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7 自

 畳屋のお爺さんの顔が心から消えると和室に座布団が敷いてあることに気づく。誰のためかと思うが、今この家にいるのはわたし一人だろうから、わたしのため……。それでおずおずと座布団に座るが何も起こらない。けれども立つ気にもなれず、そのまま座る。すると鐘の音が聞こえてくる。寺の鐘ではなく仏壇にある小さな鐘。鈴と書き、「りん」と読ませたはず、と思い出す。

 わたしがいたのは所謂家の応接間のようで床の間はあるが仏壇はない。隣か更に隣の部屋に人がいるのだろうと思うが気配がない。気配がないのにまたリンと音が聞こえる。その音がわたしに伝わったのだから怖くなる。それで気持ちを構えるが、思ったほどの効果がない。ユラリと心が揺れている。グラリと心が崩れだす。揺れているから落ち着かない。崩れているから定まらない。地震と同じで揺れが止まればモノを置けるが、揺れたままでは手立てがない。策を練るうちに足先が崩れ始め、身の置き所までなくしてしまう。だから、そのまま宙ぶらりん。いつまでも、どこまでも宙ぶらりん。気持ちの置き先が定まらず、そのままの状態が続くだけ。いや、それならまだマシか。不安定な足場でモノを抱えたときのように、いずれ立っていることさえ出来なくなる。すべてが歪に歪んでいく。歪が拡大すれば罅割れる。その罅割れが心の膜か壁に走れば、そこから何かが忍び込む。あるいは充ちていた何かが外に漏れる。自分が知らないところで密かに自分の一部が漏れ出ていくから不安になる。あるいは知らない何かが入ってくるから不安が増す。

 だから子供のわたしが騒ぎ出したのだろう。彼女がそういう不安な心の経験者だったから。ザワザワと彼女が揺れ、泣き顔になる。けれども今のわたしだって同時にいる。大人なのに稚気で、しかも好奇心旺盛と自分では思っている今のわたし。さすがに自信たっぷりとは言えないが、少なくとも現時点では独りで生きているわたし。だから彼女の不安が少し和らぐ。徐々に心が静かになる。次には、「原因がわからないから不安になるのだ」と正しい理屈まで顔を出す。そうなってみれば、やはり気になるのは鈴を鳴らす何者かが実際に仏壇の前にいるかどうかだ。だから確かめたいが、やはり怖い。残念ながら怖いという感情の方がまだ勝る。そこで、うーむ」、唸ると、なーんだ育っても大したことないじゃん、と誰かがわたし語りかける。考えるまでもなくそれは過去のわたし。そんなこと言ったって当時よりずいぶんマシになったのよ、と今のわたしが過去のわたしに主張する。

 本当に、そう。

 もちろん。

 でも、わたしには変わったようには見えないな。

 だって、もう臆病じゃないし。

 だけど怖がっているわけね。

 この状況だったら誰でも怖いわよ。

 そうかしら、単に仏壇の鈴が鳴っているだけ。

 それは、まあ……。

 確かめに行こうよ。

 いいけど、あなた、本当に過去のわたしなの。

 そんなこと知らないわ。

 どうしてさ。

 だって、わたしを呼び出したのはあなただから。

 違うわよ、あなたが勝手に出てきたのよ。

 勝手に出てこられるわけがないでしょ。

 どうしてさ。

 だって、わたしはいない、あなたが捨てた、あなたが別の誰かになるために……。

 わたしは別の誰かになりたいなんて一度も思ったことがないわ。

 嘘。

 嘘じゃないわよ、わたしが成りたかったのは強い自分、いつでもハキハキとし、話すときは必ず相手の目を見る。

 既にそれが出来てないわね。

 それはあなたがいないからよ。

 確かにいないけど、今はいるわ。

 はあ。

 あなたが呼んだのだから、いるってこと。

 あらら。

 さあ、わたしを見なさい、見つめなさい。

 妙に凛々しいわね、本当に過去のわたしなの。

 そうでもあるし、そうでもないかな。

 それって、どういう……。

 自分で考えればいいでしょ。

 ……ということは色眼鏡か。

 まあ、そんなところ。

 わたしに外せるかな。

 それはあなた次第。

 気が進まないわね。

 だから変わっていないと言われるのよ。

 また、それを言う。

 じゃあ、外してみてよ。

 わかったわ、……ああ、手がポッチャリしていて顔が男の子みたい。

 手がポッチャリしているのは子供だから、仕方がないでしょ、それに顔が男のみたいなのは今でも同じ。

 自分自身に指摘されたくない事実だわ。

 結構大きなコンプレックスだから。

 今ではちっともコンプレックスじゃないけどね。

 あら、そうなの。

 あなただって何人かの男に可愛いといわれればわかるわよ。

 だってそれ、お世辞じゃない。

 いいのよ、お世辞でも、たとえそうだとしても同じこと、あなたも人を好きになるところから始めなさい。


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