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35. 魔法が使えるようになりました

 魔導宮の厨房は食堂と隣接しているが、食堂の中には話にあった通り誰も人がいなかった。お昼時なのに、である。

 本当に皆食事をとらないらしい、とハルカは驚きながら厨房に足を踏み入れる。整理整頓された厨房は、王宮のそれよりは小さいが十分な広さがあった。

 何人かの料理人が片付けなどをしている。顔を上げて、イエディの姿を確認すると慌てて頭を下げた。気にしないように、と和やかに笑みを浮かべながらひらひらと手を振るイエディに料理人たちは安堵したように作業に戻っていった。


「どうですか?」

「うーん、サンドイッチくらいしか……」


 食堂内を一通り見て回ったハルカは、王宮よりは小さい食糧庫や保冷庫の中から使えそうな食材を持ち出してキッチン台の上に並べていた。

 あったのは先ほどクィンが配達していたのと同じであろうパンとハムとチーズ。あとはレタスとトマトがあるだけだ。かなり質素であるが、ここの食事事情を考えれば必要十分なのだろう。

 これらの食材で今から作れるものと言えばサンドイッチくらいだ。別に悪くはないが最近作ったばかり。

 

「サンドイッチ! 俺、好きッス!」

 

 サイアスが手を上げて主張する。


「この前食べたばかりですけど、いいんですか?」

「主の料理なら毎日同じのが出ても喜んで食べますよ~」

「なら、サンドイッチにします。よろしいですか? イエディ様」

「ええ、もちろん。以前頂いたときもすごく美味しかったです」

「じゃあ、クィンさんが戻ってきたら……」


 ハルカがそう言いかけたとき、廊下を走る足音が厨房内に聞こえてきた。サイアスが、「あ、戻ってきた」と呟く。


「戻りました~!!」


 癖毛の前髪をふわふわと浮かせながら、勢いよくクィンが厨房に滑り込んできた。手に持ったバスケットの中は空になっている。しっかりと配達は終わらせてきたようだ。


「ちょうど今から始めようとしていたところです」

「は~、よかった! ハルカさんの料理、見てみたかったんです!」


 バタバタとバスケットを片付けるクィンに、ハルカは急がなくてもいいように伝えながら困ったように笑う。

 

「そんなに大したものは作れないですよ」

「ご謙遜を~! 王宮の料理人が言っていました、ハルカさんは凄いんだって」

「主の料理が旨いのは間違いないっスね~」


 サイ、と苦笑するハルカに、サイアスは事実なのだからとへらりと笑った。褒められて嫌なわけではないが、あまりに過剰に期待されるのも困りものだ。この世界においては目新しいメニューや調理方法だとしても、元の世界ではごくごく普通の誇ることもない料理ばかりなのだから。

 キラキラと輝く瞳を向けてくるクィンに、ハルカは眉を下げたまま今日作るサンドイッチについて説明する。


「配達の料理って、パンとかハムをそのままお渡ししているんですよね?」

「はい、調理方法を知らないので……」

「こんな感じで具をパンに挟むだけなんですけど、いろいろとアレンジも効きますし、食べやすくもなるので良いかなと思います」

「な、なるほど……! 流石、ハルカさんです……!」


 クィンは感動したと言わんばかりに恍惚とした表情を見せる。ハルカを称えるように手を組んでハルカの作業を見つめ、調理のコツなどを熱心に聞く。

 パンの温め直し方。パンの内側にバターを塗る理由。レタス、トマト、ハム、チーズの挟む順番。他に合う具材。

 ハルカは自分の知っている範囲の知識をクィンに教えた。分からないことについては正直に告げつつ、日本でよく見たものを思い出して伝えておく。料理人として勉強熱心らしいクィンはその一つ一つをメモを取りながらしきりに頷いていた。


「……ということで、完成です」

「おお~……!」


 緑、赤、ピンク、黄色と彩のよいサンドイッチ。クィンが感動を抑えきれずに瞳に涙を溜めている。ハルカは大袈裟だなあと思うももう何も言わない。少し感動しやすい性格なのだと理解しておく。

 

「主、紅茶淹れますね~」


 サイアスが手際よく紅茶の茶葉をティーポットに入れる。器用なサイアスは紅茶を淹れるのも上手だ。もちろんプロであるエドワードたち執事と比べれば違うのかもしれないが、正直ハルカにとってはその差は分からない。

 

「ありがとうございます、サイ」

「ハルカ、私も」

「イエディ様は食堂の方でお待ちください、もうできますので」


 何か手伝いたいと言うイエディをやんわりと制して、カトラリーを手に一緒に食堂へと向かう。王族に手伝わせるわけにはいかない。


 大きな平皿に食べやすく切ったサンドイッチを並べて、食堂のテーブルへと運ぶ。結構な数があるので食べきれないかもしれないが、余れば持って帰るかここの賄いにしてもらえばいいだろう。

 そうして、サンドイッチと紅茶という元の世界で言う英国風の昼食を食堂でとっていると、おや、という声が響いた。

 

「皆もここにいたのか」


 食堂に入ってきたのはルナだった。食堂で食事をとる魔導士は少ないが、ゼロではない。現に今も数名の魔導士が食堂で休んでいる。彼らは研究がひと段落したらしい。ハルカは彼らにもサンドイッチを提供しており、絶賛の声を貰っている。

 昼食か、とイエディに尋ねられたルナは軽く首を左右に振った。


「いや、仕事でしばらく部屋に籠るのでな。配達を頼んでいなかったから、食事を貰おうと思って」


 配達は事前に予約が必要だ。しかし食堂まで取りに来れば同じ内容のものを部屋に持ち帰って食すこともできる。急な実験などで配達を頼み損ねたときには、こうして食事を取りに来るようだ。食堂に来ても、テーブルについてゆっくりと食べる時間はないのが研究者らしい。

 ハルカとクィンは目を合わせると、こくりと頷いた。クィンは厨房に戻り、ハルカがテーブルに並べていたサンドイッチの内一皿をルナに見せるように持ち上げる。

 

「では、これをお持ちください。部屋で召しあがっていただけます」

「これは?」

「サンドイッチです。パンにいろいろと具を挟んだものです」


 ルナはふいと食堂内を見渡した。数人いる魔導士たちがみな同じものを食べながら、こちらを向いてコクコクと頷いている。


「ふむ、面白い。では頂こう」

「はい、クィンに包んでもらいますね」

 



 昼食後、ハルカたちは試しに魔法を使ってみようと空いている実験場に来ていた。いろいろと見たことがなかった魔法を目にしたので、魔法に対するイメージが高まっているはず。

 今までは手のひらの上で小さな火を出せても、それを維持することができなかったが。


「ではやってみましょう」

「はい」


 手のひらを上に向けて、呼吸を整える。身体の中に流れる魔力を感じ取り、手のひらに巡らせるように意識を集中させる。ぽう、と手のひらの上に小さな火が生まれる。


「ん」

「お!」


 サイアスの声とともに、ふうと息を吐いたハルカの手の上には、火がゆらゆらと揺らめいている。流す魔力量を調整すると、その火が小さくなったり大きくなったりする。魔力の流し方を変えれば、火の玉のように炎が丸まった。


「火魔法は使えるようになりましたね」


 スムーズに手のひらで火魔法をコントロールするハルカに、イエディが褒めるように言った。ハルカも嬉しそうに頷く。


「もっと魔力を込められますか? 火の玉を大きくするようなイメージです。最大限込めてみていいですよ、実験場は丈夫ですし、私たちも自衛ができます」


 イエディの言葉にサイアスも頷く。どんなに大きな火を想定しているのだろうか。しかし鑑定のスキルでハルカの魔力を把握しているイエディが言うのであればできるのであろう。

 やってみます、と言ってハルカは再び手のひらの上に意識を集中させる。火の玉が膨らむように想像しながら魔力注入量を増やす。


「……、難しいです」


 どれだけ意識しても、大きな火の玉を想像しても、なかなか手のひらサイズを超えない。イメージはできているはずなのだが、魔力が堰き止められているような感覚がある。

 

「なるほど、どうやら無意識にセーブしているみたいですね。ハルカの魔力量的にはかなり巨大な火の玉にできるはずなんですが、怖いという思いがあるのかもしれません」

「怖い……、確かにそうかもしれません」


 魔力を最大限に放出して、コントロールできずに暴発などしたら。イエディとサイアスが大丈夫だと言う言葉を信じてはいるが、それでも危険な目に合わせる可能性があることは怖い。


「まあでも、普通の火の魔導具などを使う分には困らないと思います」

「はい、それで十分です」


 ハルカの喫緊の課題はコンロの火加減の調整を自分ですることだった。小さな火の玉しか出せないが、それができれば十分に魔導具を使える。ハルカにとってはそれだけでも問題はない。火魔法を使った攻撃魔法はする予定がない。

 同じように水魔法も試してみると手のひらの上で水球を作ることができるようになっていた。多少であれば大きくしたりもできたので、これで鍋に水を溜めることもできそうだ。

 ハルカにとって魔法は攻撃の手段ではなくあくまでも生活、とくに料理に必要な力である。繊細な技術や強力な魔力を使えなくても困ることはない。

 こうして、ハルカの魔導宮見学は上々の成果で終わった。


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