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「ランス、ランス見て! 蝶々がたっくさん!」

 突然の婚約者ごっこが始まり、暫くが経ったある日の休日。私とランスロット、最近では愛称で呼びランスは、植物園に遊びに来ていた。

休日で人も混雑していると思うだろうが、そこは商家の財力で本日は私とランスだけの貸し切りである。


「ミロード、そんなに走ったらまた(せき)が出てしまうよ」

 ランスは心配した表情で私の後をついて来る。

植物園の中にある薔薇園は特に美しく、鮮やかな蝶々達がひらひらと薔薇の周りを飛んでいた。

まるで地上の楽園のような景色に、思わずはしゃいで駆け回ってしまう。

ここには両親達とも何度か訪れた事があるが、その時の印象とは全く違って見える。あの時はこんなに薔薇の香りも()くなかったし、蝶々の色なんて気にもしていなかった。


 くるりとドレスをなびかせ後ろを振り向くと、ランスが私を見て微笑んでいる。それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。

きっと、綺麗な物を見る時は誰と一緒だったかが大切なんだと思う。まだ出会って日は浅いけれど、今まで長い月日を共にした両親達よりもランスと一緒にいる時間が尊いものに感じる。


 でも、これは所詮(しょせん)ごっこ遊び。

 分かってる。ランスは可哀想な私に付き合ってくれてるだけだって。

 だけど、それでもいいの。


「っーーごほっ、げほっ!!」

 私は咳こんで苦しくなり、足を止め地面に崩れ落ちた。

「ーーーミロード!!」

 駆け寄って来たランスが私の背を(さす)り、近くの木のベンチへ連れて行く。

ベンチに座り顔を上げると、また心配そうな顔をしているランスがいた。

 こんな顔しか、私は好きな人にさせていない。

 悔しい、悔しいな。

 もっと、彼の色んな表情が見てみたいのに。

 私は彼に1つの感情しか与えられない存在なんだ。

 その事実がたまらなく悲しかった。


「ごめんね………ランスみたいな素敵な人の婚約者が私で………」

「そんな事ない。僕は、ミロードが思うような素敵な人なんかじゃないよ」


 慰めてくれているのだろう、ランスはとても優しい。ふと、ランスなら私のしょうもない想いを優しく聞き流してくれるかも知れない、そう思った。

だから、誰にも話すことはないと思っていた心の奥の黒い物を(さら)け出す事にした。


「時々ね、無性に泣きたくなる時があるの。私には砂糖菓子みたいに甘く接している両親達が弟には厳しく怒るのよ。私には1度も声を荒げた事なんてないのに……怒られている弟が羨ましいって思う、可笑しいよね。私には何も期待してないんだ、だって私には将来がないから。私も……弟みたいに怒ってほしかった。両親の家の役に立ちたかった。悔しい………。ねぇ、私前世で悪いことでもしたのかな? じゃなきゃ、こんなに苦しいなんておかしいよ……………」


 ランスは黙っていた。黙ってずっと私の右手を握ってくれていた。慰めの言葉も(はげ)ましの言葉もない。でも、それが心底ありがたかった。

 救われたいわけじゃない。

 言葉で救われるほど、軽い想いじゃないから。  


 ランスが隣りにいるだけで、私は深く呼吸が出来る。どうしようもない現実をひと時忘れさせてくれる。


 暫くベンチでランスの肩に頭をもたれかけていると、何かを思い出したかのように彼はズボンのポケットを探った。

ハンカチに大切に包まれたそれを取り出して、私の前に見せる。

「何?」

「これ、ミロードに。僕の手作り……」

 ハンカチから取り出したのは、青い蝶々の形をしたブローチだ。

思わずわっと、歓声を上げてしまうほどの美しさだった。手に取り、眺める。繊細な蝶々のブローチは、日光を反射してキラキラと輝きを放っていた。

「凄いっ!! まるで本物の蝶々みたいだわ!」

「本物の蝶々だよ」

「え?」

 ランスは楽しげに、ブローチ作りの工程を身振りを加えて私に説明し始める。

「蝶々を捕まえたら、羽を傷つけないように冷蔵庫の中に箱ごと入れるんだ。冷蔵庫に入れるとね、眠るようにじわじわと死んでいってくれるから、綺麗な体のまま加工して透明の樹液で硬められる。綺麗なものがずっと綺麗なまま残るんだ。素晴らしいよね」

「………………」

 反応しない私にランスは青ざめ俯いた。

「ごめん、気持ち悪い、よね……。他の人にも話したら君悪がってて。でも、綺麗に出来たしミロードは蝶々が好きだから、もしかしたら喜んでくれるかもって……馬鹿だな僕、こんなの貰ったら気持ち悪いよね………」

 だんだんと言葉尻が小さくなるランスの声は、私の耳にはほとんど入っていなかった。


「凄い……」

「え?」

「凄いわ! ランス!!」

 がしりとランスの肩を力強く掴んだ。

 突然のことに困惑の表情をするランス。


「命は大切にしなさいって教わってきたけど、私の周りで命をこんなふうに扱う人は誰もいなかったわ! 死んでいるのに綺麗なんて凄いことよ。それが出来るランスはもっと凄いわっ!!」

 私は興奮のあまり鼻血を吹き出した。

「ミロード鼻血が! 落ち着いて!」

 だらだらと流れ落ちる大量の鼻血を、持っていた白いハンカチで拭いてくれる。白かったハンカチはみるみるうちに真っ赤なハンカチに変化してゆく。だけど私はそれに構う事なく、熱弁を語り続けた。

「これが気持ち悪い!? なんて見る目のない奴らなの! ランスが作ったブローチは芸術品よ。今は分かってくれる人がいないかも知れない。でも、いつか分かってくれる人が必ず現れるはずだわ」


 私はそのブローチを胸元に付けて、笑みをこぼす。

どんな宝石よりもこのブローチの方が美しく思えた。

 ランスはとても凄い特技持っている。

 直感的にだが、彼には芸術の才能があると確信した。

 ランスの才能をもっと伸ばしてあげたい、ランスをもっと多くの人々に認めさせたいという強い衝動にかられた。

私には将来なんてないけど、ランスにはこの先もまだまだ長い人生が待っている。

少し変わっている彼を残して行くのは、少々不安が残る。

今まで金銭的に恵まれてこなかったから、芸術の才能を育てる事も出来なかったのだろう。

なら、私がランスの支援者、パトロンになったら眠っていた才能が大きく花開くのではないだろうか。


 善は急げという言葉どおり、時間は有限。

 私にはあまり時間がない。


 これが大好きな婚約者にしてあげられる最高のプレゼントだと思った。


「ランス、私のためにもっとたくさん、ランスの作品を作って!!」




読んでいただきありがとうございます。

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