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37. 同じ材料で二種類の料理を作ります

 この世界でも出汁が取れるということが分かってから、今日という日をハルカは待ち望んでいた。

 

 日本人の本能のようなものなのだろう、和食に恋焦がれるのは。もちろん和食を好まない日本人だっているだろうが、ハルカはそうではない。出汁を利かした味噌汁が好きだし、醤油で甘辛く味付けた煮物が好きだ。

 この世界に召喚されて、料理をするようになり、ハルカは少しずつ確かめていた。この食文化の発展していない世界で、調味料はどんなものがあるのか。食材はどんなものがあるのか。このウィラウールの厨房で、どんな料理を作ることができるのか。

 塩味くらいしか味付け方法がなかったこの世界だが、幸いなことに醤油も味噌も存在していた。誰も使い方は分からないからとハルカが来るまで活用されることがなかったそれらは、間違いなく日本で使われている醤油と味噌と同じであった。

 食材も日本のものと大差がないということを、ハルカはこの世界に来てしばらくして確信していた。つまりは日本での料理と同じものが作ることができるということ。じゃがいもも、にんじんも、玉ねぎもあった。肉だって牛も豚もあった。こんにゃくは見たことがないが、なくても構わないだろう。

 コツコツと積み重ねてきたこれらによって、今日、ハルカは作ることを決めた。和食――肉じゃがを。


「ハルカ、やけに気合が入っているな」

「ジャックさん」


 王宮の厨房を取り仕切る料理長であるジャックが、ハルカに声をかけた。どうみても楽しそうなハルカの様子が気になったらしい。朝食の片付けが終わり、少しばかりのんびりとした時間が流れる厨房で、いそいそと早めの昼食の準備に取り組んでいたハルカは、食糧庫から運んできた野菜たちを並べながら答えた。


「新しい料理に挑戦しようと思いまして」

「おお! それは楽しみだな!」

「俺の元の世界の定番料理なんですけど……。この世界には無い味付けなので、皆さんのお口に合うかどうか」

「お前の作る料理はすべて俺たちにとっては新しいけどな」


 今さら何言っているんだ、と言わんばかりにジャックは豪快に笑った。この世界は食文化が発達しておらず、王宮にいる一流の料理人ですら薄く塩で味付けをする程度しか知らなかったのだから当然だ。ハルカが今まで作ってきた照り焼きも、サンドイッチも、生姜焼きも、すべてが新しい味である。


「そうなんですけど、今までのとはちょっと毛色が違うというか」

「ほう?」

「うーん、説明が難しいですね」


 和食、というものを説明しようと思うと「国ごとに味の方向性が違う料理がある」という前提知識が必要だ。そういった文化がないこの国の人間にどう説明すれば伝わるであろうか。簡単に説明しようと思っても難しい。


「手伝ってもいいか? 調理方法と、その味付けについても教えてくれ」

「はい、もちろん」


 じゃがいも、にんじん、玉ねぎを適当なサイズに切っていく。ジャックは料理長だけあって流石の包丁捌きだ。スルスルと綺麗に剥かれていく野菜たちの皮は、捨てずに取っておくことになったのが最近のこの厨房での暗黙の了解だ。ブイヨンを作るのに使うからである。肉の骨も同様だ。

 大量の野菜であるが、ジャックが素晴らしいスピードで捌いていってくれるのでハルカは肉の準備に取り掛かることにした。


「豚肉を使うのか?」


 トントントンと軽やかな音を鳴らしながら玉ねぎをくし切りにしていくジャックはちらりとハルカの手に持つ肉の塊に視線をやり、すぐに自分の手元に戻す。プロでも真っ直ぐに食材に向き合い丁寧に調理するのがジャックだ。


「はい。地域や家庭によっては牛を使うこともあります」

「へえ、面白いな」

「うちは豚でした。牛で作る方も美味しいんですけど、今日は豚の方が都合が良くって」

「都合?」


 不思議そうな声を上げるジャックに、ハルカは微笑んで「あとで説明しますね」とだけ返した。言葉で言うようりも見てもらったほうが早い。

 ハルカは豚のブロック肉を厚めと薄めの二種類の切り方で切り分ける。ジャックは質問をしたげにチラチラと見ているが、「あとで」というハルカの言葉に素直に口を閉じているようだ。

 野菜と肉の準備ができたら、ハルカは大鍋を二つ用意してコンロに置いた。


「今日は、同じ材料で二種類の料理を作ります」

「同じ材料で!?」

「はい。まずは肉を軽く炒めていきますね」


 そう言ってハルカはコンロの火を点けた。ボッと勢いよく火が灯る。すぐにジャックが側にやってきて、火加減の調整をしようと手を掲げた。ハルカは魔法が使えない、というのは周知の事実だった。

 ハルカはそんなジャックの手をそっと抑えた。ふるふると軽く頭を振り、少しばかり得意げな顔でジャックを見上げる。


「俺、魔法を使えるようになりました」

「お、そうなのか!!」


 おお、と自分事のように喜び、すぐに手を引いたジャックにハルカも嬉しそうに笑う。

 

「はい、少しだけですが。自分でやってみますね」


 ハルカはコンロに向かって手を掲げると、手のひらに向けて魔力を巡らした。火の玉を手のひらに出すときのように魔力を集めて、それをコンロに向かうように意識を集中させる。自分で魔法そのものを操るのと、魔導具を魔力で操るのでは多少勝手が違うのだが、その辺りは以前イエディに教わっていた。実践は今日が初めてだ。


「ん、っと」


 じっとコンロの火を見つめて中火になるようにイメージする。すると、シュウと炎の勢いが弱まり丁度良い火加減に収まった。


「あ、できました」

「おお! よかったな! これで料理もしやすくなる!」

「はい、嬉しいです」


 ニコニコと嬉しそうにしながら、ハルカはもう一つのコンロも同じように、先程よりはスムーズに中火で着火した。

 片方の鍋に厚めに切った肉を、もう片方の鍋に薄めに切った肉を入れればじゅうじゅうと脂の弾ける音。焦げ付かないように木べらで混ぜつつ、ハルカはジャックに今日の料理について説明を始めた。


「今日作るのは、俺の国で馴染みのある肉じゃがという料理なんですけど。そもそも、俺の……国では地方によって結構味付けの雰囲気が変わっていて」

「ほお」


 元居た世界、とは言わずにハルカはあくまで‟国の中の地方差”ということで料理の味付けの違いについてを話す。ハルカが異世界人であるということは公にはされていない。料理長であるジャックは秘密裏に聞いている可能性はあるが、ハルカ自身はまだ話したことはなかった。あえて触れずとも大きな問題はないだとうということで、今回もスルーしておく。

 和食、洋食、中華など様々な方向性の味付けがある、と説明をすればジャックは心底興味深そうに頷いていた。


「地方によってそんなに違うんだなぁ、面白い!」

「そうですね、いろいろあって飽きないですよ。今回は和食ということで、この前取った出汁があったと思うんですけど、あれを使います」

「なるほどな。確かにあまり料理には使っていないな」

「ちょっと味の方向性が違うので、お口に合うか分からないんです」

「ハルカの料理なら問題ないと思うけどなあ」


 ふむ、と顎を摩るジャックにハルカは礼を言いながら、カットした野菜を鍋にゴロゴロと入れていく。二つの鍋を一人で世話するのは大変だということで、ジャックと手分けして野菜を炒めることにした。火を通すのが目的ではなく、油が回ればいいとジャックに教えつつ、こうして二つの鍋を用意している理由も話す。


「そこで、同じ材料なんですけど味付けを変えてもう一品準備しとこうと思いまして。好みのものを選んでもらえるように。こっちの鍋にはブイヨンを入れます」

「ハルカが混ぜてる肉が薄い方が肉じゃがだな? こっちはなんて料理になるんだ?」

「ポトフです」

「なんだか可愛らしい響きだな」


 大柄で厳つい見た目をしているジャックの思いもよらない感想に、ハルカはふふと笑い声を漏らす。でも確かに、と同意しつつポトフの説明を付け加えた。


「野菜に油が回ったら、ブイヨンを入れて柔らかくなるまで煮込めば完成です。途中で灰汁は取ったほうが丁寧です」

「簡単なんだなあ。これは具だけ食べるのか?」

「スープも飲みますし、具材も食べます」

「おかずとしても、スープとしても楽しめるということか! 良い料理だな!」


 ポトフの方はジャックに任せることにしたハルカは、自分の肉じゃがの鍋に視線を落とした。肉は色が変わり、野菜も軽く火が通っている。よし、と頷いたハルカは、前日に準備しておいた出汁を鍋に注いだ。

 ジャックはポトフが簡単だと驚いていたが、肉じゃがもほとんど同じ手順しか必要としない。ぐつぐつと煮立ったら灰汁を取りつつ醤油と砂糖で味を調え具材が柔らかくなるまで煮込むだけだ。酒やみりんはないのでシンプルな調味料で仕上げる。


「うん、あとは……」


 上手く使えるようになった火魔法でコンロの火を弱火に調整し、ハルカは満足げに微笑んだ。


「ハルカ、こっちもあとは煮るだけで良さそうだ」

「ありがとうございます」

「他のメニューはどうするんだ? パンとサラダでいいか?」

「そうですね、それもお願いします。あと、今回は主食ももう一種類用意してみます」

「主食、というとパン以外ということか!?」


 ハルカがコクリと頷くと、ジャックは驚愕の表情を見せた。


「ま、まさか、あの小麦を水で練っただけの、金がなくて困ったときに食べる、あの、本当に限界のときにしか手を出さないあの……!?」


 いくらハルカでもそれは、と言いながらわなわなと震えるジャック。その言動で‟あの小麦を水で練っただけの金に困って限界のときに手を出すもの”が如何様なものなのかをハルカは悟る。


(たしか外国ではそういった食べ物もあったと思うけど……、スパイスなんかをたっぷり使う国の主食だったかな。この国の料理は味付けが薄いから合わないだろうし、調味料もほとんど使わないとなれば単体で食べるには味気ないんだろうな)


 その食べ物もある、美味しく食べられる、と言えばジャックはさらに驚くのだろう。ハルカはそれも面白そうと思いつつ、話が脱線してしまうので今回は伏せておくことにした。

 ハルカがその小麦を練ったものではない、と言えば、ジャックはあからさまな安堵の表情を見せた。


「じゃあ、どんなものなんだ?」

「えっと、これなんですけど。俺の国ではパンよりもよく食べられていたんです」

「これは……。たしか、異国の商人から買ったはいいものの、食べ方が分からなかった……、コメとか言うやつだな。前にもハルカと話したことがあるよな」

「はい。実は一度試しに調理したことがあるんですけど。上手くいったので、今日はこれも皆さんに試してもらおうと思って」


 夜中の厨房。アスカとこっそりと食べたおにぎりをハルカは思い出す。別に疚しいことをしているわけでもないので隠す必要はないのだが、国王が素行不良と思われては良くないだろうと一応黙っておく。


「この硬いものを美味しく食べられるなんてなあ」

「言われてみれば、他ではあまりしない調理方法です」


 覚えたい、と息巻くジャックに、ハルカは米の炊き方を説明しつつ昼食の準備を進めていった。

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