16. 魔物肉での料理
厨房にドンと置かれたオーク肉。見た目は立派な豚肉そのものだ。脂身が多めかもしれない。こんな肉の塊はなかなか見ないな、とハルカは物珍しげに眺めていた。高級な焼き肉屋の入口にある冷蔵ケースの中にある肉塊、あれに似ている。
さて、これをどう調理するか。おそらく、この肉質とあの見た目から、豚のような味であろうことは予想できる。しかし本当にそうかは分からない。まずは、食べてみなければ。
「よし」
包丁をすっと滑らせて、薄く削ぎ落とす。何枚かそうしてから、熱したフライパンに乗せた。じんわりと脂が溶けて、ぱちぱちと跳ねる。薄桃色から、見慣れた焼き色に変われば良い頃合いだろう。
「ん、美味い」
オークの肉は、予想通り豚肉のような味わいだった。脂が甘く、口の中で蕩ける。しかし、肉質はやや硬めか。筋肉質そうなあの見た目であれば、と森の中での遭遇を思い出してみたもののすぐにやめた。どう見ても魔物ではあったが、人間に近い体躯で二本足で立っていた姿を想像すると食欲がなくなる気がしたからだ。見慣れれば気にならなくなるのだろうけれど、と思うも今は無理そうだ。
そうは言っても味は美味しい。気を取り直して、もう一枚を口に運びもぐもぐと咀嚼をしながら、ハルカは考える。やはり噛み切るのには時間がかかる。味が良いから多少硬くても気にはならないが、せっかくなのでさらに美味しく食べたいところ。
少し硬めの豚肉でも、柔らかく食べられる料理は。
(生姜焼き、かな)
豚肉と言えば、の家庭料理。甘じょっぱい味と生姜の風味は、きっとこの世界でも受け入れられるはずだ。照り焼きチキンでの実績があるから、醤油と砂糖で作るタレの味は問題ないだろう。食べやすい薄切り肉で作ることができ、さらには生姜の力によって肉も柔らかく仕上げられる。
よーし、と腕まくりをしながら、ハルカは早速料理に取り掛かった。
オークの肉塊を薄くスライスしていく。塊が大きいから、一枚のサイズもかなり大きい。その分、硬くなりがちだろうからできるかぎり薄く切っていく。ところどころ分厚くなってしまうのは、ご愛敬だ。
筋っぽいところは適当に削いだり切り込みを入れたりしつつ、オーク肉のスライスをたっぷりと切り終わると、今度は生姜をすり下ろしていく。
生姜焼きの作り方は大きく二つの流派に分かれる。生姜を下漬けするか、タレだけに入れるかだ。焼いてからタレで絡めるだけでも十分に美味しいし、普段はこちらの作り方をとるが、今回は前者の方法でいく。硬くなってしまう肉を柔らかくしてくれるからだ。
この国の生姜は、どちらかといえば薬として使われることが多いらしい。確かに、元の世界でも漢方なんかに使われていた。生姜が食べられることは分かっていたようだが、美味しく調理する方法は広まっていない。ハルカが生姜を一生懸命に下ろしていると、「料理に使うのか?」と厨房にいた料理人たちは興味深げに覗き込んできていた。
絞った生姜に肉を漬けこんでいる間に、タレの準備もしておく。醤油と砂糖を適当に混ぜ合わせるだけだからすぐにできあがった。
手の空いている料理人たちにはパンを温めるようにお願いした。生姜焼きには白ご飯が欲しいところだが、残念ながらこの世界ではまだ見たことがない。醤油なんかがある世界だから、米もありそうなものなのだが。
(生姜焼きと言えば)
アレも忘れてはいけない。ハルカは目当ての食材を探しに食糧倉庫へと向かった。
王宮の厨房では、王族をはじめとした王宮内にいる人間すべての食事を三食作っている。そのため、一日に必要な食材の量も大量である。毎朝、指定の業者が野菜や肉などを運び込んできて、倉庫に保管している。業者が持ってくる食材は、こちら側が指定したものと商人のオススメのものがあり、ハルカも時々品定めに顔を合わせることがあった。
そしてちょうど昨日の朝、新鮮なそれが入荷していたので多めに仕入れていたのだ。こうして役立つとは思っていなかったが、ラッキーと言うべきだろう。
「これこれ」
「ハルカ、何か手伝えることはあるか」
ハルカの背中に声がかかった。声の主を想像しながら振り返ると、予想通りの赤髪。料理長のジャックは、ハルカの手に持つものを見て、ひょいひょいとそれを受け取る。
「昨日仕入れていたキャベツを使うんだな。いくつだ?」
「そうですね、たくさんだと思います」
「分かった」
ジャックはその大きな身体に見合った長い腕を活かして、大玉のキャベツを五つほど抱えて厨房へと戻っていく。ハルカもキャベツを三つ抱えてその背中を追う。
作業台の上にゴロゴロと置いたキャベツの一つを手に取って、手際よく千切りにしていくハルカの姿に、ジャックは感心しきりだ。
「なるほど。こうすると、生でも食べやすそうだな」
キャベツはこれまでもスープの具材なんかに使ってきているが、ハルカが生で調理するのは今日が初めてだ。ジャックは過去にサラダにしたことはあるらしいが、味付けもない上に食べにくいということで不評だったそう。
「今日のメニューには欠かせないんですよ。たっぷりいるんで、皆さんで手分けしてもらえますか?」
任せろ、とジャックが言うと、手の空いた料理人たちがすぐに作業に取り掛かる。初めは太さがバラバラになるのは仕方がないだろう。しかしこれだけの量を千切りにしていけば、嫌でも上達していく。彼らもこの王宮に勤める料理人である、その能力は高い者たちばかりだ。
トントントン、と小気味いい音を立てながらハルカはキャベツの千切りを量産していく。元の世界で自炊をしていたときにも時々こうしてキャベツの千切りを作ることはあったが、すでに綺麗に切られてパック詰めされてあものを買うことも多かった。あれは便利だったなあ、としみじみと思い出すハルカは、自分が切り終えた大量のキャベツを見てふと動きを止めた。
「どうかしたか? 怪我か?」
よどみなく作業をしていたハルカの手が止まったことに、ジャックが心配したように声をかける。まったく問題ない、と怪我一つない手をひらひらとして見せれば、ジャックは安心したように自分の作業へと戻っていく。
(なんだか、前より早い……? しかも綺麗に切れているような)
細い幅を均等に保たれたキャベツの千切り。以前はもっと太さがバラバラとしていた気がする。それに包丁捌きが早くなっているようだ。
(これが、スキルの効果なのかな)
料理の手際がやや良くなる。他の作業では認識できたことがなかったことからも分かるように、極めて分かりにくい、あってもなくても大差はないような料理スキルの向上具合である。もっとスキルレベルが上がればいろいろとできるようになるのかもしれないが、今のところその予兆はない。どうすればスキルのレベルが上がるのかも分からない。次の講義でイエディに聞いてみよう、とハルカは頭の片隅にメモしておく。
そうは言っても、ないよりはある方がいい。あっても困らないし、いつもより早く綺麗にできれば楽ができる。
(ま、いいか)
銀色の大きなボウルにどんどんとキャベツの千切りが積まれていく。それを横目に、いつもより早く自分の分のキャベツを切り終えたハルカはフライパンに火を付けた。
軽く油を引き、生姜汁に漬けておいた肉を一枚ずつフライパンに並べていく。じゅうじゅうと脂が溶けて焼けていく匂いはなんとも食欲をそそる。薄く切っておいたから、火の通りは早い。さっと両面に焼き目が付けば、あとはタレを絡めれば完成だ。
平皿にキャベツの千切りを添えて、生姜焼きを盛る。見た目は完璧。温めておいたパンと、料理人たちが作ってくれていたスープを用意して。今日は玉ねぎのスープだ。ハルカが前に教えたメニューだが、しっかりと料理人たちの身についている。
「よし、できた」
ハルカの声に、おお~と料理人たちの歓声が上がる。いつものように王族たちの分、自分とアッシュの分を取り分けて、あとはどうぞと言うと歓声はさらに大きくなった。
(味見しておこうかな)
生姜焼き自体は何度も作ったことはあってもオークの生姜焼きはない。豚肉と似ているから問題はないはずと踏んでいるが、念のため。
ほかほかと湯気が上がる生姜焼きを一枚持ち上げると、とろりと茶色のタレが垂れる。頬張ればじゅわっと脂が溶けだし、タレの味と絡んで大変美味だ。硬さが気になっていたが、生姜に付けたおかげか薄くスライスしたおかげか、まったく問題ない。キャベツと一緒に食べればなお美味しい。これは。
(米が欲しくなるなあ)
今度、食糧庫を探してみよう。ハルカは決意した。
白飯にぴったりだとは思うが、パンにも合わないわけでないだろうから大丈夫だろう。ハルカは自信を持って王族たちの待つ食堂へと向かった。
「……美味い」
勢いが衰えることなく、二度おかわりしたアスカは小さく溢した。この前の照り焼きチキンのときから思っていたが、アスカはこういう肉料理を好む。
「肉だけでいいんだけどなぁ……」
などとブツブツと呟きながら、トウリは添えられたキャベツを肉と一緒に口にして、カッと目を見開いた。たっぷりと盛ったキャベツを一生懸命掻きこむ様子に、ハルカはうんうんと頷いた。生姜焼きにキャベツの千切りは欠かせないというのは日本人の共通認識だろう。
豚の生姜焼きには、好みではあるがマヨネーズが添えられていることも多い。昼間のサンドイッチの際にたっぷりと作ったマヨネーズの余りを盛りつけてある。
「このまよねーずをつけても美味しいですねぇ」
ほのほのと微笑むブロンドのイケメンが、豚の生姜焼きにマヨネーズをつけている姿はなんともちぐはぐだ。エミーレも同意しながら、金髪美男美女はうふふと笑っている。
(今回の料理も気に入ってくれたようで良かった)
森の散歩も楽しかったし、初めての魔物との遭遇からも無事に帰ることができた。魔物が食べられることを知り、美味しく調理することもできた。
この世界にも慣れてきたな、とハルカはゆるりと瞳を溶かして微笑んだ。




