あんたには二度とチョコレートを作ってあげないんだからね!
小学四年生のバレンタインデーに、私は勇気を出して手作りのチョコレートを同じクラスの好きな男子に渡した。
そいつは、私が作ったチョコレートを受け取るや否や、私の目の前でバリバリと音を立てて食べ始めた。全部食べ終わったのを確認した私は、胸をドキドキさせながら「どうだった?」と感想を尋ねる。すると、あろうことかそいつは、ぶっきらぼうに「なにこれ、味がしない。不味い」と言い放ったのだ。
悲しかった。泣いてしまいそうだった。でも、こんなデリカシーのカケラも無い男子の前で泣いたら負けだと自分に言い聞かせ、ぐっと涙をこらえた。こうして、九歳の小さな恋心は、儚く散った。
ところがである。小学五年生のバレンタインデーに、そいつは私のところにのこのことやって来て――「ねえ、今年は手作りチョコないの? 俺、腹減ってんだけど?」――などと言いやがったのだ。
「呆れた! どの口が言いやがる! おぼえておきなさい、あんたには二度とチョコレートを作ってあげないんだからね!」
私は、周囲のクラスメイトの目を気にすることもなく、教室中に響き渡る大声で怒鳴っていた。
と、ところがである。性懲りもなくとはまさにこのこと。小学六年生のバレンタインデーにも、そいつは「今年は手作りチョコないの?」とほざきやがった。もちろん私は間髪を入れず「寝言は寝て言え!」と罵ってやった。
とと、ところがである。中学生になっても、高校生になっても、そいつはバレンタインデーがやってくるたびに「今年は手作りチョコないの?」と私に聞いてくる。大学でも、社会人になってもしつこく聞いてくる。所帯を持ち、子供が巣立ち、ジジとババになった今も、毎年懲りずに聞いてくるのだ。
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「ばあさんや。今年は手作りチョコないの?」
二月十四日。透き通る青空の下。私はそいつと縁側に並んで座り、温かいお茶を飲んでいる。
「ありませんよ、おじいさん。何度お願いをされても、私の気持ちは変わりません。私は生涯あなたのためにチョコレートは作らないと心に決めているのです」
「相変わらず頑固だなあ、ばあさんは。もういい加減に許してくれよ。俺はあの日、君に突然告白をされて、チョコレートの味も分からないぐらいに舞い上がってしまっただけなんだ。『味がしない』と言ったのはそういうわけさ。誤解しないでおくれよ」
「でも、そのあとにハッキリと『不味い』とおっしゃいました。あれは頂けない。私は今でも恨んでいます」
「あ~あ、あの日の君のチョコレートは、いったいどんな味だったのだろうなあ。今ならしっかりと味わう自信があるのだがなあ。きっとたまらなく甘いのだろうなあ、それはまるで今日までの君との生活のように」
そう言ってそいつは、悔しそうに冬の空を眺めた。
「オホホ。残念でしたね。女の恨みは怖いのです」
悪戯っぽく微笑みかけ、私も、そいつと一緒に、冬の高い、高い高い空を眺めた。