狭間
「ごめんなさい。 ごめんなさい。 本当に......ごめんなさい。 なにも出来なくて......本当にッ........................」
男が泣いていた。
病院の白い一室で男は、車いすの祖母の前に跪いていた。祖母は優しい顔を浮かべ、窓の外を眺めている。
祖母は認知症だ。この前の震災で頭を打ち、元から軽度の認知症だったのが、更に悪化した。そのせいで意思疎通も困難となり、それと同時に家も失った。田舎によくあるような、山中にある広い家だった。祖母が結婚してからずっと住んで、自分の子供や孫を育ててきた大切な家だった。
男は共働きの両親ではなく祖父母に、その家で育てられた。
だから男にとっても大切な家だった。ただ彼は政治家という職業だった。
「無理なんだ......。水道を敷くにも、光を繋ぐにも、金がかかって......。 あんな離れた場所だとさらに............だから......。 それで............税金使うにしても、......今の時代だとさ......スキャンダルになったりして............。 ほら......、高度経済成長とかバブルの時とかはさ、日本も上がっててさ............、それで今じゃ、日本も落ちてて......」
自分でも驚いた。ここまで言い訳がスラスラと出てくる自分に驚いた。自分が泣いているのも結局は言い訳で、何もできない、何もしないのを正当化してるだけ。
それが分かる。そしてそれを責められている気がした。
優しい祖母がする筈もないのに。
――なにが政治家だ。
政治家だから国を良くするべき。
そうじゃないのか。
それを他のもののせいにして、恥ずかしくないのか。
言い訳がましい自責の念で胸が震えた。
目の前の祖母は、なにか悪いことをしたか。
戦前に東京から田舎に嫁いできて、馴れない土地での人間関係や特有の問題たちをただ耐えて過ごした。
それは辛かったはずなのに、一切愚痴もこぼさなかった。
自分が政治家になろうとした時も家族が反対する中、祖母だけが背中を押してくれた。
そんな祖母の唯一の願いがあの家で、亡くなった祖父と過ごした家で故人を思いながら、ささやかな余生を送ることだった。
「だけど本当に......ごめんなさい。 ............出来ない......んだ。 国の為にも............、自分の為にも......。 許してくれないのは分かってる。 親不孝なのも分かる......。 でも......ッ」
俯いて、泣き叫ぶしか出来なかった男が涙を枯らして祖母を見上げた。祖母はかつての家があった場所を静かに見つめている。
すると祖母はゆっくりと顔の向きを変えた。
祖母は男の方を向いた。男と祖母は見つめ合った。祖母は相も変わらず穏やかな表情をしている。
祖母はふと微笑んだ。
その微笑みは自分を許してくれているように思えた。それがこじつけなのは分かっていても、そう思いたかった。
少なくとも男の中の祖母はいつもそうしていた。
そう思うと、
――男は再び涙して立ち上がった。
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