第30話:『異界の門』――歪みを超え、新たな舞台へ
夜が明けた。 森の奥。次元甲殻獣との激闘の跡が、まだ生々しく残っている。 修は、勝利の余韻に浸りながら、疲労した身体を休めていた。 発光する石が、微かな光を放ち、周囲の空間の歪みを照らしている。その歪みこそが、彼の未来への扉。
彼は、ゆっくりと瞼を開いた。 彼の心は、かつてないほどの高揚感と、確信に満ちている。 「状態を『奪う』」能力。それは、この異世界で彼が生き抜くための、そしてひなを見つけるための、最強の武器。 そして、この目の前にある「空間の歪み」。 それは、次元甲殻獣が現れた場所であり、ひながこの世界に転移してきた可能性を示唆する、決定的な手がかり。
彼は、身支度を整えた。 漆黒のスーツ。昨日の戦闘でできた亀裂は、彼の能力で修復済みだ。まるで新品のような輝きを取り戻している。 顔を洗い、髪を整える。 水面に映る自分。その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。
修は、空間の歪みへと注意深く近づいた。 彼の五感が、警戒を告げる。 歪みからは、微かに、故郷の匂いがするような気がした。 それは、地球の匂い。 そして、ひなの匂い。 彼の胸が、激しく高鳴る。 (ここが……ひなへと繋がる道……いや、もしかしたら、地球へ帰る道かもしれねえ) 彼は、スーッと息を吸い込み、微かに胸を張る。背筋を伸ばし、顔つきを精悍にする。 「来るところまで来たな……」 低い声で呟く。声が震えないよう、心持ち力を込める。 (いよいよ大一番ってやつか。任侠映画なら、ここで親分が決め台詞を吐くんだが……) 彼は、心の中で、憧れの役者と自分を比較する。 「ここに、俺の求めるモンがあるんなら……容赦はしねえ。全部、洗いざらい吐き出させてもらうぜ」 さらに、低い声で、ドスの効いたセリフを続ける。まるで、自分に言い聞かせるかのように。 彼の口元が、ニヤリと歪む。それは、任侠映画の主人公がよく見せる、不敵な笑み。完璧にできているかは、彼自身にも分からない。 彼の瞳の奥に、冷たい光が宿る。それは、ひなへの誓いから来る、真の覚悟の光。 「ひなのためだ。邪魔する奴は、全員ぶっ潰す。それが俺の筋目だ」 その言葉には、一切の迷いがない。覚悟。それは、ロールプレイを超えた、彼の本心。 彼は、深呼吸をした。 ひな。 彼の心に、妹の笑顔が浮かぶ。 「待ってろ、ひな……」 彼は、歪んだ空間に、躊躇なく足を踏み出した。
空間が、彼の身体を飲み込む。 グニャリ。 視界が歪む。色が混ざり合い、形が崩れる。 耳鳴り。 全身を、巨大な力が押し潰すかのような感覚。 それは、まるで、深海の底へと引きずり込まれるような、抗いようのない圧力。 修は、必死に意識を保とうとする。 彼の能力が、本能的に空間の歪みに抵抗しようとする。 しかし、その歪みは、彼の能力を凌駕するほど強力だった。 (くそっ……!まだ、足りないのか……!?) 彼の意識が、再び遠のいていく。 その時、彼のインベントリの中に保存されている、あの白い花が、かすかに輝いた。 温かい光が、彼の身体を包み込む。 その光は、彼の意識を繋ぎ止め、彼の能力を覚醒させるかのよう。 「……ひな……」 彼は、微かに妹の名前を呟いた。 その瞬間、彼の能力が、新たな段階へと進化する。 彼のインベントリの中に、空間の歪みから『不安定さ』という「状態」が、急速に吸い込まれていく。 ギュイイイイイインッ! 彼の頭の中で、これまでにないほど大きな音が響いた。 空間の歪みが、急激に安定していく。
視界が、ゆっくりと元に戻る。 彼の身体を押し潰していた圧力が、解放される。 彼は、新たな場所に立っていた。 そこは、森でもなければ、古城でもない。 周囲は、灰色一色の世界。 空は、重く、鉛色。 地面は、ひび割れた岩盤で覆われている。 木々は、枯れ果て、まるで骨のように枝を伸ばしている。 そして、空気。 冷たく、重い。 魔力の濃度が、これまでいた世界とは比較にならないほど高い。 しかし、その魔力は、どこか淀んでいて、不気味な気配を放っている。 「ここは……」 修は、ゆっくりと周囲を見回した。 彼の目の前に広がるのは、荒廃した世界。 その世界の中心。 遙か遠くに、巨大な構造物が見える。 それは、黒い塔。 いくつもの巨大な鎖が、その塔から伸び、地面へと繋がっている。 まるで、この荒廃した世界そのものを、繋ぎ止めているかのよう。 そして、その塔の周囲。 無数の影が、蠢いている。 それは、この世界に生きる者たち。 彼らの姿は、この異世界で見た、どの魔物とも異なる。 全身が黒い靄に覆われ、不定形。 瞳だけが、赤く、鈍い光を放っている。 「グルルルル……」 奇妙な唸り声。それは、地面を這う、不気味な獣の声。 影たちは、修の存在に気づいたのか、ゆっくりと、しかし確実に、彼めがけて迫ってくる。 修は、漆黒のスーツを身につけ、オークボーンアックスを構えた。 彼の瞳。ギラリと輝く。 「なるほどな……」 彼の口元が、わずかに吊り上がる。 「ここが、お前の根城ってわけか。だったら、話は早い。テメェら、全員まとめて……」 彼は、周囲を蠢く影たちを、まっすぐに睨みつけた。 さあ、勝負だ。
(第30話終わり)




