8 鈴
すると彼女が素直に首肯く。それで、わたしも立ち上がる。怖いという感情はまだ勝るが、ここは一つ踏ん張らないと……。だから気合を入れて立ち向かう。すると、わたしのために、と彼女が言い、まあ、あなたはわたしだからね、とわたしが答える、
改めて和室を見まわすとずいぶん旧い。旧いが綺麗で表情が優しい。桐の箪笥は長い年月を過ごした親戚のお婆さんのようで、凛々しくもあり、可愛くもあり。
そういえば思い出したけど、きみは可愛いお婆さんになるだろう、と口説いた男がわたしにはいるわ。
そうなの、ふうん、でもそれって嬉しいの。
まあ、あなたの歳ではわからないかもね。
会話のその辺りで鈴がリンと鳴る。それで、確かめなくちゃね、と彼女とわたしが互いに顔を見合わせ、首肯き合う。ついで彼女の右手がわたしの左手に結ばれる。子供だから温かいはずだが、何故か、ひんやりと冷たい手だ。それでわたしがビクリとする。すると、自分が子供だった頃のことを覚えてないの、と彼女が怒る。顔に憤慨の色を浮かべつつ……。だからわたしも、そういえば低体温だったっけ、と思い出す。それから、ポッチャリしているのに不思議よね、と付け加える。すると彼女の憤慨が憤怒に変わる。どうやら、触れてはいけないことだったようだ。
どうして、あなたは忘れていられるのよ。
心配しなくても大丈夫よ、すぐに痩せてほっそりするから。
でも、それはあなたの経験でしょ。
だって、あなたはわたしなんでしょ。
まあ、そうだけど、いろいろとあるのよ。
それだけを言うと彼女が黙る。それでわたしも口を噤む。ついで互いにまた顔を見合わせ、ウン、ウン、と首肯き合う。準備万端、鬼でも蛇でも出るが良い。すると、その辺りで鈴がまたリンと鳴る。考えてみれば、ずいぶん間遠い、そんな感じ。けれどもドン・ジャガ・チンと合奏が騒がしいのは新興宗教の一派だったかと思い直す。古代仏教にまで遡れば知らないが、大抵の場合、鈴の音と騒がしさとではベクトルが逆。
それから、いっせーのーせーっ、で襖を開ける。白くて鶴も亀も描かれていない襖を二人で……。けれども襖を開けた先、六畳の和室には誰もいない。人がいたという気配すらない。探すと仏壇があり、旧い箪笥の上に据え付けてある。そんな高いところにと思うかもしれないが、神棚と同じで壁から生えているというか、仏壇が箱型なので天井から釣り下がっているというか。
わたしの実家の仏壇も、確かそんな造りだったはずだ。他の家の仏壇の造りを気にしたことはないが、珍しい造りなのだろうか。
しばらく待つがリンという鈴の音は聞こえない。彼女とわたしが部屋に入ると、すぐ途絶えてしまう。まるで鈴の音など初めからなかったというように……。そもそもの初めから人など誰もいなかったというように……。
いないわね。
そうね。
彼女と二人、互いに人の気配のなさを確認する。
じゃあ、いったい何だったのかしら。
さあ、それはわたしにもわからないわ。
それから少し間があり、
あのさあ……。
うん、どうした。
鳴らしてみたい。
鈴を……。
そう。
いいけど、でもあなたの背じゃ届かないわね、じゃあ仕方がない、よっこいしょっと……。
それで、わたしが彼女を抱える。抱え、上げ、安定させ、鈴を鳴らせるように一歩前に出る。
案外、重いわね。
煩いわね、余計なことを言わないの、で、この金の棒で叩けばいいのね。
名前は鈴棒よ、撥とか棓とかとも呼ぶみたいだけど……。
物知りなのね。
そんなことないけど知らないと買えないじゃない。
自分の家に仏壇があるとか。
違うわよ、熱心な知り合いが一式揃えるというんで買物を付き合っただけ。
マメな人ね。
だって、そんなことでもなけりゃ仏具屋なんて行かないじゃない。
好奇心旺盛なのね。
よく言えばね、でもただの知りたがりかな。
それで男の子の性器を引っ張った。
あなたの歳より幼い頃よ。
知ってるわ、だってわたしも引っ張ったから……。
ああ、そこは同じなんだ。
だって、わたしはあなたですから。
入れてみたいとは思わなかった。
それはないわね。
ほんの少しでも……。
だってアレがアソコに入るだなんて考えてもみなかったから。
確かにそうだ。
じゃ、鳴らすわよ。
ええ、どうぞ。
リン リン リン