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12. パンケーキ

 王宮のキッチンはちょうど休憩時間のようで、閑散としていた。ちょうどいい、とハルカは端のコンロを陣取った。ハルカに付き添っているのはアッシュだけだ。

 ハルカが勉強している間は他の執事業をこなしたり、ハルカたちのために紅茶を準備したりしていたアッシュは、厨房へ行くというハルカに自らついて行くと手を上げた。他に忙しければ無理しなくてもいい、というハルカの遠慮をばっさりと切り捨てて。

 ハルカとしても、いてくれれば助かることは間違いないので強く拒否することはないが、執事見習いとして忙しいはずであり申し訳ないなあとアッシュの表情を覗けば、ほんのりと嬉しそうな色が見えたので黙っておくことにした。

 もちろんついて来ようとしたイエディを宥めすかして、部屋に置いてきた。イエディが来ればきっとややこしいことになるからだ。


「その、ぱんけーき、というのはこれだけで作れるんですか?」


 ハルカが用意した材料を見て、アッシュは驚いたように口にした。

 卵、牛乳、小麦粉、砂糖。ごくシンプルなレシピだ。ベーキングパウダーがないから少し手間がかかるのが難点だが。

 用意したボウルにぱかりと卵を割り、卵黄と卵白に分けながらハルカは返事をする。


「うん、簡単だよ。アッシュ君にも少し手伝ってもらいたいんだけど、いいかな」

「はい。もちろんです」

「アッシュ君は水魔法が得意なんだよね」

「はい」

「これ、掻き混ぜることってできそう?」


 はい、とハルカが手渡したのは、卵黄と砂糖が入れられたボウルだ。こう、泡立てるように、とハルカが手をぐるぐるとさせる。

 アッシュは頭の上にはてなマークを飛ばしながら、おずおずとボウルの上に手を翳した。ぐるり、と卵液が円を描く。徐々にスピードを上げていくと、砂糖と均一に混ざりもったりとした感触になってくる。


「そうそう、すごい」

「……」


 隣で手をパチパチと鳴らして喜ぶハルカを横目に見たアッシュは、頬をうっすらと染めた。大それた魔法ではないものの、仕える主人の助けとなり喜んでくれるならばそれ以上のことはない。

 もう少し、白っぽくなるまでお願いできるかな。ハルカに命令されればアッシュに拒否権はないのだが、こうしてお願いとして言われた方が気分は良い。アッシュはこくりと頷いて、また少し掻き混ぜる速度を上げた。


「……?」


 カシャカシャカシャ、と聞き慣れない音に、アッシュはふと顔を上げた。慣れない作業のため随分と集中していたらしい。ボウルの中は白っぽく、もたりとしたものに変わっている。魔力を流すのを止めたアッシュは、ハルカの元へと歩み寄った。


「ハルカ様、こちらでよろしいでしょうか」

「はあっ、うん、ばっちりだよ、はぁ、ありがとう……ッ」

「……次はそれをやります」

「はぁ、ん、あ、そうか。これも魔法でできるのか……。ごめんね、お願いしていい?」


 息を切らすハルカが抱えていたのは、卵白と砂糖を入れたボウルだ。ガシャガシャと音を立てながら泡だて器で掻き混ぜていたが、大きな気泡がばらばらと浮かんでいるだけである。手作業でメレンゲを作るのは骨が折れる、とハルカは元の世界の便利な道具を思い出して懐かしんだ。

 これも魔法でできるというアッシュにボウルを渡して、ハルカはふうと息を吐いた。


「……こういう感じで良いでしょうか」


 アッシュがボウルに手を翳すと、みるみるうちにふんわりとしたメレンゲができあがっていく。


「うんうん、良い感じ。魔法って便利だなぁ」


 額を拭いながらほのほのとハルカは笑う。

 アッシュが卵白を泡立てている間に、ハルカは次の作業に取りかかった。卵黄に牛乳を混ぜ、それから小麦粉をふるい入れる。ざっくりと混ぜ合わせていると、アッシュから完成の声がかかった。

 あっというまにできあがったメレンゲをお礼の言葉とともに受け取り、先程のボウルに何回かに分けて混ぜ加えれば、クリーム色のなめらかな生地ができあがった。


「アッシュ君のおかげですごく助かったよ」

「いえ」

「あとは焼くだけだからね」


 温めたフライパンを濡れた布巾で冷ましてから、生地を丸く落とす。ちなみに、ハルカがおもむろに布巾の上に熱したフライパンを置くとジュウウと熱気が上がったので、アッシュは咄嗟にハルカを庇った。大丈夫だよ、と言われてもしばらく警戒を解かなかったアッシュに、可愛いという感想を抱いたことをハルカは胸にしまってある。

 生地の表面が乾いて、ぷつぷつと小さな穴が開き始めたら、ひっくり返す合図だ。この見た目、ちょっと気持ち悪いんだよな、と思いながらハルカはくるりとパンケーキをひっくり返した。裏面も数分焼けば、完成だ。

 ふんわりと甘い香りを漂わせる、綺麗なきつね色で焼けたパンケーキ。アッシュがちらちらと見ていることにハルカは気付いているがが、知らないフリをしておく。

 さくさくとパンケーキを焼いて、皿に盛っていく。生地を全部焼き終わるころには、アッシュが片付けを済ましてくれていた。


「ありがとう、アッシュ君」

「いえ」

「アッシュ君も食べるよね」

「!」


 ぱっと顔を輝かせたアッシュにハルカはにこにこと笑顔で返した。

 

「人数分のカトラリーを持って、部屋に戻ろう」

「はい」





「これが、ぱんけぇきというものなんですね!」

「バターと、蜂蜜をお好みでかけてお召し上がりください」


 イエディの前にパンケーキを一枚乗せたお皿を差し出し、テーブルにバターと蜂蜜も準備しておく。

 お供には、ハルカとアッシュがいない間にイエディの世話をしていたエドワードが用意した紅茶。綺麗な装飾が施されたティーポットは、王宮にあるにふさわしい。白いティーカップの中には透き通った琥珀色。香り立つ湯気ですら上品だ。

 これは最高のティータイムだな、とハルカはゆったりと微笑んだ。

 

「ん! これは絶品ですねぇ」

「お粗末さまです」

「皆も、温かいうちに食べてください。ハルカのパンケーキ、とっても美味しいですよ」


 普通は、従者や一般市民が王族と食卓を共にすることはありえない。とはいっても、ここはハルカの部屋であり、これは食事ではなく間食。イエディが良しと言えば、咎めるものはいない。

 イエディが座る向かいのソファに、エドワードとアッシュが腰をかける。ハルカは二人の前にパンケーキを置いた。


「ぜひ、どうぞ」


 ほんのりと温もりを持つパンケーキに、アッシュの瞳はキラキラと輝いている。ポーカーフェイスなエドワードは、あからさまに喜んだ姿は見せないもののどこか嬉しそうである。手ずから淹れた紅茶を啜ってから、フォークとナイフを手に取った。


「ほう、これは美味ですね」


 老紳士が上品にパンケーキを食べる姿は、洋画の中のワンシーンのようだ。とろりと蜂蜜をかけ、さらに一口運ぶエドワードに、ハルカは満足気に頷いた。

 その隣で、アッシュが黙々とフォークとナイフを動かし続けている。蜂蜜をたっぷりとかけていることから、どうやらアッシュは甘党らしい。無表情のままではあるが、瞳の輝きと蒸気した頬から、とても喜んでいることが伝わる。


「アッシュ君、どう? 君が手伝ってくれたパンケーキ」

「……っ、とても美味しいです」

「よかった」


 ハルカはふわりと微笑んだ。可愛い弟ができたよだと、うんうんと頷くハルカは、空いているイエディの隣へと座った。

 エドワードが用意してくれた紅茶をポットから注ぎ、その香りを楽しむ。紅茶に明るいわけではないが、これが極上の一杯であることは分かる。王宮にある最高級の茶葉を、王宮にいる最上位の執事が淹れたのだ。 当然のごとく、美味である。

 パンケーキはと言えば、ふんわりとした食感と甘やかな香りが良く、じんわりと腹を満たしていく。バターを溶かしながら、蜂蜜をたっぷりと付けると疲れた脳に糖分が染み込む。


「は~、美味しい」

「ハルカ、もう少し食べたいです」


 隣のイエディの皿の上は、すっかりと綺麗になっていた。パンケーキの欠片も落ちていないのは、さすがというべきか。イエディはにこにこと上機嫌でティーカップを手にしている。

 おかわり自体はある。しかし、とハルカはちらりとエドワードを見た。


「イエディ様。お気持ちは分かりますが、夕食が入らなくなってしまいますよ」


 口元を拭いながら、エドワードは窘めるように言った。イエディは子供のように頬を膨らませ、エドワードをじとりと睨んだ。

 

「別に私がそれで構わないですけど」

「夕食もハルカ様に作っていただくんでしょう。よろしいのですか?」

「う……っ」


 イエディは、放っておくとまともに食事を摂らない。先ほど聞いたエドワードの小言を思い返しながらハルカはくすりと笑った。


「気に入っていただけて嬉しいです。が、夕食はきちんと食べていただきたいので」

「ええ……。こんなに美味しい甘味なのに……。でもハルカの料理も食べたいですから、仕方ありませんね……」

「ふふ」


 あからさまにしょんぼりとした顔。耳と尻尾が付いていれば可哀そうなほどにへしょげているであろう。

 残念です、と溢すイエディに、ハルカはまた今度作ることを約束した。絶対ですよと念押しをするイエディの圧は強く、ハルカは一歩後ずさるほどだった。

 

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