6. 少女時代④
私はふと、ある事に気付く。
「その宝玉、直接ラケシス様が取り返しに行けば良いのではないですか? こうして、この世界に出てこれるわけですし、その子とも面識があるんだから、返してって言えば……」
『無理無理無理! 本来はこの世界の人間に直接関わったらいけない規則なのよ。だから始めは貴女にも映像越しで会ったのだし……。会話するだけで精一杯だから、宝玉を直接私が取り返しに行く事は出来ないわ。
それに……』
「それに?」
『あの子と話すなんて嫌! トラウマになってるのよ! あの子の事を考えただけで、あの低迷期の時の最悪な状態が思い出されるの! だから無理!』
……本当に使えない女神だわ。
「でも、私も無理ですよ。人が持っている物を奪ったりしたら、それこそ断罪ものです」
そういう私に、ラケシス様は勢いよく言う。
『その為のケット・シーよ! 貴女は、あの子が何処に宝玉を隠し持っているかの場所を探り出してもらうだけでいいの。場所さえ分かればあとはケット・シーに取りに行ってもらうわ。そうすれば貴女に疑いはかからないでしょ?』
確かにそれなら、私は犯罪者にならなくて済む。
けれど、その宝玉って、どんな物なのかさっぱり分からない。
「その宝玉って、どんな形を……」
私がそう尋ねていた時、祖父の声が聞こえた。
「エマ~! 何処だ~!」
どうやら黙っていなくなった私を、お祖父様が捜しているようだ。
しまった! すぐに戻るつもりだったのに、思わぬ出来事に時間が経ってしまって、お祖父様に心配をかけてしまった!
『じゃ、私は帰るわね、宝玉宜しくね』
そう言ってラケシス様は姿を消した。
「あっ! 待っ……」
宝玉の事、教えてもらいたかったのに……。
『あとで宝玉の形を教えるニャ』
傍に居たケット・シーがそう言った。
「えと……。一緒に連れて帰ってもいいんだよね?」
『ラケシス様から頼まれたからニャ』
そうして、私はケット・シーをそっと抱きかかえてお祖父様の声のする方向に歩いていく。
「お祖父様!」
私を探していたお祖父様が私の声に振り向き、そして、私の抱えているケット・シーを見てびっくりしている。
「エマ! 何処に行ったかと心配したんだぞ!
……で、その抱きかかえている生き物は何だ?」
ん? 猫に見えないの?
「猫ですが……」
そう言う私に、祖父は不思議そうな顔で私を見る。
「猫? 初めて聞くな。その生き物の名前か?」
えっ? この世界には猫っていないの?
焦っている私に、ケット・シーの声が頭に直接伝わってくる。
『猫はこの世界にはいない。我と同じ形の動物など要らぬとラケシス様に願ったからな』
な、なんですって!
じゃ、貴方のこと、どうやって説明すればいいのよ!?
パニック状態になった私に、祖父が聞いてきた。
「もしかして、幻獣様なのか!? 滅多な事ではお目にかかれないぞ!」
あれ? 幻獣って、この世界では普通に受け入れられるのか。
ちょっと基準が分からない。
「そ、そうなのです。この方はケット・シー様と言って、女神様の御使い様なのですって。
お祖父様、一緒に連れて帰ってもよろしいでしょうか?」
そう聞いた私に、祖父は低姿勢でケット・シーに挨拶をする。
「もちろんだとも! ケット・シー様、宜しければ我が家でお過ごしになって頂けませんでしょうか?」
その祖父の態度に気をよくしたのか、ケット・シーは大きく頷いた。
こうして、ケット・シーは我が家の一員となった。
ケット・シーを連れて帰った時、お祖母様はもちろん、お屋敷で働く使用人達も、それはそれは低姿勢でケット・シーを迎え入れてくれた。
そりゃ幻獣って珍しいし、前世じゃ、空想上の生き物なわけで、絶対と言っていいほど出会えない。
でも、ここまでへりくだる程の扱いで受け入れられるって、ちょっと理解出来ないな。
そんな風に考えているとケット・シーがまた直接頭に話しかけてくる。
『何を考えてる?』
ん? ケット・シーは私の考えが読めてるんじゃないの?
『意識して頭の中で話してくれれば読めるが、ただ考えているだけなら読めない』
そう言ったケット・シーに、意識して頭の中で話してみる。
(これって、テレパシーみたいなのもの?)
私の問いにケット・シーはちょっと考えてから答える。
『そうだ。念話をしている』
(全ての考えが読めるわけではないのね?)
『ラケシス様なら出来るだろうが、我は出来ない』
そうなんだ……。
あれ? なんか違和感……。
「ねぇ、何で念話だと言葉の語尾にニャがつかないの?」
私の声に出した質問にケット・シーも声を出して答える。
ちなみに今は私の部屋なので、誰もいない。
『それが声に出して話すと語尾に“ニャ”がついてしまうのだニャ』
声帯の問題なのかな? 不思議。
『だが、他の人間の前では我は話さないようにするニャ。色々話しかけられるのは面倒だからニャ。人前の時はさっきのように念話で話すニャ』
そうなんだ……ニャって、ちょっと可愛いからみんなの前でも話して欲しかったのにな……
『嫌だニャ』
「ねぇ、私、今意識して頭の中で話してなかったんだけど……」
『……聞こえたニャ』
「……」
全く、何処まで本当の事なんだか、全然信用出来ないわね!
「あ、ねぇ。貴方、名前は? ケット・シーが名前じゃないでしょ?」
『ケット・シーは、生物としての1つの個体名だにゃ。個人名とは違うにゃ。
…………我に名はないにゃ』
そう、悲しげに言うケット・シーに、私も悲しくなる。
「私がつけていい?」
ケット・シーが頷くのを確認して考える。
ワインレッドの赤い目に、全体的にシルバーグレーの長毛。
「う〜ん、と、そうね。グレイでいい?」
我ながら安直なネーミングセンス……
駄目かな? と思いながら、そっとケット・シーを見る。
『……それでいいニャ』
しぶしぶといった様子でグレイは頷いてくれた。