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6. 照り焼きチキン

「イエディ様」

「マクレイ? どうしましたか、こんなところまで」

「それはこちらの台詞です。あまり周りを困らせないでください」


 マクレイ、と呼ばれた男は目元で鈍く光る銀のフレームをくいと持ち上げた。黒髪を撫でつけセットした頭部が、シルバーの眼鏡と合わせて真面目な印象を抱かせる男だ。きっちりとした貴族らしい服が似合っている。マクレイは小脇に書類の束を抱えたまま真っ直ぐに立ち、冷ややかな笑みをイエディに向けている。

 

「えー」

「えー、じゃありません。お戻りになってください」


 マクレイの言葉にイエディは「はいはい」と諦めたように手を振り、ハルカを振り返った。

 

「仕方ないですね。ハルカ。夕食、楽しみにしていますよ」

「はあ……」


 イエディは綺麗なウインクを残して厨房を出て行った。その姿を見送ると、ようやく厨房内の緊張感が解れ一気に溜息が満ちる。おそらく、イエディはこの王宮の者たちから嫌われてはいないのであろうが、それでも王族は王族である。存在しているだけで、空気はぴんと張り詰める。何かを咎められることはないとしても、一挙手一投足を監視されている気分になるのだ。

 あちこちでいつもの動きが戻ってきたのをハルカが感じていたとき、目の前でマクレイが一礼した。


「あ、えっと」

「ハルカ様。陛下から聞き及んでおります。私は王族付きの秘書をしております、マクレイ・サンツと申します」

「ハルカ・イイダです」

「イエディ様がご迷惑をおかけしました」

「いえ、大丈夫です」

「何かあればお申しつけください。……では」


 マクレイは必要最低限の会話だけを交わし、カツカツと小気味よく靴音を鳴らしながら立ち去って行った。


(……よく思われてはなさそうだな)


 当然だろう、とハルカは納得する。目に見えて嫌われていたり、嫌味を言われなかっただけで御の字である。王族付きの秘書であればそれなりの身分の貴族であろうし、国の害になる人物か否かを見極めるのも仕事だ。

 マクレイから感じた視線は、そういったものだった。王族たちや、ジャックから感じた友好的な眼差しとは違う。人を見定めるような、一定の距離を測るような、探るような視線だった。丁寧な言葉遣いの中にも、友好を示すものはなかった。


(そのうち仲良くなれるかなあ)


 誰とでも仲良くしたい、だなんて博愛主義はないが、この王宮で世話になるならある程度は親しくなれた方が生きやすい。


(ま、いいか)


 ハルカは考えることを放棄した。別に、マクレイと仲良しこよしがしたいわけではない。ある程度信頼などがあった方がいいだろうが、それは友情以外でも積めるだろう。害がないということを示すことができ、少しは何らかの利になると思ってもらえれば、排除されることはない。そしてそういうものは、考えてどうにかなるものではないのだ。

 ハルカは切り替えるように腰に手を当てて、小さく「うん」と呟いた。


「ジャックさん、次はスープを作ります」

「おう」

「スープの材料は、じゃがいもですね」


 昼も芋のポタージュだった。スープに関してもあまりバリエーションがないのかもしれない。


「とうもろこしはありますか?」

「あるぞ」

「では、それも一緒にスープにしましょう」


 じゃがいもは丁寧にすりおろし、網目の細かいザルで簡単に裏ごしもする。こうすることで舌ざわりが良くなるはずだ。この下拵え方法ももちろんこの国では一般的ではないらしく、ジャックはハルカの手元を熱心に観察しながら次々と質問をしてくる。


「適当に潰すだけではダメなんだな」

「ダメということはないですよ、それはそれかと」

「このとうもろこしはどうするんだ?」

「本当はミキサーにかけたいんですが……」

「ミキサー?」

「こう、刃が回って、食材を細かくして滑らかにできるものなんですが……」


 この世界にはミキサーはないらしい。ハルカが身振り手振りでそう説明すると、ジャックはふむと顎を撫でてから「フィル!」と一人の男を呼んだ。


「はいはい、なんですか~? 料理長」


 来たのは、青みがかったグレーの髪を一つに束ねた、細身の男だった。大柄なジャックよりも上背がある。どこかチャラい雰囲気を纏っていて、一見すると料理人ぽくはない。

 

「お前、風魔法得意だろ。こういうふうにできるか」


 ジャックはハルカから聞いたことをフィルと呼んだ青年に伝えると、フィルは「やってみまぁす」と軽い返事を返した。深めのボウルの中にとうもろこしの粒を入れる。その上にフィルが手をかざすと、中でコーンたちが回り始めた。


「え~っと」


 フィルは何かを呟きながら、くいと手のひらを返した。すると、次第にコーンたちがばらばらと細かくなっていく。


「料理長、こんな感じですか?」

「ハルカ、どうだ」

「えっと、もっと滑らかになるようにできますか? ペーストにしたいです」

「なるほど~。じゃ、こうかな?」


 フィルがぐっと拳を握るとコーンの形が崩れる。黄色の粒々が次第にまとまり、ペースト状になったところでフッと風が止んだ。


「わ、すごい」

「お前、手先は異様に器用だもんなあ」

「えへへ、褒めないでください」

 

 ジャックが微妙な褒め方をしたのを、フィルは気にしない。へらへらと笑うフィルにジャックは「調子いいやつめ」と軽口を叩いた。

 こう見えて副料理長なんだ。ジャックはフィルをハルカに紹介する。

 

「フィルで~す。よろしくね、ハルカ」

 

 フィルから差し出された骨ばったひんやりとした手を握り返すと、フィルは嬉しそうに笑った。

 手先が器用なフィルは、主に盛り付けなどを担当する料理人である。大柄でパワー型なジャックと、細身で繊細な作業向きのフィル。バランスのとれたこのペアが、王宮の厨房を取り仕切っている。

 魔法が一般的なこの世界では、ある程度の魔力がある人間であれば魔法が使える。それぞれに得意な魔法の分野が一つあり、フィルは風魔法が得意だが、ジャックは火魔法が得意だ。ここでも正反対ではあるが、料理においては得手不得手を補完しあっていて良い組み合わせらしい。

 そんなフィルのおかげで、とうもろこしのペーストができあがった。


「では、フィルさんに作ってもらったこのとうもろこしペーストと、裏ごししたじゃがいもを鍋にかけて……。牛乳で良い具合の固さになるように伸ばして、塩胡椒で味を調えたら……」


 本当は、コンソメなんかも入れたいところだが。ジャックに尋ねたところ、そういったものはないようだったので今回は諦める。あった方が美味しいには違いないが、これはこれで滋味深い味になるだろう。いつか時間があるときに、ブイヨンを作っておこうとハルカは決める。

 できあがったスープをスプーンで掬い、ぺろりと舐めたハルカは「よし!」と頷いた。


「とうもろこしとじゃがいものポタージュスープです。ポタージュというのは、こういうどろっとしたスープのことです」

「「おお~」」

「あとはメインの肉ですね」


 ハルカが蓋をした鍋は、フィルの手によってすぐに開けられる。ふわりと香るスープの良い匂いに、フィルは恍惚とした表情を見せた。スプーンを差し込むと、とろりとしたクリーム色が液面を揺らす。

 

「料理長~! これ、超美味しい!」

「あ! こら! 勝手に食うなよ!」

「味見は大事ですよ~ほら!」


 叱るジャックにもめげず、フィルはジャックの大きく開いた口にスプーンを突っ込んだ。ジャックの舌にスープが触れると、顔がぱあと綻ぶ。顔が、美味いと物語っていた。

 

「あはは」


 フィルとジャックがスープを前に騒いでいるのを横目にしながら、ハルカは次の作業について考えていた。

 

(昼は牛肉だったけど、夕食用に用意されているのは鶏肉っぽいな)


 幸いなことに、この世界の食材は元の世界のものとほとんど同じ見た目と味をしている。それに、呼び名も同じ。ハルカとしては、これほど過ごしやすいことはない。


「鶏肉か……。どうするかな」


 しっかりと焼き付けて塩胡椒を振るだけでも立派なご馳走にはなる。しかし、ここはもう一工夫したいところ。この国で、しかも王族に振る舞う初めての料理なのだから。それに、ただ焼いて食べるだけではハルカ自身も満足はできない。

 ハルカが調味料が並んだ棚をしげしげと眺めていると、ふと目につく黒い液体が入った瓶があった。手に取って、コルク栓を引き抜く。ぷわん、と広がるのは嗅ぎ慣れた香り。


「ん……? あ!」

「どうした、ハルカ? ああ、それ」

「これ、醤油だ」

「あー、そんな名前だったな。島国の商人が持ってくるんだが、風味が独特だろ? おれたちには使いこなせなかったんだ」

「これを使います」


(こんな異世界に来ても醤油を味わえるとは……)


 沸き立つ心を抑えつつ、ハルカは日本人であることを実感しながら、醤油の瓶と砂糖をキッチンの上に並べた。


「今日のメインは照り焼きチキンにします」

「テリヤキ?」

「甘辛い味で、俺の国では人気のメニューです」


 ジャックに説明しながら、ハルカは鶏肉を開き、余分な脂を取り除いて筋を切っていく。フォークで全体をブスブスと刺し、塩胡椒を両面に振れば準備は万端だ。

 油を垂らしたフライパンに、皮目を下にして鶏肉を置いて火をつける。


「フライパンでじっくりと焼いていきます。その間にタレを準備しましょう」


 醤油と砂糖を適当な割合で混ぜておく。ハルカの作る照り焼きはやや甘めだ。本当は料理酒や味醂が欲しいところだが、探した限りは見当たらなかった。酒と言えばワインが主流らしい。洋食であればそれで困らないのかもしれない。余裕ができたら、料理酒に使える酒を探してみようか。

 パチパチと脂が弾ける音と、香ばしい匂い。きつね色になった鶏肉をひっくり返して裏面にも焼き色が付けばあとは仕上げだ。


「このタレを絡めながら煮詰めて……」

「おお、すげぇイイ匂い! 見た目も、なんともそそられるな」


 甘じょっぱい砂糖醤油が焦げる匂いは、どの世界でも食欲をくすぐるものらしい。パリッと焼けた皮目もイイ感じだ。


「照り焼きチキンの完成です」

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