11. 魔力を使うと腹が減る
午後は魔法についての講義の時間だ。ハルカはわくわくとした心を抑えながら椅子に座っている。講師はとしてハルカの前に立っているのは。
「まずは、基本の四属性の話からしましょうか。ハルカの世界には魔法は一切ないんですよね」
窓から差し込む陽の光を浴び、一種の荘厳さすら感じさせる空気を纏う青年。魔導士の頂点に立つイエディである。いつもの深緑のローブは椅子に掛けられており、襟に繊細な刺繍が施された仕立ての良い純白のブラウスがその身を包んでいる。
魔導士としてトップの実力を持ち、なおかつ国王の兄という立場だ。魔法の基本を教える講師としてはあまりにも贅沢だが、イエディたっての希望ということなので仕方がない。一応、ハルカも抵抗を示してみたが、何の効力も発揮しなかった。
ブロンドを細い紐で一つ括りにし、前に流したイエディはさすが王族という気品溢れる姿だ。そんなイエディからの問いかけに、ハルカはこくりと頷いた。
「魔法がない世界でどのように生活するのか、とても興味があります」
また聞かせてくださいね、と笑うイエディの背景には常に白い薔薇が咲いている幻覚が見える。眩しい気がする、とハルカが目を細めると、イエディは不思議そうに首を傾げた。
魔法がない世界から来たハルカに向けて、この世界に生きる人間にとっては常識、それは息を吸って吐くことと同じことのように至極当然であり自然な基本的な事項からイエディは説明を始めた。
「魔力量には個人差がありますが、基本的に全員が魔力を持っています。魔力が一切ないという人間は、いないとは言いませんがほとんど見ません。一切使えない、というのは時々いますけどね。そんな魔力の基本四属性は、火、水、風、土です。普通の人はこのうちのどれか一つが使えます。魔力量が多かったり、能力が高かったりすると複数属性が使えることもあります」
ほうほう、とイエディの説明を聞きながら、ハルカは思い出す。厨房でフィルが使ってみせたあれば風魔法だったはずだ。彼は風魔法が得意ということだろう。厨房内のコンロで火の調節をしていた料理人は、火魔法が得意だということか。
私はすべての属性を使えます。そう言ってにっこりと笑うイエディに、ハルカはさもありなんと納得する。イエディは、王族でありながら王位に就くことよりも魔導士として生きることを選んだ男、選ぶことを許された男である。よほど優秀であるということなのは容易に想像がつく。
この世界でもっとも魔法に優れている存在は「賢者」と呼ばれる。賢者は、一時代に一人しか存在しない。今、この世界で賢者と呼ばれる人間はいないらしいが、イエディがもっとも近いと言われている。イエディの現在の立場である「魔導士」も、この世界では一握りのエリートだ。
大なり小なり魔力を持ち、誰でも基本属性のどれかは使えるこの世界で、少し魔法が得意な人間は「魔術師」と呼ばれている。街中でちょっとした魔法で人々の生活を助けたり、狩りなどで魔法を使ったり、魔道具を作ったりして生計を立てていることが多い。魔法を主な攻撃方法として冒険者をしている者のことは、「魔法使い」と呼ばれる。魔術師と魔法使いに明確な違いはないが、自称と他称で区別されている。魔術師と名乗れば魔術師だし、魔法使いと名乗れば魔法使いだ。
それぞれの四属性には上位属性が存在するが、この上位属性が使えるのもごく一部の者のみ。さらに治癒や浄化ができる白魔法と呪詛などができる黒魔法が存在し、これも上位魔法と同様かそれ以上に極めてレアな魔法だ。
上位魔法である炎、氷、雷、植物の魔法や白魔法黒魔法が使える人間は、宮廷お抱えの魔導士に選抜される。他には、膨大な魔力を持つ者や魔法のセンスが良い者の中から、試験を突破した者が宮廷魔導士となり、魔導宮にて日夜研究に勤しむ。
「ちょうどここから……、ほら、あの宮ですよ」
イエディが窓の先を指さした。真っ白な壁に、翡翠色の丸い屋根を被った塔がいくつも並び立つ大きな館。ところどころの窓が開いており、チカ、チカ、と眩い光が見える。あれは、何かの魔法を使っているのだろうか。
私の部屋はあそこです。イエディが綺麗な指先を向けたのはもっとも高い塔の先端。行き来するのが面倒なのであまり居ませんが、と言うからには、この王宮にも自室を持っているのだろう。
あそこに国中の選りすぐりの魔導士たちが集まっていると思うと、荘厳な空気を纏っているように見える。
「この世界には、魔法のほかにもスキルがあります。昨日も説明しましたが、ハルカは鑑定のスキル持ちです。珍しいんですよ」
魔法とは別に、個人の能力が際立つ力をスキルと呼ぶ。一般的なスキルとして『身体強化』がある。脚力や腕力など、文字通り身体強化ができるスキルだ。このスキルを活かして冒険者や騎士になる者もいる。鑑定のスキルを持つものは、商人や鑑定士になることが多いらしい。他にも様々なスキルが存在し、その種類は多種多様である。
「……おや、ハルカ。あなた、鑑定以外にもスキルを持っていますよ」
「え!?」
ふふ、とイエディは軽やかに笑う。自分に大した能力なんてないと思っていたが。自分で鑑定してみなさい、というイエディの教えに従って、ハルカは自分自身を鑑定してみた。
(自分のことを鑑定もできるのか)
そういえば、ラノベではそういう設定の物語もあったか。ハルカは目を閉じて、フッと息を吐いた。自身の内側を暴こうと意識を集中させる。
ブゥン、という音ととも瞼を開くと、目の前に電子画面が現れていた。はっきりと見えるこれが、他人には見えないのは不思議だ。
画面の上部には、名前や誕生日、身分などの人の基本情報が載っている。その下に、魔力量や使える魔法の属性。さらにスキルの欄がある。
ハルカの魔力量は、イエディ曰く一般人よりも多いらしいが、数字で表されたそれが多いのか少ないのかがハルカには分からなかった。属性が書かれているはずのところは空欄だ。魔法は使えないのかもしれない。練習してどうにかなるものなのだろうか。
そして、その下に目を向けるとスキルの欄がある。鑑定と、その隣には。
「……料理人?」
「昨日、来たばかりのときに鑑定したときには見えなかったので、こちらで料理をしたことで発現したスキルなのでしょうね」
料理人、と書かれたところに意識を向けると、小さな説明画面がポップアップした。
『スキル:料理人。料理の手際が良くなる』
「料理人なんてスキルがあるんですね」
「ええ、街のレストランのコックなんかも、このスキル持ちが多いですね。もちろん、ここの料理人たちの中にもいますよ。スキルにもレベルがあるので、レベルが上がればもっといろいろなことができるようになるはずです」
「は~……、俺が料理人……。俺、他の魔法は使えないみたいでしたが……」
「そうですね、練習してみましょうか。合った属性が見つかれば、使えるようになると思いますよ。ハルカは魔力量は十分なので」
座学ばかりはつまらないでしょう。イエディの提案により、残りの時間は実践訓練をすることになった。
とは言っても、ハルカは一切魔法を使えない、使い方が分からないため、まずか魔力をコントロールする練習からだ。
イエディの解説を聞きながら、自分の中の魔力を探る。体中を血液のように巡る魔力。魔力を掴むコツなどをイエディが細かく助言するも、ハルカにとっては未知の世界である。体内に流れる血液だって気にしたことはない。
うんうんと唸りながらしばらく眉間に皺を寄せていると、ふっと温かな流れのようなものが体内にあることに気付いた。ぱっと顔を上げると、ハルカの額の辺りにイエディの手のひらが翳されていた。
「わかりましたか?」
「はい、なんだか急に……」
「ふふ、少し手助けしました」
イエディの手が、褒めるようにハルカの前髪を撫でてから離れていく。すうっと温かな感触が遠ざかるが、ハルカは慌てて忘れないように意識を集中させた。一度自覚してしまえば、意外とすぐに身体に馴染んだ。
魔力が掴めたら、次は魔法として体外に出す練習である。ハルカはイエディが見本で見せてくれるものを、見様見真似でやってみる。手のひらの上に小さな火や水球を出したり、風を起こしたり。基本の四属性は一つずつ試していく。
土魔法はあまりここでは使えません、と言うイエディ曰く、土魔法は地面を隆起させたり壁を作ったりといった大規模な魔法が主流らしい。
ハルカは魔力量が多いですからね、土魔法についてはまた外で練習してみましょう、とイエディが言うころには、午後の太陽が緩やかに傾いていた。
「はぁっ……、疲れた……」
ぼすん、とふかふかな座面に身を預け、ハルカは疲労混じりの溜息を吐いた。魔力を消費するのは、かなり身体に堪える。魔力量が多いハルカだが、慣れない魔法のため魔力量を上手くコントロールすることができず無駄に消費してしまう。
「うん、筋は悪くないですよ」
「ええ、何もちゃんとできなかったですが……」
魔力を無駄遣いし、疲労をたっぷりと溜めたにもかかわらず、ハルカは火も水も風もいずれの魔法も使うことはできなかった。手のひらの上に作った小さな火はすぐにプスンと音を立てて消えた。水球も、手のひらと床をびしゃびしゃに濡らす結果に。風に至っては、毛先をほんの少し揺らすだけの、気付かないほどのささやかな微風しか吹かせられなかった。
「元々魔力に馴染みがないのですから、当然です。火や水を出せただけでもかなり良いんじゃないでしょうか」
「まあ、たしかに……」
元の世界では、あり得なかった力である。手のひらから火や水が出ただけで、大ニュースどころかどこかの研究機関に連れていかれることだろう。異世界に来たもののチート能力を授かっていないならば、すぐに魔法を使いこなせるなんてことにもならないのだろう。
地道に練習するしかないかあ、とハルカがソファに脱力すると、ぐうと腹の虫が鳴いた。
「……」
「魔力を使いましたからね」
ハルカの隣に礼儀良く座り、くすくすと笑みを零すイエディに、ハルカは恥ずかしくなって身体を起こした。
時刻はおよそ十五時。ちょうどおやつの時間というわけだ。昼食は正直に言ってしまえば物足りないものであったし、魔力を消費したせいで身体と脳がエネルギーを求めている。
「この世界には、甘味などはありますか?」
「ええ。果物と、その蜜漬けがありますよ」
「他には?」
「街には、なにやら小麦を練った甘い菓子があります。お腹を満たすには十分なようですが、王宮ではあまり出ません」
あまり、美味しくないのです。イエディが続けた言葉に、ハルカは驚愕した。この食事にあまり頓着がないらしいイエディが、味にこだわりのない料理文化しかないこの国の人間が、美味しくないと言うからには、相当なのだろう。
つまり、この世界の甘味と言えばフルーツしかないということだ。王宮で出る野菜を鑑みるに、味は良さそうだが。
「うーん」
「蜜漬け、持ってきましょうか?」
「あ、いや……」
「?」
「おやつ、作ってもいいですか?」




