晴天の吹雪
「姫、朝ですよ。起きてください」
腰に剣を携えた美しい金髪の青年(?)が、宮殿のベッドに眠る美姫に声をかける。しかし、幾度か声をかけても、また体を揺さぶっても、姫は目覚める気配がない。呆れた青年(?)は大きな溜め息をつき、ボソリと呟いた。
「...とっとと起きろよ我が儘姫...」
「ちょっと、誰が我が儘姫ですって?!」
青年(?)の言葉に反応し、姫はガバリと身を起こす。
「目覚めてんならとっとと起き上がれめんどくせえ」
「ちょっと、さっきから生意気よフィラデル!私は姫!貴女は侍女!分かってるかしら?」
「はいはい、申し訳ございませんでしたリーゼベルト姫様」
「それじゃあ固いわ!」
「じゃあどうしろと?」
「私を敬ったうえで親しく接してちょうだい!分かった?」
「分かんねえよ馬鹿」
「馬鹿ですって?!なんてこと!お給料下げるわよ!」
「...そういうところが敬えないんだっつうの...。ま、じゃあ他の仕事探して...」
「あ、嘘よ嘘!下げないから!私のところにいて!!」
「...ったく、何なんだよ...」
朝からハイテンションな姫とのやり取りに、フィラデルはさらに大きな溜め息をつく。そんな彼女をよそに、姫は上機嫌だった。
「ふふっ。貴女が私の侍女になってくれるなんて、本当に嬉しいわ。それにしても、なぜここでも男装しているの?侍女達が着ている服があるでしょう?」
「支給された服着ただけだけど。ってか、あんなヒラヒラした服着たくねえ...」
「あら、女性だと知れたら剣士として甘く見られてしまうから男装していたのであって、本当は女性らしい格好をしたいのかと思っていたのだけど、違ったのね?」
「ちげーよ。どんな想像力してんだ...」
「ふうん...そう。まあ、いいわ。その格好もとても似合っているもの。...ただ...」
「ただ?」
姫は顔を赤らめつつ、照れくさそうに口を開いた。
「似合いすぎていて、その...男性にしか見えなくて。だから...」
「...何言ってんだ?ってか、お前起きたから俺の朝の仕事終わりだよな?じゃあ...」
「な...何あっさり出て行こうとしているの?!他にもいろいろあるでしょう!その...服を着替えさせたりとか...」
「それは他に担当の奴がいるだろ。大体、いつも侍女が来る前に適当に着替えて外走り回ってるって聞いたぞ」
「な、どこでそれを...!...いえ、それは...その、そうかもしれないけれど!別に構わないじゃない、今日くらい」
「今日くらい、つって、毎日やらせるつもりじゃねえだろうな?」
「それは...その...」
こうして、しばらく2人は言い合った末、結局折れたのはフィラデルの方だった。
ーーー
雪の国で運命的な出会いを果たしたリーゼベルト姫とフィラデルは、その後無事目的地にたどり着き、従者らとも合流することができた。公務を終え、自国に戻ってきた姫は宮殿の者に事情を話し、フィラデルを侍女として迎えることに成功したのである。
「侍女として」ということであるため、宮殿の者は皆フィラデルが女性であることを把握している。ただ、剣の稽古等にも励むのであれば女性用の服装は不自由なのではないか、という配慮から、男物の服が与えられたのだった。もっとも、それは表向きの理由であり、フィラデルの男装姿を見ていたいという侍女らの願望もあったようだが。
こうして、「姫を起こす」という仕事から、侍女としてのフィラデルの生活が始まった。姫の我が儘に振り回されつつも、宮殿内ではその美しい容姿や見事な剣の腕前から、男女問わず信頼される存在となっていっていた。
「流石ね、フィラデル。貴女が宮殿での生活に馴染んでくれて嬉しいわ」
ある日の夜、姫はベッドに腰かけ、「就寝前のお世話及び就寝中の警護」の仕事にあたっているフィラデルに声をかけた。フィラデルはいつの間にか、侍女だけでなく騎士のような仕事も任されるようになっていた。
「別に。まあ、前より稼げる金が多くなってるのはこっちとしても助かってるけど」
「それはよかったわ。...でも、いい気になりすぎてはないでしょうね?」
「は?どういうこと?」
「だって、他の侍女達は皆貴女に夢中で...。フィラデル様は素敵だ、本物の男性より遥かに凛々しく美しい、って嬉しそうに話すのよ?ちょっと調子に乗っちゃうんじゃない?」
「んなもん気にしたことねえよ」
「本当?...こんなことなら、やっぱり女性用の服を着せた方がよかったかしら?...でも、それはそれで今度は男性騎士達が変な目で貴女のことを見てしまいそう...」
「...お前、さっきから何言ってるの?」
「だから!私は貴女が......ってきゃあ?!」
「?!」
姫は勢いよく立ち上がろうとして、よろけてベッドに倒れ込む。その際、フィラデルの服の端を掴んでしまったため、彼女もまた体勢を崩し、姫の上に覆い被さる形になった。
短い沈黙。先に口を開いたのは、姫の方だった。
「...ふふ。こういうシチュエーション、相手が男性だったら、このまま襲われてしまうかも、とかドキドキするんでしょうね」
若干無理に笑ったようにそう言う姫。すると、フィラデルは体勢を立て直したかと思いきや、両手でガッと姫の両手首を押さえつけた。
「フィラ...」
「...女になら、襲われないとでも思ったか?」
そのまま自身の顔を姫に近付けていくフィラデル。2人の唇が触れ合おうとした寸前、ピタリと動きを止めた。
「...なんてな」
「え?」
フィラデルは立ち上がり、姫に背を向けた。
「ちょっとからかっただけだ。大体、護衛が襲うような真似しねえよ。じゃ...」
「フィラデル!!」
部屋から立ち去ろうとしたフィラデルの背中に、姫は起き上がって声をかける。
「何」
「...貴女...そんなに私に襲いかかりたかったのね?!」
「......はあ?お前、人の話聞いて...」
「そうだったの...。それならそうと言ってくれたら...そう...貴女になら...でも...」
「だから人の話聞けって...!...はあ...もういい...」
これ以上話しても無駄と悟ったフィラデルは、浮かれ気味の姫を放っておいて部屋を出た。
...そう、少しからかってみただけ。自分に気のあるような素振りを散々しておきながら、今更自分が「女」であることを気にする姫に苛立ったなど、そんなこと...。フィラデルは自分に対して小さく溜め息をつき、そのまま警護の任に就いた。