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ランスが描いた蝶をモチーフにした絵画は瞬く間に芸術好きな貴族達の間で人気となり、『蝶の魔術師』ともてはやされ多くの人間がランスの絵画を求めるようになった。
ランスの芸術が世間から認められた。
私はランス以上にその事をとても喜んだ。
私の家族やランスを教えてくれた先生達からも賞賛と労いの言葉を次々に送られた。
「良かったじゃないか。世間を見返す事が出来て」
「愛の力があったからだわ」
「これで幸せになれるな」
私は貼り付けた笑顔でその言葉に頷きながら頭の中は全く違う事を考えていた。
世間? 幸せ?
私は有名じゃない彼といても充分幸せだったし、周りにどう言われようとどうでも良かった。売れなくても良かった。
ランスの作る芸術は私だけが理解していればそれで良かったのに。なのに、今や彼の芸術は私だけの物ではなくなってしまった。
「………ランス?」
彼といつも一緒にいたアトリエに行くが、ランスの姿はそこにはない。
当たり前だ。売れっ子になった彼は貴族達に引っ張りだこで日夜パーティーや絵の制作依頼であちこちを飛び回っているのだから。
最近は碌に顔すら見ていない。
ランスのいないアトリエの固く冷たい床に座り込み、置かれた美しい蝶の絵画を眺めた。
視界は涙で歪み、青い蝶は消えてしまった。
きっと彼は蝶になる前の蛹だったんだ。
蛹から美しい蝶へ変化し、私という止まり木から飛びたってしまったのだ。
「うっ、ひくっ、ぐすっ……………」
悔しい。惨めだ。
彼に利用されるだけ利用されて、最後には捨てられてしまったのだと理解した。
なんて愚かで馬鹿な箱入り娘なのだろう。
自分の愚かさに唇を噛み締める。
俯くとぽたぽたと涙と鼻水が溢れ落ちた。
そんな悲しみにくれる私を見て母は優しく慰めてくれた。
「可哀想なミロード。いいのよ、泣いて。あんな男の事は忘れて、また家族で楽しく暮らしましょう」
母の腕の中は心底安心出来て、傷ついた心は癒されていた。
このまま忘れてしまおうか、と考えた。
きっとその方が楽な死に方が出来るはずだ。
このまま平和に最後を迎えるのも悪くないのではないか。
母の愛に甘えてしまいたかった。
でも、私は本当にそんな死に方がしたいのか。
自分の心に問いかけた。
このまま死んでいっていいの?
悔しくないの?
そして、一つのある感情が私の中で芽生える。
『ランスを見返してやりたい』
こんないい女の子を捨てた事を泣いて後悔させてやりたい。泣いて謝らせて、それで今度は私の方から捨ててやるんだ。
私の濡れた瞳の奥で闘志の炎がめらめらと音をたてて燃え盛った。
このまま死んでやるもんか!
涙と鼻水をハンカチで拭くとしっかりと前を見据えた。
「お母さんごめんなさい。このまま忘れて生きるなんて出来ないの! 最後まで精一杯争いたいのよ!」
私は大きなトランクを抱え手当たり次第荷物を放り込むと、そのまま家を飛び出した。
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