第10話:『森の意志』、彼の手の内に
朝。 深い森の奥。 夜の闇が、ゆっくりと剥がれていく。それは、世界が息を吹き返す瞬間。生命の胎動。 木々の隙間から、わずかに差し込む光の筋。それは、希望の細い糸。闇を切り裂く、一筋の剣。 修は、巨大な樹木の根元に築いた、彼の秘密基地で目を覚ました。 焼けた土壁。簡易的な屋根。それは、彼の意志が形作った、小さな城塞。 全てが、彼の「視認範囲内の出し入れ」能力で作り上げたもの。 資材の運搬は不要。ただ、望む場所に、望む物を「出現」させる。それは、彼の指先から生まれる、創造の業。 それは、まるで、彼の意志が、森の建築家となったかのよう。彼自身が、世界の設計図を描く。
身体。筋肉の軋み。昨夜の激闘の残滓。それは、戦いの証。 しかし、彼の心は、高揚に満ちていた。それは、新たな発見への期待。知識への渇望。 毒スライム。あの巨体。それは、昨日の試練。 それを打ち破ったのは、彼の「無限のインベントリ」。彼の魂の剣。 そして、その能力の新たな発見。 「状態維持(物性強化)」。それは、物質の本質を操る力。 「射出」。それは、空間を貫く、彼の意思の弾丸。 そして、「視認できる範囲での出し入れ」。それは、彼が世界を掌握する、新たな手。 これら全てが、彼の武器。彼は、もはや、一兵卒ではない。彼は、軍を率いる将軍。 彼は、もう、かつての非力な高校生ではない。 彼は、この異世界で、空間と物質を操る、最強の戦略家。文明の開拓者。
焚き火の準備。それは、彼の朝の儀式。生命維持のための聖なる行い。 彼は、立ち上がることなく、視線だけで周囲の枯れ枝をインベントリに収納し、そして、焚き火の場所へ直接出現させる。それは、無駄のない、流れるような動き。 石英を擦り合わせる音。チッ、パチ。 瞬時に燃え上がる炎。それは、彼の生命の灯火。闇を払う光。 焼いた狼の肉。彼は、それをゆっくりと味わう。 それは、彼自身が狩り、彼自身が調理し、彼自身が勝ち取った、命の糧。その一口が、彼の身体に、確かな活力を与える。 「今日は……」 彼は、心の中で呟いた。 さらなる探求。それは、彼の魂の叫び。 この能力の、未知の領域。それは、彼に課せられた、究極の謎。 そして、この森の、未知の深淵。それは、彼を待つ、新たな試練。
彼は、拠点を出発した。 森の空気。昨日よりも、さらに深く、湿った匂い。それは、原始の香り。 足元。苔むした地面。彼の足跡が、新たな道を刻む。 木々。幹は、ねじれ、絡み合っている。まるで、生き物のような様相。生命の森。 日光はほとんど届かない。常に薄暗い。それは、永遠の黄昏。時間の流れすら曖昧にする。 修は、周囲を警戒しながら、ゆっくりと進む。 彼の五感。研ぎ澄まされている。空気の微かな震え。獣の気配。 遠くから聞こえる、奇妙な鳴き声。それは、彼がまだ聞いたことのない、魔物の声。未知への誘い。 緊張。しかし、恐怖はない。 それは、挑戦者としての、高揚感。彼の魂の歌。
彼は、歩きながら、能力の実験を続けた。 視認範囲での「収納」と「出現」。それは、彼の意志が空間に刻む魔法陣。 彼は、離れた場所にある岩を、視認範囲のギリギリで収納しようと試みる。 岩。消える。まるで、幻のように。 そして、取り出す。 完璧な成功。それは、彼の能力の限界への挑戦。 それは、彼の視界が、能力の限界。彼の目が、能力のレンズ。 次に、彼は、複数のものを同時に収納することに挑戦した。 三つの石ころ。離れた場所に散らばる。まるで、星屑のように。 それら全てを、同時に視認。彼の瞳が、全ての情報を捉える。 「収納……!」 念じる。それは、宇宙への命令。 三つの石ころは、まるで幻のように、一斉に消えた。それは、一瞬の消失。 そして、彼のインベントリの中へ。彼の内なる宇宙へ。 「できる……!」 修の心に、熱い喜び。それは、新たな発見の歓喜。 これは、戦闘において、計り知れない advantage となる。 複数の敵。同時に武器を無力化。それは、敵の戦力を根こそぎ奪う。 あるいは、複数の武器を同時に射出。それは、雨霰のような攻撃。 それは、彼の戦略の幅を、さらに広げる。彼の戦術の画布。
彼は、森の中で、新たな素材を探していた。 スライムとの戦いで、彼の槍は消耗した。 より強固な武器。より強靭な防具。 そして、拠点となる場所。 彼の視線は、地面の奥深くへと向かう。 鉱物。それは、文明の礎。 しかし、この森の地面は、ただの土と岩。 彼の知る、金属鉱石のようなものは見当たらない。 「もし、土を『圧縮』して、石のようにできるなら……」 彼の脳内で、新たなアイデアが閃く。 インベントリは、物の「状態」を維持する。 ならば、土を「圧縮」した状態を、インベントリが維持できるとしたら? 彼は、地面の土を、掌に集める。 それを、力強く、握りしめる。 土が、わずかに固まる。 それを、インベントリに収納する。 そして、取り出す。 土は、握りしめた時の形を保っている。 しかし、硬度は、変わらない。 「うーん……」 彼は、さらに深く思考を巡らせた。 加熱することで、硬度が上がった。 ならば、加熱しながら「圧縮」した状態を維持できるとしたら? それは、彼にとって、新たな実験の対象だった。
森の奥。 奇妙な樹木が立ち並ぶ場所。 幹が黒曜石のように黒く、輝く苔が生えている、あの場所。 彼は、そこへと戻ってきた。 魔力の濃度。それは、肌で感じるほどの、濃密な空気。 「きっと、この場所には、何かある」 彼の直感が、そう告げていた。 彼は、根元にある窪地へと入る。 そして、焚き火を起こした。 その炎。 彼は、インベントリから、大量の土を取り出した。 それを、薄く伸ばし、板状にする。 そして、その板状の土を、焚き火の炎で炙る。 土が、熱を帯び、わずかに色が変わる。 そして、修は、熱を帯びた土を、インベントリに収納した。 数秒後。 取り出す。 その土の板は、まるで、焼き物のように硬化していた。 叩いてみる。コン、コン。 重く、確かな音。 「すごい……陶器だ!」 修の心に、熱い喜び。 彼は、この方法で、土を「焼成」できることを発見したのだ。 それは、彼の「0から1を生み出す」戦略の、新たな扉。 これで、水を入れる器。食料を保存する容器。 そして、防具。 彼は、焼いた土の板で、簡易的な鎧をイメージする。 身体を覆う、薄いプレート。 それを、蔦でつなぎ合わせる。 カチャ、カチャ。 彼の動きに合わせて、土のプレートが音を立てる。 重い。しかし、確かな防御力。 「これで、魔物の爪や牙も……」 彼の心に、さらなる自信。 彼は、原始の文明を、この異世界で、一人で築き始めているかのようだった。
夜。 巨大な樹木の根元。 修は、新たな防具を身につけ、焚き火の傍らで、空を見上げていた。 満天の星。それは、遠い故郷の星を思い起こさせる。 彼は、焼いた土の板で、新たな実験を試みた。 この焼いた土の板を、さらに高温で焼成できるとしたら? 彼は、インベントリから、さらに多くの枯れ枝を取り出す。 そして、焚き火に全てをくべる。 炎が、勢いを増す。ゴウゴウと燃え盛る炎。 そこに、焼いた土の板をかざす。 土の板は、赤く、オレンジ色に輝き始める。 そして、インベントリに収納する。 取り出す。 叩いてみる。キン、キン。 それは、金属のような、硬質な音。 「まさか……鉄のように硬い……!?」 修の目。見開かれる。 これは、ただの陶器ではない。 「超硬質土器」 彼の脳内に、新たな概念が生まれる。 土。それは、この世界に無限に存在する素材。 それを、彼の能力と、炎の力で、金属に匹敵する強度へと変える。 それは、錬金術師の夢。 「これで……剣も作れる!」 彼の心臓が、激しく脈打つ。 彼の視線は、もはや単なる石や木ではない。 目の前の全てが、彼の手にかかれば、最強の武器となる。 それは、彼の能力の、さらなる深淵。 「無限のインベントリ」。それは、彼自身の「意志」を物質に宿らせる力。 「状態維持」とは、単に温度や形を維持するだけではない。 物質が、本来持ちうる「可能性」を、彼の意志が引き出し、固定する。 まるで、物質にプログラムを書き込むかのよう。 彼の指先。それは、この世界の法則を書き換える、鍵。 それは、彼の魂に宿る、真のチート能力。 「俺は……この世界で、何にでもなれる……!」 彼の心に、揺るぎない確信。 無能と蔑まれ、追放された過去。 それは、もはや彼を縛る鎖ではない。 それは、彼を奮い立たせる、強い原動力。 地球へ帰る。 そのためには、この世界の全てを、彼の力に変える。
夜が更ける。 洞窟の奥。 修は、満天の星空を見上げていた。 彼の瞳には、希望の光。 そして、彼の脳内では、新たな戦略が、無限に構築されていた。 超硬質土器の剣。 超硬質土器の鎧。 それは、彼の、この世界での「装備」の革命。 そして、彼の「視認範囲での出し入れ」能力と組み合わせることで。 空中での武器の出現。 敵の背後への奇襲。 地形の瞬時変化。 彼の戦場は、もはや平面ではない。空間全体。 彼は、この森で、新たな伝説を築き始めている。 それは、彼の「0から1を生み出す」物語。 そして、いつか、故郷の地球へ帰るための、遠大な旅路。 彼の旅は、始まったばかりだ。 明日の太陽。それは、彼の新たな挑戦を照らす光。 佐久間 修は、今、この異世界で、その真の力を解き放ち始めていた。 それは、彼の魂が、宇宙へと放つ、無限の輝き。
(第10話終わり)




