太陽と雪の邂逅
とある南の国に、姫君がいた。褐色の肌に長い黒髪の、美しい娘だった。今年17歳になる姫には、悩みがあった。それは、自らの結婚相手を探したいと考えているのだが、「テスト」に合格する男性が1人も現れないのだ。
姫のテストとは、「剣技を競い、自分に勝利すること」だった。活発な姫は武芸をも嗜んでおり、自らを負かすほどの強い男性に憧れていた。しかし、王宮でぬくぬくと育ったような他国の王子達では、誰1人として彼女に勝利できない。たまに自身の宮殿で技を磨いている若い騎士に勝負を挑んでみることもあったが、それでも姫には敵わなかった。
ある日のこと、姫は外交で北方の他国に向かうこととなった。その途中、自国では珍しい雪景色に心を奪われた姫は、1人馬車から降りて駆け出してしまった。しかし、いつの間にか遠くまで来てしまったようで、戻る方法も分からない。辺り一面白一色で、人1人見えなかった。
...と、目の前から人影が歩いてくるのが目に入った。姫とは対照的に真っ白な肌で短い金髪の、細身の青年だった。姫はまず、その青年が腰に剣を携えていることに気付いた。そして、その佇まいから彼がなかなか腕の立つ剣士であることを感じ取ると、彼の前に躍り出て自らの剣を突き付けた。
「...貴方、なかなかできそうね。私と勝負なさい!」
「...は?いきなり何...」
困惑する青年の言葉もろくに聴かず、姫は剣を振りかざす。青年は状況がよく分からぬまま、いきなり勝負を挑んできた美少女に応戦せざるをえなかった。
2人の剣が交わり、激しい勝負が繰り広げられる。最後に戦いを制したのは、青年の方だった。青年は姫の剣を弾き飛ばすと、今度は彼が自身の刃を姫の顔の前に突き付けた。
「...これで満足か?」
やや呆れ気味の青年の問いに答えず、しばらく目を丸くして目の前の切っ先を見つめていた姫。やがて満面の笑みになり、興奮状態で彼に声をかけた。
「すごい...素晴らしいわ!!こんなに心躍る勝負は初めてよ!ずっとこんな感覚を求めていたの...。ねえ!ぜひ私の......」
「?!」
姫は言い終わらぬうちに、その場にガクンと崩れ落ちた。
ーーー
「...ん...」
姫は目を覚ますと、まず自分がどこかに仰向けで寝転がっていることに気付いた。次に感じたのは、体が重いということ。ゆっくりと顔を横に向けると、先程の青年の金色の髪が見えた。
「...起きたのか?」
姫が動いたことに気付き、金髪の剣士が声をかける。
「え、ええ。あの、私一体...」
「体冷えきって気失ったんだよ。まったく、あんな薄着でよくこんなとこ歩いてたな」
「上に着る用の装束ももらっていたのだけれど、ついそのまま飛び出してしまって...。...それで、貴方は、その...私の体を暖めてくれていたの...?」
「まあ、そうなるな」
姫は肌から直接心地よい温もりを感じ取っていた。まるで母や乳母に抱き締められているような...。...そこで彼女は、ある違和感に気付いた。母らに温かく包まれているときと、感覚が...同じ...?
「...ねえ」
「何」
「あなた...胸に膨らみない...?」
「多少はあると思うけど」
「......もしかして、あなた......女...?」
「そうだけど」
自分の上に乗っている人物の淡々とした言葉に姫は目を見開き、じたばたと暴れだした。
「えええええ?!...な、なんで私見知らぬ女と裸で抱き合ってるのよ?!」
「直で触れた方が熱が伝わるって言うだろ。まったく、俺だって家族待たせてるからとっとと帰りたいってのにわざわざ洞窟まで連れ込んで暖めてやってるんだから感謝しろ。お前あのままじゃ確実に凍死してたぞ」
パニック気味になった姫にも動じず、青年のような容姿の女性は姫を抱き締めたまま動かない。
「...ま、まあそうね。助けてくれたことには礼を言うわ。ありがとう...」
「どういたしたまして」
「それにしても、家族を待たせてる、って...。貴女、家庭のために騎士として働いてるの?」
「騎士なんて大層なもんじゃねえよ。出稼ぎで適当に用心棒とかやってるだけだ」
「あら、そうなの。女性の身で出稼ぎなんて立派ね」
「親父は病気がちだし、兄弟の中じゃ俺が一番年長だからな。別に大したもんじゃねえ。仕事先で女って知れたらすぐ舐められるしな」
「それで男装を...?」
「ま、そんなとこ」
「...」
女性であると判明したときは動揺したものの、話を聴くうちに、姫は自分を負かしかつ助けてくれた彼女に心惹かれつつあった。
「ああ...貴女、女性なのが本当にもったいないわ...。女性とは結婚できないもの...」
「は?結婚?」
「私、自分に剣で勝った男性を結婚相手にすると決めていたの。あ、私南にある国の姫なんだけれどね」
「...あ、そ...」
「でも、そうね...どうしたら...。......あ、そうだわ!貴女、私の侍女になりなさい!」
「...はあ?侍女お?いきなり何言ってんの?」
女性は呆れ、思い切り溜め息をつく。
「結婚できないにしろ、こんな逸材を放置するなんてもったいないわ!だから侍女として仕えて!」
「なんで俺がそんなこと...」
「お給料、はずむわよ?」
「!!」
悪戯っぽく笑う姫の言葉に、女性の心は傾き出した。
「...何すりゃいいんだ?」
「そりゃあ私の身の回りのお世話よ!あと、剣の修行に付き合ってくれると嬉しいわ。お望みなら、貴女にも剣の指導を受けさせてあげる。うちの騎士団長は優秀だから」
「...あ、そう」
「じゃあ、了承してくれたということでいいわね?ね?!」
「...はいはい、分かったよ...」
ぐいぐいと迫ってくる姫に、女性は折れざるをえなかった。
「やったわ...!では改めて。私の名はリーゼベルト=イル=サニダリアよ。貴女の名は?」
「...フィラデル・スノッド...」
「フィラデル...素敵な名前ね。これからどうぞよろしく!」
こうして、雪国の男装の剣士は、太陽の国の姫に仕えることとなった。