5. 少女時代③
私は森の中を散策しながら、自然を満喫していた。
「う〜ん、マイナスイオンって、こんな感じかなぁ?」
前世で、ネットの中でしか知らないマイナスイオンの森林浴を想像しながら清々しい空気を吸う。
『マイナスイオンって、何なのニャ』
その時、突然何処からともなく声がしてびっくりした。
慌てて周りを見回すと、木の枝に何かがいる。
「猫?」
それは猫のような生き物で、前世でいうペルシャ猫のようだった。
『違う。ケット・シーだニャ』
猫が喋った。
驚いて、口が開いたままその猫を見つめていると、ケット・シーは呆れた様子で話しかけてきた。
『全く。ラケシス様から言われて様子を見に来たら、何かアホっぽい娘だニャ』
は、はぁ!?
なに、この猫! むちゃくちゃ失礼なんですけど!
『まぁいい。ラケシス様からの伝言、お前に伝えるニャ』
ケット・シーはそう言って、自分の首輪に付いている宝石を前足でこする。
すると、目の前に透明な1人の女性が現れた。
いわゆる前世のホログラフィーだ。
『初めまして。私はこの世界を司る女神ラケシスよ。
予め撮った映像から挨拶することを許してね。
わたくしは女神ディオーネ様から貴女を託されて、この世界に転生させたの』
女神ラケシスは、そう語り出した。
『恵美。この世界ではエマね。
ディオーネ様から貴女を託されて、私は貴女に素敵な人生を歩めるような、そんな運命の魂を用意していたの』
そう語るラケシス様は、次第に言いにくそうに私の顔をチラチラ見る。
これって、ホログラフィーなんだよね?
なんでかチラチラ見られてる気がするのは気のせいなのかしら?
『でね、怒らないで聞いて欲しいんだけど……
ちょっとした手違いでね、貴女の霊魂は本来入るはずだった魂とは違って、別の魂に入ってしまいました』
そう言ってラケシス様は、頭を抱える。
『だってね! 本当はこの世界の主人公の女の子の魂を用意してたのよ! ディオーネ様にも大切な霊魂だから頼みましたよって言われたから!
でも丁度、わたくしの千年に一度の低迷期の日に、よりによって悪役令嬢の魂に入れようと思っていた子の霊魂が届いちゃって!
とことん落ち込んでいるわたくしに、その子が無理やり主人公の魂に入れろって迫ってきたのよ〜!』
え~っと、ちょっと待って?
さっぱり分からないんだけど、さっきから主人公とか悪役令嬢とか、何なの?
『ああ、それね、この世界は日本のある小説をなぞって作られた世界なの。わたくし、その小説にハマっちゃって。丁度、前の世界が壊れたし、新しい世界を作らなきゃって思っていたから、その世界観でいいかな~って』
はぁ~っ!?
そんな感じで世界を作っちゃうわけ?
それで、前の世界は壊れたっていう不穏な単語は何なの!?
それに主人公と悪役令嬢の話は何処に行ったのよ!
『もう、そんなにいっぱい質問しないでよ。ちゃんと説明するから。
あ、でも壊れた前の世界の事は言えないからね』
そう返答するラケシス様に疑惑の目を向ける。
「私、まだ何にも言ってませんけど」
そう言う私になんて事のないようにラケシス様は言う。
『あぁ、わたくしには貴女の思っている事が伝わってくるのよ』
さっき、予め撮った映像からの挨拶で許してねとか言ってたけど、絶対嘘だよね。
『予め撮った映像です』
「絶対違うでしょ!」
そのやり取りを見ていたケット・シーがため息をついて、ラケシス様に言った。
『ラケシス様、諦めるのニャ。もうバレてるのニャ』
ケット・シーから言われて、ラケシス様は、ホログラフィーを解いて、姿を現した。
「ちゃんと出てこれるんじゃないですか」
そう言った私に、ラケシス様は拗ねたように言う。
『だって、直接話したら絶対怒る内容だから……』
もう、何となく察しはついた。
「この世界は、日本のある小説をなぞって作られていて、主人公の女の子の魂に入る予定だったのに、違う子がその魂に入っちゃって、私はその悪役令嬢? の魂に入ったって事ですか?」
私がそう言うと、ラケシス様は目を丸くして頷いた。
『そう! よく分かったわね! 本来入る魂が入れ替わっちゃって、困ってるのよ! でも、一旦入った魂は霊魂と強く結びついてるから、もう引き剥がせないし、でもエマを悪役令嬢の運命に沿わせると、18歳で処刑される運命にあるのよね~』
はぁ~!?
処刑~!?
18歳って言ったら、私が前世で死んだ歳。
また18歳で死ぬって事!?
「どういう事ですか!? ちゃんと説明して下さい!」
それから私は、この世界の事を聞いた。
その小説は乙女ゲームの世界を模した小説で、主人公は聖属性魔法の使い手。男爵令嬢で家族共に仲良く、可愛くて優しい女の子。
聖属性魔法の使い手として認められ、特待生として王立学園に入学し、そこで王太子殿下を始め、それぞれ秀でたものを持っている素敵男子との恋愛が繰り広げられる。
そして、その聖属性魔法は女神の祝福を受けたものだと判明し、聖女として大切な存在となる。
その聖女を敵視して、色々と邪魔するのが悪役令嬢。
どんな男子との恋愛を繰り広げても邪魔をする悪役令嬢は、最終的には主人公の命を狙い、断罪後に処刑される運命にあるとの事だった。
ラケシス様は、その小説を間近で見たい為に、その運命をこの世界にそのまま持ってきたと言った。
「はぁ~~」
大きなため息を吐いた私にラケシス様は、涙目で言う。
『ほら~! そんな感じになって怒られると思ったから、映像で反論は聞きませんっていう風を装ったのに~』
いや、全然装えてませんでしたから。
「この場合、私が悪役令嬢のように邪魔しなければいいのでは?」
そう言う私に悲しそうにラケシス様は言った。
『それじゃあ、小説が間近で見れない……』
「私に18歳で死ねと!?」
お母さんから貰った大切な命なのよ!
そう簡単に死ねるわけないじゃない!
しかも18歳だなんて!
『い、いえ! 好きに動いてもらって大丈夫!
貴女を早くに死ぬ運命にしたってディオーネ様に知られたらわたくしも不味いし!』
この女神、本当に大丈夫なの?
『あ、あのね、もう1つ言い難い事が……』
「まだ、何かあるのですか?」
『主人公の子が持っている宝玉を取り戻して欲しいの。あれは本来わたくしの物なんだけど、転生時にそれも一緒に奪われちゃって……』
「はぁ~!? 貴女、一体何なんですか!」
『だって! 低迷期の時に無理やり祝福を捧げろって脅されて力使ったらヘロヘロになっちゃって。そんな時に、世界の流れを記録した宝玉があの子に見つかっちゃって!』
祝福まで授けたのか、このバカ女神!
『バカって言わないでよ! 低迷期は本当に無理なんだから! 他の女神のお姉様達に修行が足りないって言われるけど、ほら! 生理の重い人と軽い人がいるでしょ? あれと同じなのよ! 低迷期の辛さは他の女神より重いのよ~!』
あぁ、駄目だこの女神。
ディオーネ様。私は貴女の世界に転生したかった。
『ディオーネ様には言わないでね! 大丈夫!
あの子の祝福は低迷期の時にかけたものだから、凄く弱いの。でも、貴女にはフルパワーの時にかけた祝福だから、全然力が違うわよ!』
「そうなのですね。じゃあ、別に小説のような動きさえしなければ問題ないのでは?」
そう言う私に、ラケシス様は、またモジモジとしながら言いにくそうに伝えてきた。
『その宝玉ね、わたくしが本来決めた通りの運命をこの世界が辿るように記録された物だから、その宝玉がこの世界にある限り、強制力が働いて、どう足掻いても最終的には決められた運命を辿る事になるの。だからね、その宝玉をわたくしの元に取り戻して欲しいの。その宝玉はわたくしでないと壊せないから』
本当に余計な物を作ったわね、このバカ女神!