表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

8 鈴

 すると彼女が素直に首肯く。それで、わたしも立ち上がる。怖いという感情はまだ勝るが、ここは一つ踏ん張らないと……。だから気合を入れて立ち向かう。すると、わたしのために、と彼女が言い、まあ、あなたはわたしだからね、とわたしが答える、

 改めて和室を見まわすとずいぶん旧い。旧いが綺麗で表情が優しい。桐の箪笥は長い年月を過ごした親戚のお婆さんのようで、凛々しくもあり、可愛くもあり。

 そういえば思い出したけど、きみは可愛いお婆さんになるだろう、と口説いた男がわたしにはいるわ。

 そうなの、ふうん、でもそれって嬉しいの。

 まあ、あなたの歳ではわからないかもね。

 会話のその辺りで鈴がリンと鳴る。それで、確かめなくちゃね、と彼女とわたしが互いに顔を見合わせ、首肯き合う。ついで彼女の右手がわたしの左手に結ばれる。子供だから温かいはずだが、何故か、ひんやりと冷たい手だ。それでわたしがビクリとする。すると、自分が子供だった頃のことを覚えてないの、と彼女が怒る。顔に憤慨の色を浮かべつつ……。だからわたしも、そういえば低体温だったっけ、と思い出す。それから、ポッチャリしているのに不思議よね、と付け加える。すると彼女の憤慨が憤怒に変わる。どうやら、触れてはいけないことだったようだ。

 どうして、あなたは忘れていられるのよ。

 心配しなくても大丈夫よ、すぐに痩せてほっそりするから。

 でも、それはあなたの経験でしょ。

 だって、あなたはわたしなんでしょ。

 まあ、そうだけど、いろいろとあるのよ。

 それだけを言うと彼女が黙る。それでわたしも口を噤む。ついで互いにまた顔を見合わせ、ウン、ウン、と首肯き合う。準備万端、鬼でも蛇でも出るが良い。すると、その辺りで鈴がまたリンと鳴る。考えてみれば、ずいぶん間遠い、そんな感じ。けれどもドン・ジャガ・チンと合奏が騒がしいのは新興宗教の一派だったかと思い直す。古代仏教にまで遡れば知らないが、大抵の場合、鈴の音と騒がしさとではベクトルが逆。

 それから、いっせーのーせーっ、で襖を開ける。白くて鶴も亀も描かれていない襖を二人で……。けれども襖を開けた先、六畳の和室には誰もいない。人がいたという気配すらない。探すと仏壇があり、旧い箪笥の上に据え付けてある。そんな高いところにと思うかもしれないが、神棚と同じで壁から生えているというか、仏壇が箱型なので天井から釣り下がっているというか。

 わたしの実家の仏壇も、確かそんな造りだったはずだ。他の家の仏壇の造りを気にしたことはないが、珍しい造りなのだろうか。

 しばらく待つがリンという鈴の音は聞こえない。彼女とわたしが部屋に入ると、すぐ途絶えてしまう。まるで鈴の音など初めからなかったというように……。そもそもの初めから人など誰もいなかったというように……。

 いないわね。

 そうね。

 彼女と二人、互いに人の気配のなさを確認する。

 じゃあ、いったい何だったのかしら。

 さあ、それはわたしにもわからないわ。

 それから少し間があり、

 あのさあ……。

 うん、どうした。

 鳴らしてみたい。

 鈴を……。

 そう。

 いいけど、でもあなたの背じゃ届かないわね、じゃあ仕方がない、よっこいしょっと……。

 それで、わたしが彼女を抱える。抱え、上げ、安定させ、鈴を鳴らせるように一歩前に出る。

 案外、重いわね。

 煩いわね、余計なことを言わないの、で、この金の棒で叩けばいいのね。

 名前は鈴棒よ、ばちとかばいとかとも呼ぶみたいだけど……。

 物知りなのね。

 そんなことないけど知らないと買えないじゃない。

 自分の家に仏壇があるとか。

 違うわよ、熱心な知り合いが一式揃えるというんで買物を付き合っただけ。

 マメな人ね。

 だって、そんなことでもなけりゃ仏具屋なんて行かないじゃない。

 好奇心旺盛なのね。

 よく言えばね、でもただの知りたがりかな。

 それで男の子の性器を引っ張った。

 あなたの歳より幼い頃よ。

 知ってるわ、だってわたしも引っ張ったから……。

 ああ、そこは同じなんだ。

 だって、わたしはあなたですから。

 入れてみたいとは思わなかった。

 それはないわね。

 ほんの少しでも……。

 だってアレがアソコに入るだなんて考えてもみなかったから。

 確かにそうだ。

 じゃ、鳴らすわよ。

 ええ、どうぞ。

 リン リン リン


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ