牙。 死。 その概念が、修の脳裏をよぎる。 しかし、彼は、もう諦めない。 「はっ!」 修は、とっさにインベントリから、大量の土を、狼の顔めがけて高速で放つ。 ドバッ! 土が、狼の顔に直撃。 「グアッ!?」 狼の動きが、一瞬だけ止まる。 視界を奪われたか。 その隙。 修は、全速力で小川に飛び込んだ。 冷たい水。それは、彼の身体を痺れさせる。 狼が、土を払う。 そして、修を追って小川に飛び込もうとする。 しかし、狼は水に慣れていない。 動きが鈍る。 「これだ……!」 修は、小川の底にある石を拾い上げる。 水中で、インベントリを開く。 ――収納可能。 水中の石。流木。 全てが、インベントリに吸い込まれていく。 彼は、水中に身を隠しながら、インベントリから、大量の小石を、川底に向けて、勢いよく放った。 パパパパパッ! 川底の泥が、巻き上げられる。 それは、まるで、水中での煙幕。 狼の視界は、さらに遮られる。 狼が、混乱したように、水中で暴れる。 その隙に、修は、川岸に駆け上がった。 素早く、インベントリから、乾いた小枝を数本取り出す。 そして、石器で先端を鋭く削る。 素早い作業。集中力の賜物。


狼が、水から顔を出す。 目を血走らせ、修を探す。 「ガルルルルル!」 唸り声。怒り。 修は、息を潜め、狼の動きを観察する。 狼が、川岸に上がろうとする。 その瞬間。 修は、インベントリから、小石を、狼の足元に向けて、連続で放つ。 パチパチパチ! まるで、無数の矢。 狼の足元が、崩れる。 さらに、修は、インベントリから、大量の土を、狼の目めがけて放つ。 ドバッ! 狼は、再び視界を奪われる。


その隙に、修は、木の上に飛び乗った。 我流格闘術で培った、身体能力の限界を超えた動き。 枝を掴み、一気に上へ。 狼が、木を見上げる。 しかし、狼は木登りが得意ではない。 「ここなら……!」 修は、木の上から、インベントリから、硬い木の実を、連続で狼の頭めがけて放つ。 ゴン!ゴン!ゴン! それは、まるで、空からのひょう。 狼は、頭を抱え、苦しそうに唸る。 さらに、修は、インベントリから、太い枝を一本、取り出す。 それを、自分の身体の重みを乗せて、狼の頭めがけて、上から叩きつけるように放つ。 ドン! 鈍い音。 狼は、大きくよろめき、その場に倒れ込んだ。 動きが止まる。 「やった……のか?」 修は、息を呑む。 狼は、ピクリとも動かない。 死。 確かな死。


修は、ゆっくりと木から降りた。 森林狼。強敵。 それを、彼は、自分の能力と知恵だけで打ち破った。 「俺は……できる」 その確信。 彼は、狼の死体を前に、静かに佇む。 そして、その脳裏に、新たな考えが浮かんだ。 「食料……毛皮……」 獲物。 この世界で生き抜くための、新たな資源。 彼は、インベントリから、自作の石器を取り出した。 ぎこちない手つきで、狼の毛皮を剥ぎ取る。 肉を切り分ける。 それは、原始の行為。しかし、彼にとっては、生存のための神聖な儀式。 全てをインベントリに収納する。 毛皮。肉。骨。 無駄なく。余すことなく。


日が傾き始める。 森の奥。 修は、再び焚き火を起こした。 炎の揺らめき。 焼いた肉。 匂い。香ばしい。 口に含む。 味。野生の味。 それは、彼がこの世界で手に入れた、最初の「獲物」。 そして、彼の力で勝ち取った、生存の証。


夜空を見上げる。 満天の星。 いじめられていた頃の彼は、いつも下を向いていた。 しかし、今は違う。 彼の視線は、未来を見据えている。 「この世界で、もっと強くなる」 そのためには、知識が必要。 この世界の地理。文化。魔法。魔物。 情報。 修は、この森を抜けた先に、何があるのかを考えた。 城下町。そこは、もう戻れない場所。 しかし、この森の先に、別の町があるかもしれない。 あるいは、別の文明。 冒険者ギルド。 そこで、情報が得られるかもしれない。 しかし、今の彼には、ギルドに入る資格も、力も、そして何より信用もない。 無能と蔑まれ、追放された身。 彼は、自分の力だけで、この世界を切り拓いていかなければならない。


森の奥。 修は、新たな目標を定めた。 この広大な森を踏破する。 そして、この世界の真実を知る。 地球へ帰るために。 そのために、彼は、この森で、さらなる力を蓄える。 能力の進化。 新たな技術の開拓。 それは、彼の「0から1を生み出す」戦略の、無限の追求。 夜は、まだ長い。 しかし、彼の心には、もう闇はない。 そこには、ただ、燃え盛るような、希望の炎が灯っていた。 明日の太陽。それは、彼の新たな挑戦を照らす光。 佐久間 修の、異世界での冒険は、始まったばかりだ。 それは、孤独な旅路。しかし、彼の心には、確かな自信と、地球への強い思いが宿っていた。


(第4話終わり)

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