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よくある話

作者: 末吉空緒子

夏休みになりますね。

夏といえばお盆ですね。

お盆と言ったらご先祖さんですね。

マリはトボトボと薄暗い山道を歩いていた。

普段は着ない小綺麗な着物、手には父から預かった小さな風呂敷を持って。


今日マリは領主の元へ嫁入りしたはずだった。


『は?雑草女が俺の嫁だと?俺はこっちを貰う。お前は要らん、さっさと帰れ』

介添え人として隣に立っていた姉と私を見比べて、そう言ったのは領主の息子。


名前の通り百合の花の様に美しい姉ユリと、平凡な容姿のマリ。

親からは蒲公英みたいで可愛いよと言われていたが、領主の息子にとっては雑草でしかなかった様だった。


姉を見上げると真っ青な顔をしていた。そうだろう、姉には将来を誓った幼馴染がいたからだ。


婚姻式までの10日間を婚家で過ごす風習があるこの地域では、嫁入りする娘を婚家へ送り届けるのは兄弟姉妹の役割である。三姉妹の長女である百合は末っ子のマリの介添えの役目を終えた後に、自らももう一人の妹に介添えされ幼馴染の家へと向かう予定であったのだ。


『あら、確かに貴方にはこちらの娘の方が相応しいわね』

と言ったのは領主の妻。

隣町から嫁いできたという艶っぽい女性で、二十歳の子供を産んだとは思えないくらい若い見た目の美女であった。

最初は『いや、姉の方はもう嫁ぎ先が決まっていて‥』と渋っていた地主も、『ねぇ、良いでしょう。こっちにしましょうよ。私おばあちゃんになるなら綺麗な孫が良いわ』と妻に強請るように言われると弱いようで、最後には『すまんなマリ、帰って嫁替えの事をカンキチに伝えてくれんか‥結納での約束は守ると伝えてくれ』と、ユリとマリを取り替える事を決めたのだった。


マリの実家は中間層のしがない商家である。領主の決めた事に不服を申し立てられる立場にはない。

これは決まった事なのだ。


トボトボと帰り着いた実家の敷地前に人影が見えた。

「マリ?なんで君が帰って来てるんだい?ユリは‥」

それはユリの嫁ぐはずの相手サキチであった。サキチはマリの背後を見てもう一度マリを見る。

「ごめん、サキチさん。あたし、よ‥嫁替えされたんだよ」

マリはそうサキチに伝え唇を噛んで我慢したが、零れ落ちる涙は止められなかった。

「ああ、まさか‥ユリは、ユリは‥」

「姉様は、領主の嫁にされてしまった」

サキチは膝から崩れて座り込む。喉から声にならない声を出しながら四つん這いになり、地面をだんだんと殴り付け叫んだ。

「ユリ〜ユリ〜!」


その叫び声に実家の扉が開いた。

「その声はサキチかい?ユリが帰ったのかい?マリはちゃんと領主さんの所へ送ってくれた‥マリ?」

出て来たのは父であるカンキチであった。


「なんて事だ。バカ息子を支えられる能力を持った嫁がどうしても必要だと言うから、我が家の後継者にするつもりだったマリを渋々送り出したのに‥嫁入り当日に嫁替えだと?」

マリから領主親子の話を聞いたカンキチは、握り拳を膝にわなわなと怒りに震える。


カンキチには娘が3人いる。

姉妹はそれぞれ個性が強く、三国一の美女とまで言われた祖母に似て美しいがやる事が大雑把な長女と、同じく祖母似だが人見知りで自室にこもって滅多に出て来ない変人の次女、見た目は父に似て平凡だが商才に長けた三女‥それがマリだ。


今回の縁談について、領主はわざわざマリを指名して来たのだ。

商家にとってマリ程の商才に長けた者の引き抜きは痛手だ。

だが、普通の3倍もの結納金と商売上の様々な融通などを約束手形に血判まで押して渡されては、それを拒否した場合の報復の方が恐ろしくて拒みきれなかった。

故の今日の嫁入りだっはずなのだが。



これはよくある話。


その後、

領主の約束手形の中の一つであった商才ある婿と結ばれ実家の商家を継いだのは次女で、サキチは悲しみの中独身を通し、マリは実家とは別の商いを始め別の商家に嫁いで行った。


100年後‥

「こんにちは。貴方の遠い親戚の真里です」

「初めまして、友梨です」

テレビ番組を通して自分のルーツを辿る企画に応募した真里は、目の前の8つ歳上のはずの女性を見て驚いた。

「「双子みたい」」

二人は自然と微笑み合う。

真里は友梨を見つめて、今回の企画に応募した理由を説明する。

「5代前の先祖が嫁入り当日に姉妹の嫁替えをしたって話を聞いて、同じ血筋なら何処かで似た容姿や能力の子孫が存在するんじゃないかって思ったんです。友梨さんを見て実感しました。うちの先祖は馬鹿ですよねぇ、皮一枚の表面しか見れてない馬鹿が先祖に居たって事が恥ずかしいです」

「そうなんですね。美の基準なんて時代で変化してるんですから、現代では5代前の姉妹のどちらが美人だか今では分からないですね。

分かるのは私たちは確実に同じ血筋だって事でしょうか。会えて嬉しかったです」


そんなよくある話。

嫁替えは、末吉のご先祖さんの実話です。

人物像や背景、100年後の話はフィクションですが。

実際には、それぞれの子孫で容姿も能力もそれぞれだった‥という事だけ記しておきます。

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