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33. 魔導宮見学

 いつものように魔法の練習をしていたハルカに、イエディが言った。


「ハルカ、魔導宮に行きましょうか」

 

 純白の壁に翡翠色の丸い屋根を持つ塔が並び立つ大きな館。いくつもの窓ガラスが、その館が持つ部屋の多さを物語る。ところどころ開かれた窓からはチカチカと何かの光が瞬いている。

 王宮の敷地内に存在する、魔導宮。魔法が発達し、誰でも使えるこの国において、その中でもさらに魔法の能力に秀でた者たちである‟宮廷魔導士”が集まる場所だ。

 ハルカの部屋の窓からも見えるその白亜の宮は、近いながらもどこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。国内随一の魔導士たちが集まるわけで、魔法が使えないハルカにとっては憧れの場所であり、少し気が引ける場所でもあった。

 時折、煙が上がったり爆発のような音がしたり、何かがキラキラと輝いて居たりするので、何をしているのだろうかと気になることはあったのだが、今まで訪れたことはなかった。


「?」


 唐突な提案に、肯定も否定もせずにハルカが首を傾げた。


 ハルカは今日も手のひらの上に火の玉や水の玉を出す練習をしていた。あまり上手くはいっていない。小さく火が灯ったり、水が出たりはするのだが、どうも手の中に収めていられないのだ。魔力量自体はそれなりにあり、練習も日々こなしているので、そろそろ使えるようになってもいい頃ではと思うものの、やはり全く魔法が存在していなかった世界から来た人間にとっては難しいことなのだろうか、とハルカは諦めずにのんびりと練習する日々だった。調理の時にやや不便をするが、親切な周囲の人々のおかげで大きくは困っていないのが幸いである。


「魔法を発動するにはイメージが大切です。ハルカは魔法のない世界から来たので、あまり魔法を見たことがないでしょう。なので一度魔導宮に行って、いろいろな魔法を見てみましょう」


 ハルカが見たことがある魔法と言えば、イエディの見本と王宮内、とりわけ厨房内で使われるもの程度しかない。あまり難しくないらしい火、水、風の魔法しか見たことがなかった。この世界にはほかに土魔法や白魔法、黒魔法もあると聞いている。上位魔法も、生活では使われることがないのでまだ目にしたことはなかった。

 魔法をイメージする力が弱い、というのは確かにそうかもしれないとハルカは納得する。元の世界では魔法といえばファンタジーのもの、つまりは現実のものではなかった。小説や漫画、アニメなどで見たことはもちろんあるが、当然ながら‟自分が使うもの”と認識したことはなかった。それが魔力を上手く使えていない原因と言われれば腑に落ちる。


「ぜひ、見てみたいです」


 魔法は使えるようになりたい。それに純粋な好奇心もある。せっかく魔法がある世界に来たのだから、自分は使えなくともいろいろな魔法は見てみたい。

 では早速行きましょうと言うイエディに続いて、ハルカは部屋を出る。廊下で当然のように待っているサイアスと共に、魔導宮へと向かった。




 魔導宮の入口は白壁に似合うアンティーク調の大きな扉が取り付けられている。両開き式の扉には緑を基調にしたステンドグラスが嵌められ、太陽の光を受けてキラキラと輝く。そのステンドグラスは何かの生き物を象っており、どうやらこの国の守護神とされている高位魔物らしい。竜のようなその魔物は、‟魔獣”と呼ぶとイエディに教えてもらう。


「魔物騎士団には、この魔獣がいますよ」

「へえ」


 魔物騎士団がいる獣舎は、王宮敷地内にあるがハルカや王族たちの部屋がある王宮とは離れた場所に建てられている。今のところ平和なウィラウール国内でその存在が必要になることは多くなく、ハルカはその魔獣をまだ見たことがない。


「陛下は魔獣と契約してるんスけど、その契約魔獣は竜っスよ」


 サイアスが付け足す。アスカが竜と契約していると聞いても驚きはない。むしろしっくりくる。このステンドグラスで描かれている竜は翡翠色の鱗を纏っているが、きっとアスカの竜は黒色だ。

 勝手な想像をしながら扉を押し開けると、吹き抜けのエントランスホールがハルカを出迎えた。

 大きな明り取りの窓から太陽の光が差し込み、しっかりとした光量があるエントランスはどこか荘厳な空気が満ちている。このメインの塔には図書館があるらしく、たくさんの魔導士たちが片手に両手に本を持って歩いている。国内最大級の蔵書数を誇るこの図書館には、とくに魔法関係の書籍はほとんどが揃っている。他国の魔導士が勉強のために訪れることもある、というイエディの説明を聞きながら、次の塔へと向かう。

 エントランスから左右に伸びる廊下の先は各塔へ続いている。各塔には個人の研究室がずらりと並んでいる。宮廷魔導士になれば一人一部屋ずつ自由に使える部屋が与えられ、各々その部屋で自分の研究に励む。

 扉を開きっぱなしにしている部屋と、しっかりと閉じて窓にもカーテンを引いている部屋のどちらもあるのが、部屋の持ち主の性格を表しているようで面白い。開きっぱなしになっている部屋を少し覗いてみると、本や紙で溢れかえり足の踏み場がない部屋、何か分からない液体に満ちた瓶が大量に並んでいる部屋、見たこともない植物が室内でわんさかと生えている部屋、などがあった。

 ちなみにどの部屋も人がいなかった。不用心では、というハルカの質問にイエディは苦笑して答える。

 

「もちろん研究成果が盗まれる危険があるので褒められませんが、こうしてオープンにしている人たちは追跡魔法や記憶魔法などを仕込んであるので、何かすればすぐにバレます」

「なるほど」


 流石は宮廷魔導士だ。

 

 塔の一階には各魔法タイプに合わせた大きな実験場が備えられており、大規模な魔法や複数人で協力する魔法などを実験するときに使うらしい。ちょうど土魔法の実験場で実験が行われていたので見学させてもらうと、何人かの魔導士が取り囲む地面が一瞬光ったかと思えば大きな像が生えた。建った、というより生えたというのがふさわしかった。何の像かはハルカには分からなかった。


「どうですか? 魔導宮は」

「すごく面白いです」


 俺も~、と言うサイアスも楽しいらしい。近衛騎士が魔導宮内に用があることは多くはないので、目新しいそうだ。

 イエディはくすりと美しい笑みを浮かべた。

 

「よかったです。もう少し近くで魔法を使っているところを見せてもらいましょうか」


 誰か手が空いてそうな魔導士にお願いして、と廊下で相談をしていたとき。


「おや、イエディ様」

「ルナ」


 イエディの名前を呼んだのが、目の前の天使のような存在なのか。ハルカはぱちりと瞬いた。サイアスは綺麗な敬礼をしている。

 白い髪に白い肌。丸い大きな瞳は薄いゴールド。薄桃色の唇がゆるりと綺麗な弧を描いている。深緑色のローブで隠された躯体は大きくはなく、背格好で言えば少年のよう。しかし纏う空気感がただの子供ではないと思わせ、性別を感じさせない風貌は彼または彼女を人ならざる者だと錯覚させる。

 

「そちらがハルカか」


 ルナと呼ばれた純白の天使は、にっこりと絵画のような笑みを浮かべてハルカを見る。

 

「ええ。ハルカ、こちらは魔導長のルナです。とても優秀な魔導士です」

「イエディ様に比べたら我は大したことはないぞ」


 魔導長。つまりはこの魔導宮のトップ。それがこんな子供のような人だとは。

 

「ちなみに、見た目はすごく若いですが年齢は俺たちよりも随分と上です。祖父の代からここにいるので」

「えっ」

「我はハーフエルフなんだ。年齢は秘密だ」


 ルナが美しいウインクをしながら、人間のよりは少しツンとした耳を指さして微笑む。

 なるほど、とハルカは呆けた顔で納得した。エルフという存在も聞いてはいたし日本のファンタジー物では幾度となく見てきたが、目の当たりにすると妙な感動を覚える。

 色素の薄い容姿はエルフの特徴らしい。年を取らない見た目に、人間よりはるかに長い寿命。森の中に住むのを好む者が大半ではあるが、ルナのように街に出てくるエルフもいるようだ。

 エルフには魔法に優れた者が多く、街に降りてきた者の多くは魔術師や魔導士となって魔道具作りや魔法薬作りをして生活をしているらしい。

 そんなエルフと人間のハーフであるハーフエルフは、どちらの血が色濃く出るかは運次第であるが、ルナはエルフの血が色濃く出たようだ。比べればエルフよりは短命であるものの、人間からすれば誤差のようなもの。数百年は生きるらしい。


 残念ながら、この世界では国によっては人族以外の種族、エルフやドワーフ、魔族などを差別する文化が残っている。

 人族が多くを占めるウィラウールだが、その珍しさから多少の好奇の目に晒されることはあっても他の種族に対して悪意を向けられることはほとんどない。

 そのため少ないながらも人族以外の種族も街で普通に生活している、と聞いてハルカはアスカと街に出たときのことを思い返した。あまり気にして見ていなかったが、繊細な細工のアクセサリーを露店で売っていたのはもしかしたらドワーフの血を引いた人だったのかもしれない。


「それで、今日はどうしたんだ」

「見学です。ハルカはまだ魔導宮に来たことがなかったので」

「魔法の勉強で。いろいろと見せていただいています。これから、研究室にお邪魔させていただこうかと」


 どこの研究室に行くんだ、という問いに、イエディが答える。火と水と風の魔法それぞれの使い手の名前を挙げたイエディに、ルナは一瞬だけ眉間に皺を寄せたがイエディが何かを説明してすぐに表情を緩めた。

 

「……うん、イエディ様と護衛騎士が一緒なら大丈夫だろう」

「……? はい、ありがとうございます」

「あ、ルナ。白魔法を見せてください」

「ん、よいぞ。どんなのがいい?」

「小さいので十分です」

「そうか。……ハルカ、来い」


 呼ばれたハルカが一歩前に踏み出すと、ルナがちょいちょいと指を曲げる。屈め、という合図だと理解してハルカは膝を曲げた。すっと額の前に小さな手が翳される。目を見開いてその手のひらを見ていると、キラキラと小さな光の粒のような溢れた。

 すう、っと何かがハルカの身体の中を通り抜ける。何か分らないまま、ハルカは目を瞬いた。痛くも痒くもないが、何かをされた。


「治癒の魔法だ、疲労を取り除いてやった。お主は隈が酷かったからな、研究に夢中で三徹する馬鹿共みたいだったぞ。……ん、少し薄くなった」


 ルナがハルカの目の下をつんと指で触れ、甘やかな笑みを浮かべる。天使みたいだ、と俗な感想を抱きながらぱちぱちと瞬きをしたハルカは、身体を起こして軽くなった首を左右に振って肩を回した。


 「あ、確かに。身体が軽いです」

 

 日本での社会人時代には、確かに疲労が日々溜まっていく毎日だった。長い通勤時間で一日のHPの半分程度を削られ、残業を含めた勤務時間で着実に疲労を積み上げる。自宅に帰れば食事をとって眠るだけの日々で、休日に寝溜めをしてしまうことも少なくなかった。隈はそのときにできたもので、見慣れて気にも止めていなかった。

 こちらに来てからの規則正しい生活に、適度な労働(日本のそれと比べれば遊びのようだとハルカは思っている)。質の良い食材に質の良い睡眠。随分とマシになったと自負していたのだが。


(まだ目立ってたか)


 こちらの世界でハルカの周りにいる人間は美男美女ばかりだ。激務な王宮内の文官であっても隈が酷い者は確かに見かけたことはなく、殊更に目立つのだろう。魔導宮には仕事に夢中になって隈を拵える人間がいるようで、少し親近感が湧く。

 満足そうににこにことしているルナに、ハルカも微笑んで礼を言う。


 治癒や浄化を行う白魔法は使える者が非常に少ない。高度の白魔法になれば、千切れた身や折れた骨も引っ付けることができる。魔物が住む森に蔓延る瘴気を浄化できるのも、高位の白魔法使いのみである。白魔法使いとしての能力が低位であっても、白魔法が使えるというだけで宮廷魔導士の道が見えるほどに貴重であり重要な魔法だ。

 参考にと見せられたからと言って使えるようになるような代物ではない。ハルカの疲労を取り除くという目的でこともなげにお披露目された白魔法であるが、こんな気軽な使い方ができるものでもない。

  

「ではな、ハルカ。よく学んでこい」

「はい、ありがとうございます」

 

 深緑のローブを翻して去っていくルナにぺこりと頭を下げたハルカは、イエディに連れられて研究室巡りへと赴いた。

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