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18. ハルカの悩み

 窓の外には星が煌めく深い夜。ハルカは真剣に悩んでいた。

 その生来の性格から、異世界に来てからもそこまで深刻に悩むことがなく、王族たちにいっそ心配されるほど楽観的に過ごしてきたハルカは、ここに来てしっかりと悩んでいた。

 ふかふかのベッドに四肢を投げ出して、豪華なシャンデリアを象った魔道具のランプを眺めながら、真面目に悩んでいた。

 

(やっぱり米、食べたいな)


 生姜焼きを作った日からふつふつと湧いてきた欲求は、日本人なら誰でも持つものだ。海外に長期間滞在したことのある友人も、同じ悩みを抱えていた。スーツケースにはパックご飯を詰めて持って行くなんてことも聞いたことがある。今時、海外でも日本の米は普及してきているが、味や値段がネックらしい。

 しかしここはそんな海外よりもさらに米入手難易度の高い異世界である。海外のように日本食スーパーはないし、ネット通販だってない。

 そもそも米はあるのだろうか、という疑問が解決されたのがつい先日だ。ジャックと世間話をしていたハルカは、どうやらこの世界にも米があるらしいという情報を手に入れた。しかも、王宮の食糧庫に保管しているはずと言うではないか。しかしながらハルカは厨房で米を見たことはなかった。ジャック曰く、この国の食文化に米は馴染めず――というより適切な調理方法が分からず、米食は普及していない。つまりは、何やら珍しい食糧だということで仕入れたものの、王宮内で食されることはなく食糧庫に眠っている。

 ハルカとしては今すぐにでも米を食べたい気分だが、しかし米が知られていないこの国の食事にはいどうぞと米を出すのはいかがなものか。食べ慣れないものは受け付けないことはままある。ましてや王族に供するのである。得体の知れないものを出せば、即刻首を落とされるかもしれない。


(やっぱりいきなり食事には出せないよなぁ。上手く炊けるかも分からないし)


 炊飯器なんて便利道具はもちろんない。鍋で炊くしかないのだが、日本ではほとんどしたことがないので自信はない。まずは何度か練習して、上手に炊飯ができるようになってから王族には食べてもらいたい。白くてふっくらとした、つやつやの米粒を。

 ぐう、と腹の虫が鳴る。


(……考えていたら、お腹が空いてきたな)


 がばりと起き上がったハルカは、うんと伸びをしてから床に足を降ろした。スリッパに爪先を滑らせて立ち上がる。毛足が短めのスリッパは、履き心地が良くて気に入っている。ぱたぱたと足音を鳴らしながら部屋の中を歩いて軽く身支度をする。ふわふわのスリッパに名残惜しさを感じつつも靴に履き替えて廊下に出ると、巡回中の騎士が驚いた顔を見せた。

 ハルカが「少し厨房に」と言うと騎士は納得したように笑みを零して立ち去った。サイアスを呼ぶか、と騎士に尋ねられ、ハルカは緩く首を振った。夜半に厨房に行く理由は、水を貰いに行くくらいだろう。それならば護衛を呼ぶまでもない。そう勝手に想像して納得してくれたらしく、ハルカは勘違いを解くことなく歩を進めた。

 

 厨房の扉を開くと、真っ暗だった。夜遅くまで掃除をしていたり、翌日の仕込みをしているときもあるが、今日はいないらしい。いつもは賑やかな厨房がしんと静まり返っていると違和感を感じるな、と思いながらハルカは暗闇の中を手探りでスイッチを探す。広い厨房内のすべてのランプを点ける必要はない。一部の作業台の上と、食糧庫の灯りだけを点けた。

 よし、と袖を捲ったハルカは、さっそく目当てのものを探しに食糧庫に向かった。たっぷりと食材が詰まった庫内をぐるりと見渡す。中は綺麗に整理されていて、分類ごとに区分けがされている。肉、魚、葉物野菜、根菜、小麦、調味料。一切使われていない米は分かりやすい場所にはなさそうで、この中から探すとなると骨が折れそうだ。ハルカは、とりあえずと分類としては一番近いであろう小麦が置かれているエリアを探してみる。しかしそこには小麦粉が詰まった袋が積み上げられているばかりで、米らしきものは見当たらない。


(うーん、普段は使わないものだから、端っことか……。奥とか……)


 食糧庫の最下段をぐるりと見渡す。端っこの方を、がさがさと探してみる。王宮の食糧庫は、掃除も行き届いているので使われていないから埃が溜まるなんてことはない。手前の食材をどかして奥を覗いてみても、棚の上には塵一つなく手が汚れることもない。

 あと見ていないのは最上段か、とハルカは踵を中心に庫内でくるりと一回転した。ランプでぼんやりと照らされる食糧庫の端の最上段。その最奥。


「あ」


 米袋、らしきものが見えた。小麦粉の袋に似ているが、あんなところに置いているものは違うのだろう。きっとあれだ。

 よいしょ、とハルカはつま先立ちをして腕を伸ばす。ぐっと背を伸ばしても、指先が袋の端を掠めるだけ。これでは重い米袋を降ろすのは無理そうだ。ハルカは早々に諦めた。ハルカは特段に身長が低いわけではない、ごく平均的な身長である。しかし届かないような場所に置かれている理由は、一つは使われていないから奥に追いやられているということ。もう一つはこの王宮内には高身長の人間が多いことが理由だろう。料理長のジャックも副料理長のフィルも、ハルカよりも背が高い。ほかにも、もちろん平均的な身長の者もいるが高身長の者が多い気がする。彼らであれば、あの米袋も容易に届くだろう。

 どうしようかな、と考えながら庫内を見渡す。台や梯子のようなものはどこかにあるだろうか。少なくともここには見当たらないそれらが、厨房のどこかにあるかもしれないと考えたハルカは一度食糧庫の外に出ようとした。


「ハルカ」

「わっ」

「何をしている」


 唐突に掛けられた声に、ハルカの口から思わず情けない声が漏れる。振り返ると、食糧庫の入口に立っていたのはアスカだった。食堂の灯りを背にした姿は、影になっていて表情はよく分からない。

 ハルカが呆けた口で「陛下」と驚きのままに呼ぶと、すたすたと中へと入ってくる。


「どうかしましたか」

「それは俺の台詞だ」

 

 アスカの訝しげな眼差しに、それもそうか、とハルカは薄く笑った。まさか国王に見つかるとは。別に悪いことはしていないし、ここではどんな誤魔化しも意味がないのでハルカは正直に答える。


「実は、食べたいものがあって。探していました」


 こんな時間にか、と言いたげにアスカの眉間の皺が深まる。王宮内はとっくに寝静まっているので、その疑問も当然である。

 浅く溜息を吐くと、アスカは食糧庫の中をぐるりと見渡した。

 

「見つかったのか」

「はい、多分。ただ、届かないので台か何かを探しているところです」

「……どこだ」


 あそこです、と指すハルカの指先を、アスカの視線が追う。食糧庫に付けられた魔導ランプが照らす大きな袋を見てあれかと頷いた。そして長い腕を伸ばすと、いとも簡単に米袋を持ち上げてどさりと音を立てさせて床へと降ろした。

 おお、とその長い腕と腕力にハルカが感心していると、アスカは無言でハルカに中を確認しろと促した。ハルカが足元に降ろされたものの中身を確認してみれば、確かに米。しかも精米された白米だ。あるとしても玄米を予想していたハルカは運が良いと喜んだ。

 ぱっと表情を綻ばせたハルカに、アスカは「合っていたか」と窺う。こくりと頷くハルカを、アスカは満足げに見下ろした。


「ありがとうございます」


 にこにこと笑うハルカに、アスカは構わないと返す。よいしょと声を上げながら米袋を抱えたハルカからそれを奪い取り、すたすたと食糧庫を出て行った。ハルカが国王に運ばせるなんて、と背中に声をかけるもその背は無視して行ってしまう。おそらく十キロくらいはある米袋だ。もちろん平均的な成人男性の力はあるハルカも運べるが、重くて大変なのは間違いない。アスカが運んでくれるならばいいか、とハルカはその背中を追いかけた。

 静まり返った厨房内の調理台に降ろされた米袋に、ハルカは改めてアスカに礼を言う。

 

「助かりました。ところで、陛下は何か御用でしたか」

「ああ、水を」


 遅くまで仕事をしていたアスカは、眠る前に水差しの水を汲みに来たのだった。従者に頼むこともあれば、気分転換がてらにこうして自分で足を運ぶこともある。そんなアスカが厨房の扉を開けたとき、食糧庫から漏れるうっすらとした灯りを不思議に思って覗き込んだのだった。

 そうでしたか、とハルカはアスカが持ってきていた水差しを受け取ろうとした。が、そのために伸ばした手はアスカによって拒否される。

 

「いや、いい」

「え?」

「お前はまだここにいるのだろう?」


 アスカの手がトントンと米袋を叩いた。

 こんな時間に、こんなものを探していた。それはつまり、昼間にはできないことをしようとしていたということ。お前は今から何かをここでするのだろう、これを使って。暗にそう言うアスカに、ハルカは眉を下げた。


「もう遅い時間ですよ」

「だから、それも俺の台詞だ。邪魔はしない」


 そう言って、アスカは適当な椅子を引き寄せてどかりと座った。長い足を優美に組み、背もたれにゆったりと背を預けてハルカを見つめる。深夜の奇行とも言えるハルカを咎めるつもりはないらしい。しかし、出ていく気もないようだ。

 アスカがそう言うならいいか、とハルカは諦めた。念のため、とアスカが持ってきた水差しに水を溜めて傍らに置いておく。お湯を沸かしながらアスカを振り返ると、軽く首を振られる。お茶はいらないという意味だ。王族をただ椅子に座らせて待たせるだなんて、と思うもこれもアスカが良いというなら良いのだろう。了解の意を込めて頷いたハルカは、お湯はそのままにして米袋へと向かい合った。


 閉じられている口を開いて、適当なカップで米粒を掬い取る。新米というわけではないだろうが、悪くもなってなさそうだ。いつ仕入れたものか聞いていないが、まさか王宮の食糧庫に食べられないものが入っているわけがない。整理整頓がきちんとされているということは、食糧の管理もきちんとされているということだ。適当な量を鍋に移し、水場でさっと洗うとコンロへと設置する。

 本当は米を浸水させた方がいいが、今日は時間がない。物は試しだし、まあ失敗しても良いか。ハルカはこういうときは思い切りが良い。というよりなんとか今日中に米を口にしたいという欲望に忠実である。

 水の量は、と現世での知識を思い出しながら、水を鍋に注いで蓋をして火を点けた。多少硬くなっても柔らかくなっても、どうとでもなるだろう。あとは火加減に気を付けさえすれば、放置でよかったはずだ。

 いまだ魔法を上手に使えないハルカは、魔道具に備え付けられている中火のボタンを押した。ぼっと火が上がり、鍋の底を彩る。


「……それは、何をしてるんだ」


 ここまで黙ってハルカを眺めていたアスカがゆっくりと口を開いた。

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