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28. 専属護衛騎士

 ウィラウール王国の騎士団は、大きく分けて二つの部隊に分けられている。一つは、王宮や王族身辺の護衛を主な職務とする近衛騎士団。もう一つは、王都の警備を主とする王都警備隊だ。警備隊は、王都内をメインの持ち場とする第一警備隊と、王都周辺の森や街道、王族の遠征などでの警備も行う第二警備隊が存在している。

 王侯貴族に付き従い、平時であれば幸いなことではあるのだが大きな問題の起こらない王宮内をひたすらに護る近衛騎士団。

 比較的治安が良い王都とはいえ、荒くれもののや魔物を相手に日夜剣を振るう警備隊。

 いわゆる騎士団と呼ぶときは近衛騎士を指すことが多い(警備隊はそのように呼ぶ)が、近衛兵と警備兵に優劣があるわけではない。どちらもが国にとって重要な役割を担っていると自負し、互いに認め合い尊重している。

 そうは言っても職務の都合上、個々人の性格によるある程度の向き不向きというものもあり、近衛騎士団に配属される者と警備隊に配属される者では特徴が異なることもある。そういった配属される者たちの性格もあり、実際のところ、多少は互いを気に入らないと思う面もなくもないのだが、あからさまな敵対心というものはない。

 立場は異なれど、仕える主はこの国の王であり、捧げた忠誠を違えることはない。

 

 ちなみに、ウィラウール王国にはもう一つの騎士団が存在する。それは‟魔獣騎士団”。魔物の中でも人語を理解し人と共存が可能な性格を持つ高位魔物と共に行動する騎士団だ。その特殊性から構成員は多くはないが、凶暴な魔物が現れた際や大きな戦争のときに力を奮う精鋭部隊である。

 

 近衛騎士団の団長トラディスは、国王の執務室へと続く長い廊下を険しい顔で歩いていた。先日、幼い頃から互いを知る間柄であり、かつ唯一の忠誠を誓う相手である国王から下されたとある命令。今まで下されてきた命令の中では難しいものではなく、非常に簡単なものだった。他国の貴族が来訪する際の警備や、暗殺者の脅威に晒されたときの護衛の方が数百倍、否、比べるまでもなく難しい。

 しかし、トラディスは人殺しをしたあとのような凶悪な顔をしながら国王であるアスカの元へ向かっていた。カツ、カツ、と堂々とした足取りの音が響く。


「本当にこいつで良いのか……」


 思わず漏れた独り言に、はっとして顔を上げる。トラディスの足音が止まり、続いてもう一人分の足音がわざとらしく音を立てて止まった。


「団長? 何か言いました?」


 そこまで大きく呟いたつもりはないが真後ろを歩いていた男には当然のように聞こえていたらしく、背中に向かって声を掛けられる。足音を鳴らして立ち止まったにもかかわらず、今度は足音なく隣に並んだその声の主を見下ろして、トラディスは浅い溜息を吐いた。


「……何でもない、サイアス」

「そっすか?」


 トラディスは再び溜息を吐く。

 本当に良かったのか、とサイアスと呼んだ男の顔をまじまじと見つめてから、歩き出した。サイアスは、軽い足取りで、しかし足音をさせずにそのまま隣を並び歩いた。


 国王の執務室に辿り着けば、扉横に控える護衛たちが中へと向かって声をかけ、許可を待って押し開ける。

 執務室の主人は、側に王族付きの秘書を携えながら延々と書類にサインを書き連ねていた。いったいどれだけ書類仕事を蓄えていたのだろうか。トラディスはひたすらにペンを滑らせるアスカを見て呆れた顔をした。

 圧倒的なカリスマ、そこらの騎士では敵わない武力、魔導士だって相手にできる魔力、そして政治的センスと成し遂げる知性に判断力。国王が持つべきものをすべて持つ王たるべき王は、事務仕事が嫌いだ。できないのではない、嫌いなのである。やればできるくせに、やらないのだ。溜めずに適度に消化していった方が楽だと分かる頭を持っているくせに。

 アスカがサインをした書類を次々と捌いていくマクレイの常より冷淡な顔からさらに色が抜け落ち、鋭い視線が主人に向けられているのを見て、トラディスは小言を言うのはやめる。マクレイがいればそれ以上に言うことはない。

 アスカの書類仕事が一段落つくタイミングを見計らい、声をかける。トラディスたちが入室したことを分かっていたくせに、アスカは今気づいたと言わんばかりに顔を上げた。


「なんだ」

「先日の命を受け、連れてきました」


 アスカは一瞬怪訝な顔をしてから、思い出したように頷いた。トラディスの斜め後ろに立つ、深い緑色をした髪の男に目を向ける。


「そいつか」

「はい。実力は申し分なく、本人も希望しております」

「……だろうな」


 アスカがゆるりと口角を上げた。サイアスはトラディスに促され、アスカの前で敬礼をし簡単な自己紹介をする。


 サイアス・タレス。真冬の針葉樹の緑を映し取ったような深緑色の髪が特徴的な男だ。短めに切り揃えられた髪を軽く立ち上げており、顕になるやや吊り目な瞳は髪と同じ緑色をしている。きゅっと持ち上げられている口角がパッと見の印象を良くさせるが、よく見ればその瞳の奥はしんしんと降り積もる雪のように静かで、ひとつも笑っていないことは分かるだろう。


「ハルカの専属護衛、頼めるか」


 アスカがじっとサイアスを眺めながら尋ねた。

 国王の命令なのだ。拒否権など、一介の騎士には持ち得ない。


「必ず、お護りします」


 しかし拒否権があろうと、サイアスは行使しない。それを分かっていながら、アスカは尋ねた。


 アスカがトラディスに頼んだことは、ハルカの専属護衛騎士を選出することだった。

 以前森に出たときはトラディスが、街に出たときはアスカが護衛を兼ねて付いて行ったが、いつでもこの二人が自由なわけはない。むしろどちらかといえば最上級に忙しい立場の人間だ。

 護衛なくハルカが外に出るのをアスカは禁止しているが、ハルカ自身も一人での行動は望んでいない。そうなると外に出るためには必ず護衛を頼まないといけなくなる。アスカとしては気軽に言ってこれば良いと思っているのだが、その思いがハルカに届いているのかは分からない。ただあれ以降ハルカから外に出たいと言う申し出がなく、それを不満に思ったアスカの案だった。

 専属の護衛を付ければ、自由に王宮の外を出歩ける。王都内や周辺の森程度であれば腕の立つ騎士が一人いればハルカを守ることができる。しかし中途半端な奴を付けるわけにはいかない。

 アスカがとトラディスに命じたことは“何があってもハルカを護り抜ける実力を持ち、ハルカと相性の良い者を選べ”という、よく考えればわりと難易度の高いことだった。


 サイアスという男は、近衛騎士団の中では異色の存在である。近衛騎士団と王都警備隊どちらに所属しているでしょう、と質問をすれば、彼の人となりを知る者は百人中百人が「警備隊」と答えるだろう。

 しかしサイアスは近衛騎士団を選び、好んで所属している。

 彼の性格を一言で表すならば軽薄・奔放。特別に家格が高くはなくともタラス家も立派な貴族であるが、貴族らしからぬ自由な雰囲気を纏うのがサイアスという男だ。放蕩息子、と言うのであれば貴族らしいのかもしれないが。彼の名誉のために付け足すのであれば、サイアスは立派に騎士を務めているため決して放蕩はしていない。サイアスの忠誠は騎士らしくきちんと国王に捧げられている。

 しかしどこか掴みきれない彼の性格が、常から貼り付けている薄っぺらい笑みが、纏う独特な空気が、サイアスを印象付ける。


 アスカからの正式な辞令を受けたあと、トラディスはサイアスをハルカに紹介するために再び廊下を歩いていた。相変わらず足音をさせずに後ろを歩くサイアスに、トラディスは首を傾けた。


「ちゃんとハルカ殿をお守りするんだぞ」

「分かってますって」

「お前のそのような軽薄な態度がだな」

「へーへー」

「……お前がハルカ殿の護衛を名乗り出た理由だって」

「アレはマジっす」


 小言を繰り出すトラディスに、サイアスは気にも留めずに返事をする。深い溜息を吐く上官に向かって、気後れすることなくケラケラと軽い笑い声を上げた。

 

 ハルカの護衛を、とトラディスが団員を見繕っているとき、どこからかその噂を聞きつけ立候補してきたのがサイアスだった。唐突に気配なく目の前に現れたサイアスに、トラディスは盛大に顔を顰めた。騎士団長として、不覚であると。

 いつもの薄い笑みを浮かべたまま、サイアスは愉快げに瞳を歪ませて言った。

 

 『最近ヒマだったんで、たまには外に出たいと思ってたんすよねー』

 

 サイアスというのはこういうことを平気で言う男である。

 そもそも近衛騎士を選んだ理由ですら、周りの騎士が聞けば良くて呆れ、普通は怒りを滲ませるだろう。

 その軽薄な態度や飄々とした言動から、王宮内で貴族たちに囲まれて大人しく過ごすことになる近衛騎士ではなく警備隊が向いていそうだと思われるのに、本人が警備隊よりも近衛騎士団を志望した理由は‟楽そうだから”。外で魔物の相手や街中で盗賊や暴れる冒険者の相手をするのは飽きないだろうけどダルい、と言ってのけた彼が近衛騎士団に所属していられるのは偏にその実力がずば抜けているからである。

 剣の扱いに長け、その辺の騎士にはまず負けない。さすがに団長や副団長といった実力者相手に勝つことは難しくとも、良い試合はできる。さらには武芸全般に秀でるため、拳での戦いも得意とする。サイアスが入団した当初、難癖をつけて挑んだ同僚たちが軽い身のこなしで難なく返り討ちにされている姿が度々見かけられた。

 実力主義のウィラウール王国では、どれだけ本人の態度が飄々としていようがサイアスを騎士として認めざるを得ない。

 

 楽だからという一見すると舐めた理由で選んだ近衛騎士も、ヒマだし外に出たいという理由で名乗り出た護衛騎士も。サイアスにとってそれは嘘ではなく、一種の事実であるのだろう。

 トラディスはへらりとした笑みを浮かべたままのサイアスに向かって真っ直ぐに口にする。


「……事実だとして、だ。そのように自分を悪く見せる言動ばかり取るな。お前にとってはその方が生きやすいのだろうが、敵を作るぞ」

「団長やっさし~」

「俺は、騎士であるお前のことを疑ったことはないぞ」


 近衛騎士を選んだ理由は楽そうだから。それはサイアスの一面を表しただけで、彼のすべてではない。

 実力主義のこの国で、低位の貴族出身者が近衛騎士になるには相応の実力が必要である。安泰な職だと目指す人間は多くとも、その頂点に属せるのはほんの一握り。

 さらに騎士はおしなべて仕える国王への忠誠心を持つが、忠誠心を持たない者でもそれなりの家格と実力があれば騎士にはなれる。しかし、忠誠心を持てない者は続かない。

 それは、サイアスも例外ではない。

 へら、と笑顔を張り付けたまま、サイアスが固まる。ト、と普段は鳴らない足音が微かに鳴ったのに気づいたトラディスはフッと口角を上げた。

 実力も、騎士としての在り方も。認めているから、トラディスはサイアスを護衛として選んだ。

 

「だからこそ、少しは真面目にだな」

「あ、着きましたよ、ここっすよね」


 トラディスの言葉を遮るように、サイアスはハルカの部屋の扉を叩いた。話を最後まで聞け、という小言は、すぐに聞こえてきたハルカの入室許可の声によって飲み込まれた。

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