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第七羽໒꒱ 僕らを抱卵する、虚空の翼


 繋いだ手を、決して離してはいけない。駆ける留鶉(ルジュン)が右手で繋ぎたかったのは、(ぼく)が繋ぎたかった鏡鶉(ミシュン)の左手だとしても。茶斑の巨大な左翼が肌を(くすぐ)る度に、亡き彼女の面影を錯覚させる。黄茶色のふわふわボブと冠羽、黄色矢絣(やがすり)の着物に掛かる白練色のエプロンを乱した留鶉(ルジュン)は、僕へ振り向く。黄水晶(シトリン)の瞳の鋭さに幻想を解かれてドキリとした。


「一手は打たれ続けているわね。鷹子(ヨウコ)が〖(よう)(くまたか)〗側を防いでくれていても、留鶉(わたし)達は〖(よう)(つる)〗に警戒すべきだわ」


✼••┈☖7四鵬┈••✼


弓鶴(ユヅル)が先陣として、道を切り開いているんだね。鵬飛(ユキト)は【陰ノ天守閣】へ()いでまで、『鵬飛(ユキト)を憎んでいる僕』に会いたいのかな」


✼••┈☗5二王禽(おおとり)┈••✼


 睫毛を伏せた僕の『嘘』は、鵬飛(ユキト)を憎む留鶉(ルジュン)にも明かしていない。大切な人の生命(いのち)を選ぶ為の『嘘』と対峙した時……僕が天秤に掛けて、放ってしまった生命(いのち)の重さが締め付ける。誉鷹(シゲタカ)は……亡き鶴麻(タヅマ)は……僕が軽んじていい『駒』なんかじゃなかったのに。


 ぼぅっと駆けていた僕は、立ち止まった留鶉(ルジュン)にぶつかってしまうところだった! 彼女は、金碧山水(きんぺきさんすい)が描かれた襖を開く。


 板床(いたどこ)を踏み、見上げれば金銀瑠璃(こんごんるり)の天井画。赤漆(せきしつ)塗りの格縁(ごうぶち)基盤目状(ごばんめじょう)に組まれ、金泥(きんでい)塗りの(マス)内には丸皿のような、(とり)達の極彩色画。ここは渡り廊下で繋がる、『北の(やぐら)塔』の最上階だった。


 留鶉(ルジュン)が睨む先に、凍えた美貌の白鶴の男が立つ。緋色の和弓(わきゅう)を手にし、納戸色(ターコイズ)武官束帯(ぶかんそくたい)を纏う。巻纓冠(けんえいかん)と共に、討ち入りの猶予(いざよい)は捨てたか。晒すままの白銀の長髪と、鶴翼。第三の翼のように、背負う平胡簶(ひらやなぐい)から白羽の矢が扇形に垣間見えた。両頬に三本緋の刺青がある弓鶴(ユヅル)は、柘榴(ガーネット)の狐目の鋭光(えいこう)で僕を捉える。

  

✼••┈☖6二鶴┈••✼


「貴方の()()に応える為に()せ参じました、(ヌエ)


厭悪(えんお)を魅せてよ、弓鶴(ユヅル)誉鷹(シゲタカ)鶴麻(タヅマ)を差し向けた(ぼく)(めい)のせいで、君の鶴麻(あに)は討ち取られた。君が信奉する空まで、喰われたくないだろ」


 薄く嗤う僕が煽れば、覇気を纏った弓鶴(ユヅル)()()通りに輝く(やじり)を向ける。


 ――化け物(ぼく)が暗雲で空を喰らい尽くし、〖陽ノ駒〗が()()()()()……鵬飛(ユキト)は死に()く空を制することが出来る。空から鵬美(トモミ)を取り戻し、生きるのは鵬飛(ユキト)でなくてはならない。

 

「これ以上、(あなた)弓鶴(わたし)()を奪わせてなるものか!」


 咆哮と共に放たれた白矢は、留鶉(ルジュン)が左翼で巻き起こした白鎌風で弾き返される! 寸前で彼女の右手を離そうとしたのに、留鶉(ルジュン)は繋ぎ返していた!

 

(ヌエ)は殺させない! 鏡鶉(ミシュン)の轟速に負けたくせに、弓鶴(あなた)留鶉(わたし)に勝てるとでも? 」


 白鎌風で頬を(あか)く切り裂かれたのに、弓鶴(ユヅル)は薄い唇に冷たい弧を描く。


「ええ。ですから、(やぐら)塔の古き構造を手中にさせて頂きました。留鶉(あなた)の轟速飛翔ごと、奈落の鳥籠に(とら)えます! 」


 板床(いたどこ)()()し、ゾッとする浮遊感が僕らを呑み込む! 六角形に囲む赤漆塗りの高欄(こうらん)達が鉄壁の階層を分ける、底知れぬ奈落へ墜ちていく! 丸格子に換わった頭上、白銀の髪靡かせる弓鶴(ユヅル)と金天井画が妖しく見下ろす。

 

 奇妙に軋んだ音がした。高欄の擬宝珠(ぎぼしゅ)の先端が、飛翔しようとする僕らを狙い()()()絡繰(からくり)仕掛けが露わにしたのは、千本矢の包囲網!


 

攻【(いん)左鶉(ひだりうずら)】•┈☗6二左鶉┈•〖(よう)(つる)〗防


 千本矢が放たれる刹那。留鶉(ルジュン)と目配せし、頷く。僕らは繋ぐ手を引き寄せ、独楽(コマ)のように高速右回転飛翔した!留鶉(ルジュン)の巨大な左翼を主力に巻き起こす塵旋風(じんせんぷう)で、千本矢を奈落へと落下させたのもつかの間。頭上から留鶉(ルジュン)へと放たれた飛星(ひせい)に、戦慄が走る! 虎翼輝かせた僕は、白矢を黄金の(いかづち)で焼尽し頭上を睨んだ!


「やめろ、弓鶴(ユヅル)留鶉(ルジュン)は関係ないだろ! 」


「なら、(あなた)が彼女を説得したらどうです? 守護を放棄しろ、と」

  

「嫌よ! (ヌエ)弓鶴(あんた)なんかに渡さない! 」


 僕を黄水晶(シトリン)の瞳で真っ直ぐに捉えた留鶉(ルジュン)に、鼓動が打たれる。言うべき言葉が告げられない。震える唇で、留鶉(ルジュン)が清らかに(わら)うから。


弓鶴(ユヅル)を不自然に煽るから、ようやく分かった。(ヌエ)は……鏡鶉(ミシュン)みたいに、()()()()死のうとしてるのね。私みたいに鵬飛(あのおとこ)を恨んでるなんて、嘘」


「違う……」


「分かるよ。(ヌエ)が、本当はどうやって笑うかくらい。世話役として、見てたもの」


 また軋んだ音がして、ハッとする。擬宝珠の先端に、第二の『千本矢』は装填された。


「あの雷雨の夜。捻れた【鵺】の面を外し、夜に濡れる(ヌエ)の白磁の(かんばせ)と、『空虚』を映す黒曜石の虎眼(まなこ)を初めて目にした時……留鶉(わたし)は貴方を綺麗だと思ってしまった。【陰ノ城】に舞い降りた貴方は、鏡鶉(ミシュン)の最期を告げた()()()使()だったのに」


 襲い来る千本矢!回転飛翔と雷で焼尽する最中……あの雷雨に濡れる僕を呆然と見つめていた留鶉(ルジュン)の姿が、微笑する『今』の留鶉(ルジュン)に重なる。


(ヌエ)が、留鶉(わたし)に『鏡鶉(ミシュン)』を見て惑う度……辛くて、嬉しかった。鏡鶉(ミシュン)の香りはまだ生きていて、私は(ヌエ)の心髄に触れられるんだと分かったから」


 矢風が僕の右腕を掠めた! 頭上から到来する飛星群に雷を返すも、丸格子は破壊出来ず。回転する視界では弓鶴(ユヅル)を上手く捉えられない!

 

留鶉(あなた)は、鏡鶉(ミシュン)には成れません。弓鶴(わたし)が、自由に飛べる鶴麻(にいさん)に成れなかったように。猿真似など、自己価値を貶めるだけだ!」


「でも、憧れてしまう! 渡り(うずら)の群れから弾かれて泣いた(わたし)を、守り続けてくれた(ミシュン)に成りたいって! 鏡鶉(ミシュン)を殺した 鵬飛(あのおとこ)を、留鶉(わたし)は絶対に(ゆる)さない! 」


 白矢が放たれる拍子(リズム)も、放つ雷もズレて、息を呑む。僕らの回転飛翔軌道を、狙って放たれた白矢が迫る……!

 

「だけど酷いよ、もう留鶉(わたし)は……鏡鶉(ミシュン)だけを選べない。 鵬飛(あのおとこ)を殺せば、(ヌエ)は泣くんでしょ? 」


 答える前に、千本矢()止んだ。繋いでいた留鶉(ルジュン)の右手が緩み、スッと全身が凍えた瞬間! (ぼく)は高欄へ突き飛ばされていた!


「手を離しちゃ駄目だ、留鶉(ルジュン)っ!! 」


「私に『鏡鶉(ミシュン)』を見てていいから、生きて留鶉(わたし)を見つめてよ、(ヌエ)!! 貴方は鏡鶉(ミシュン)が生きた証なの!! 」


 白矢群を仰ぐ留鶉(ルジュン)は、天使の薄明光線(エンジェル・ラダー)を浴びるように、小さな唇から吐息を零す。清貧のタブリエは白く浮かぶ。絹糸の睫毛を透かし、黄水晶(シトリン)の瞳に架かる一光(いっこう)は、()()()()使()の清らかな祈り。

 

 ――留鶉(ルジュン)(あか)く穢してなるものか! 今度は僕が()()()()


  歯を食い縛り、金雷を纏おう! 古き高欄を蹴れば、左胸の天鼓が強く叩く! 信じる道に転回(レボリューション)した僕は、()()()()使()へと手を伸ばしていた! 

 

負【(いん)左鶉(ひだりうずら)】•┈☗6一左鶉┈•〖(よう)(つる)〗勝

•┈敗北者:【(いん)左鶉(ひだりうずら)】、『一手無効』┈• 


 

 白矢群は燃え墜ちた。腕の中の確かな重さと柔い香に、(いだ)く心地良さと戦慄を知る。暖かな糸光(しこう)の左翼付根を貫いた、たった()()()()()が憎い。毒のような悔恨が染みる僕は、小さな声で痛みに耐える留鶉(ルジュン) を縋るように翼で包み込んでいた。

  

留鶉(ルジュン)は、他の誰でも無い一人の(とり)だ! もう僕は、誰の命も天秤に掛けたくないよ……」


(ヌエ)の命も、天秤に掛けないで欲しいの」


 僕の頬へ触れた留鶉(ルジュン)の掌に、伝う涙を自覚する。黄水晶(シトリン)の瞳の一光(いっこう)を裏切りたく無いのに、微笑出来ない僕は『最後の選択』に惑う。

 

「今、案じるべきは僕じゃなくて、留鶉(ルジュン)の方だよ。この戦禍が無ければ……誰も傷つかずに済んだのかな」

 

 ――頭上の『彼』は、僕が求める答えを知っているだろうか。

  

 

✼••┈☖7三鵬┈••✼

 

攻【(いん)王禽(おおとり)】•┈☗6二王禽┈•〖(よう)(つる)〗防


 第三の『千本矢』の装填音がした。僕は(いだ)留鶉(ルジュン)と共に、禽籠(とりかご)の内から弓鶴(ユヅル)を見上げる。涙に甘んじるつもりは無い。


「ねぇ、弓鶴(ユヅル)。君は何の為に戦うの? 」 


 (くら)い丸格子が隔てる天井。金の後光を背負う弓鶴(ユヅル)は白銀の史上者の如く、柘榴石(ガーネット)の狐目を赫赫(かくかく)と細めた。


「ただ『空』の為に。弓鶴(わたし)は、(あなた)の審判を果たすべく(せい)を受けたのですから」


 四方から放たれた矢風に、慈悲は無し。留鶉(ルジュン)が飛べない以上、回転飛翔はもう出来ない。


「空を喰らうとも知れぬ、【(バケモノ)】を殺せるように? つまらない人生だね」


 金の(いかづち)を纏った僕は飛翔の高度を落とし、()()()()飛んだ。眼上を過ぎゆく飛星を皮肉に嗤い、虎翼を翻す。


「ええ、とても。弓鶴(わたし)は『次期長の座』を建前にされた、無きモノを恐れる『袖黒鶴(ソデグロヅル)の一族』の生贄です。白羽の矢が立ったのは、空を切り取った丸窓を見上げる幼い私自身でした。


( 自由を滅し、空への冀求(ききゅう)と己の内の『空虚』を同化させる事で、【鵺】の真価を見抜き、射抜く )


自らを(から)にする修行の中、守るべき空は己の鏡だと知りました。内に虚しさが有れば、青は映す。空鏡の向こう……病にすら縛られず蒼穹へ飛翔する、鶴麻(にいさん)に『自由』を重ねていました」


 僕は高欄と高欄の間へ飛び、斜め上の『次の間』を目指して蹴る! 疾雷(しつらい)風、ジグザグ飛翔と名付けようか。 

  

「病者と生贄。兄と弟。逆だったとしても、弓鶴(わたし)の心の有り体は変わらなかったでしょう。丸窓を破壊してくれた(にいさん)を、つまらない誇り(プライド)で欺き、手を振り解いたのだから。救済(チャンス)は一度だけだったのに……『お綺麗なヤツは、理解出来ねェ』と告げさせた」


 口調まで再現出来るくらい、白矢を放った弓鶴(ユヅル)鶴麻(タヅマ)が好きだったのか。『間』を蹴り、金天井を目指す僕は不覚にもクスリと笑ってしまった。雷速(テンポ)を上げる金の軌跡を追えない白矢は、僕に刺さらず!


「高潔な弓鶴(ユヅル)は、もっと素直に甘えれば良かったんだ。(ぼく)みたいにね! 君の鶴麻(ヒーロー)には成れないけれど……」

 

 吹き抜ける風へ――――

 

 ―――― 参、弐、壱。

 

「君が縋れるのが化け物(ぼく)だけなら答えてあげる。君を孤独にしたのは、化け物(ぼく)でもあるから」

 

 (ゼロ)が見えた! 弾ける雷轟で丸格子の止め金を喰い破り、 金天井盤に極彩色画で飛翔する禽駒(とりごま)達へ再会に吼えろ! ()()()()使()を抱く愉悦を、両翼で誇れ! 眼下で呆然とする弓鶴(ユヅル)に、禽籠(とりかご)から解放された『自由』を魅せてやれ!

 

禽籠(とりかご)を破壊して欲しいと願っていたのは、弓鶴(ユヅル)自身だろ! 君は化け物(ぼく)を殺せない! 君の『自由』は滅してなんかないからだ! 自分の真価を、()()()()()()()(ぼく)に映してみろよっ!! 」

 

 僕が金の雷を放ち、緋色の和弓を焼尽する中。(ほむら)に、三本緋の頬を煌々と照らされながらも……弓鶴(ユヅル)は焼けつく手で冷静に射った。


(ヌエ)っ!!! 」


 留鶉(ルジュン)の悲鳴の中……燃える白矢が、驚愕する僕の胸を()()()()()


(あなた)は……空を喰らう化け物では無かったのですね」


 弓鶴(ユヅル)柘榴石(ガーネット)の狐目が、雛禽(ひなどり)のように見開かれる。一瞬、僕の翼が薄青に透けた気がした。

  

勝【(いん)王禽(おおとり)】•┈☗6二王禽┈•〖(よう)(つる)〗負

┈敗北者:〖(よう)(つる)〗、二者択一後『裏切り』┈



(ヌエ)、何ともないのっ!? 」


「うん……? ふふっ、やめてよ留鶉(ルジュン)

 

 焦る留鶉(ルジュン)がぺたぺたと僕の胸に触るのが擽ったいだけで、怪我なんて無かった。僕の懐に有った【鵺】の面が滑り落ち、カランと割れて納得する。

 

弓鶴(わたし)(あなた)を白矢で貫いたのに……貴方は、自身の(まこと)を感じないのですか? 」


「何を言っているの? 白矢で貫かれていないから、(ぼく)弓鶴(きみ)の前に居るんだろ」


 弓鶴(ユヅル)が白矢で射抜いた【鵺】の面は、()()()が残るのみで瓦落多(ガラクタ)同然。燃えた白矢は奈落に墜ちたのか? そういえば、白矢が掠めたはずの右腕も痛くない。


弓鶴(わたし)は、確かに(あなた)を射抜きました。何れにしろ、私は()()()()()()(あなた)を殺せません。同じ呼び名の面を被っていただけの貴方は、暗雲の【(ヌエ)】では無かったのですから」

 

 僕に忠誠を誓うかのように片膝をついた弓鶴(ユヅル)に、小首を傾げた時……爽やかな衝動が突き抜ける感覚があった。高鳴る鼓動に留鶉(ルジュン)を下ろせば、不安そうな黄水晶(シトリン)の瞳の瞬き。僕の腕を離せない彼女に、微笑を返す。

 

「待ってて、留鶉(ルジュン)()()には応えなきゃいけない定め(ルール)だけど……これだけは言える。()()()()()()()()()()()()()()()。そうでしょ、弓鶴(ユヅル)


「その問いには弓鶴(わたし)よりも、鵬飛(ユキト)様が答えるに相応しい」


「……待ってるから、(ヌエ)


 黄水晶(シトリン)の瞳を潤ませ、右手を離した留鶉(ルジュン)に頷く。僕を呼ぶ衝動に翼を広げた。


 【陰ノ城】から飛び立てば、空を喰らうはずだった【(ヌエ)】の暗雲は、黎明の白金を透かす薄縹(うすはなだ)色の鵬雲(ほううん)に化した。嘘つきの僕の死で、鵬飛(ユキト)に死んだ空を明け渡す計画は失敗だ。留鶉(ルジュン)に縋られたら、未練たらたらで死ねないし……そもそも僕は矢が効かないみたいだし。


 【(ヌエ)】の面を射抜かれた僕は、弓鶴(ユヅル)に導かれた自分の真価を『彼』に問わなくてはならない。まだ未知は、僕らを見捨てていないはずだ。

 

  

✼攻〖(よう)(ほう)〗•┈☖6二鵬┈•【(いん)王禽(おおとり)】防✼ 


 どこに居たって、僕は鵬飛(ユキト)を見つけられる。淡い曇天の黎明に蒸着水晶(アクアオーラ)の翼を広げ、西洋の肩鎧に武道袴纏う姿に安堵してしまう。濃藍のウルフカットの髪が靡けば、群青に艷めく。垣間見えた額から、曹灰長石(ラブラドライト)煌めき(シラー)を放った。白檀の香と体温に抱きつきたい衝動を、雛禽(ひなどり)の刷り込みのせいにした。  


鵬飛(ユキト)を恨む『嘘』は意味が無くなっちゃった。鵬飛(ユキト)に死に()く空を明け渡して、皆を救える程……名誉ある死に方は出来ないらしいね。鏡鶉(ミシュン)に、空っぽな僕を守らせてしまった後悔に生きるしかない」


 彩雲(さいうん)睡鳳眼(すいほうがん)に、泣き(わら)いする僕が澄浄(クリア)に映る。鵬飛(ユキト)も、辛い泣き虫がお揃いじゃないか。


鵬飛(わたし)鏡鶉(ミシュン)も、(ヌエ)の死など望まない。鏡鶉(ミシュン)の『死』に根底を揺さぶられ、自らの死で(ヌエ)鵬美 (トモミ)を選ぼうとしていた。……()()()にたどり着くまでは、(ヌエ)と同じ考えだった」


 鵬飛(ユキト)は、僕と鵬美 (トモミ)を同じくらい大切に想ってくれていたのか。擽ったいくらいに嬉しいのに、命を懸けた選択をさせてしまう所だったことが辛い。留鶉(ルジュン)鏡鶉(ミシュン)も……こんな気持ちだったんだ。


「あれから、考えていた。鵬美(トモミ)は、()()()()()()()空に消えたのか」

 

「答えは出た? 」


「北の海に住まう幼魚の『(こん)』が、成鳥の『(ほう)』に成る時……海から発生する上昇気流から生じた竜巻に巻き上げられ、一度積乱雲に成るのだ。水に成るなど、生涯一度きりだったはずだが……『(ほう)』として空に消えた鵬美(トモミ)は、まるで()だ」


 飛翔は上昇、墜落は下降。上昇は、海水が『(こん)』に、雲に成り『(ほう)』に成る。下降は、『(ほう)』から雲に成った雨粒が、海に墜ちるよう。……海水に成った鵬美(トモミ)は、『(こん)』に成った?

 

「孵化したての頃は覚えていたのに、どうして忘れていたんだろう……鵬美(トモミ)()()()()()()()()! 卵の内に居たはずの僕が、卵殻の外の鵬美(トモミ)が墜ちたと追憶出来る理由があるはず」


 ()()()()()()()()鵬美(トモミ)を知っている気がした。

  

「もっと早く分かっていれば……僕が決断していれば……鵬飛(ユキト)も、鏡鶉(ミシュン)も戦わずに済んだ……。 その剣で、死なない僕の正体を教えてよ! 感ずいてるんだろ、鵬飛(ユキト)!」


(ヌエ)が望むなら……正体を暴こう」


 覚悟を決めた鵬飛(ユキト)は、彩雲(さいうん)睡鳳眼(すいほうがん)鋭光(えいこう)を宿す。顕現された両手剣(ツヴァイハンダー)は、覇を纏う銀閃と成り、息を吐く僕を突き抜けた!

  

 あぁ、戦禍が終わる。これは初めから、大好きな鵬飛(ユキト)を殺せない僕の負け戦だったんだ。 


✼勝〖(よう)(ほう)〗•┈☖6二鵬┈•【(いん)王禽(おおとり)】負✼

   •┈敗北者:【(いん)王禽(おおとり)】、『  』┈•

 

 《【(いん)王禽(おおとり)】⇒☾鵼白(くうはく)☽へ成り上がり》 


 

 ようやく分かった。貫かれたはずの心臓は、眠る鵬美 (トモミ)の『空想』で鼓動している。鵬美 (トモミ)が死ななければ、僕は死なない。鵬美 (トモミ)が生きている証は、僕自身か。 両手剣(ツヴァイハンダー)を引き抜かれても、☾鵼白(くうはく)☽の僕は()()()()()()


「卵の内の『空虚』でもある(ぼく)の身体は、盤上の☾鵼白(くうはく)☽でも透明じゃないんだね。卵の外の『虚空』の僕を誰かが見上げれば、翼が『空』色に染まる。空の意思(ぼく)を制した 鵬飛(ユキト)は、眼前の

 ☾空将棋盤(からしょうぎばん)☽に何を願うの? 」


「戦禍を終わらすべく、()の意志を()い、『空想』で☾(ヌエ)☽を創造した鵬美(トモミ)の元へ、共に行こう。雨粒として墜ちたはずの鵬美(トモミ)は、きっと海に居る」


 笑みを交わした僕らの願いは、もうすぐ叶う。互いの肩を抱いた僕らは、額の『王の証』を合わせた。僕の琥珀(アンバー)鵬飛(ユキト)曹灰長石(ラブラドライト)煌めき(シラー)を放てば、身体が()()()()()

 

   ――――僕らは、水に成った。

 

 鵬雲に解ける中……(ぼく)郷愁(ノスタルジック)な記憶が蘇る。


 柳色、若草色の葉はゆらゆら。

 枯茶色の岩は動かない。

 海碧色が水光にきらきら。

 

 僕は()()の大地と海を見上げている事に気づく。水平弧の七色の翼で飛翔し、日没の東空(ビーナスベルト)の長い髪を靡かせる(とり)も。橄欖石(ペリドット)杏眼(あんがん)と目が合った。

 

『貴方は、きっと自分の色を知らない。素敵な青色をしているのに』


『貴方が(わたし)達を理解してくれたら……戦禍を止めることが出来るでしょうか』


『答えてくれないならいっそ、海に繋がる貴方が居なくなってしまえばいいのに。生命は翼に換えられない』


 勝手に褒めたり、貶したり。酷い話だ。(ぼく)の元へ訪れる彼女に一言文句を言ってやろうと、青い『虚空』を蹴った瞬間……天地が反転する。青白磁色の『空虚』の卵に閉じ込められて墜ちれば、驚愕する鵬美(トモミ)に受け止められていた。これは、罠だったのか!?


『まさか……(ほう)の祖先のように、私が()()した卵でしょうか……? いつか、貴方が空に禽駒(わたしたち)の意志を伝えてくれたらいいのに』

 

 どうやら微笑む鵬美(トモミ)は、僕が『空』そのものだとは気づいていないらしい。悪戯心に笑おうとし……まだ喋れない事に気づく。不便な内側の『空虚』の卵だな。幸い、まだ『虚空』の外側の視点から、(ぼく)に語りかける鵬美(トモミ)を見下ろす事が出来た。鏡鶉(ミシュン)に卵として抱卵されれば、暖かくてだんだん眠くなり……自分が誰だったのか、思い出しにくくなって来たけれど。


 だが、ある日……手紙を書き終えた後に、鵬美(トモミ)は気づいてしまう。鷹子(ヨウコ)を残し、【陰ノ天守閣】を飛び去った。(ぼく)の元へ。

 

(あなた)が、(ヌエ)だったのですね。青白磁の(あなた)は【鵺】でも無かった。私は、(ヌエ)を殺せません。雛として生まれ、自分の色を見上げる貴方を想像したら……愛おしいと思ってしまったから』 


 橄欖石(ペリドット)杏眼(あんがん)の目尻を赤く染め、漣漣(れんれん)と涙する鵬美(トモミ)を哀れに思えば、雲に解けて墜ちていった。

 

 ――海に墜ちる、今の雨粒(ぼくら)のように。


 透明を削る、薙いだ海碧(コバルトブルー)に飛び込んだ。太陽光線が差し込む、水中の孔雀青(ターコイズブルー)静謐(せいひつ)さに沈みゆく。編レースのような光の水面模様が、海底に踊れば……忘却からの目覚めを促す。碧の硝子柩に、日没の東空(ビーナスベルト)の人魚が眠っていた。


 薄紅梅(うすこうばい)色に輝く、淡紅藤(あわべにふじ)色の揺蕩う長い髪。三つ編みにした前髪から見える額には、紅電気石(ルベライト)。勿忘草色の月虹を、白夜月に封じた月長石(ムーンストーン)の鱗と尾鰭(おびれ)

 

 透ける睫毛が震え、橄欖石(ペリドット)杏眼(あんがん)燦爛(さんらん)と開かれた瞬間……僕らの灼熱の冀求(ききゅう)は重なっていた!


 隔てる硝子柩へ共に触れれば、僕らは海水から(とり)に戻る。冷たい海水に、失う呼吸は泡を吐くばかり……。気が遠くなる意識の中……開いた硝子柩から、甘えるように伸ばされた白絹の両手が僕らの手を繋ぐ。人魚の尾鰭が翻れば、月虹を反射する。海底から煌めく空を目指す遊泳は、天使の薄明光線(エンジェル・ラダー)を浴びるのに似ていた。

 

 肺を大きく膨らませて、揺蕩う海面から蒼穹を仰げば……微笑む人魚は水飛沫の煌めきを連れて『空』へ跳んだ。


 淡紅藤(あわべにふじ)色の長い髪を靡かせる鵬美(トモミ)が彩雲に包まれ、月長石(ムーンストーン)の鱗と尾鰭が、水平弧の七色の翼に化す瞬間は生命の輝きに満ちていた。


 源へ還るような自然さで、飛翔した僕は鵬美(トモミ)を抱き締めていた。波の鼓動(リズム)が残る安心感と、彼女の沈丁花(ジンチョウゲ)の香りに息をつけば、鵬飛(ユキト)の暖かい(かいな)と翼が僕達を包み込む。こんなにも二人に惹かれていたのは、僕が鵬美 (トモミ)の一部だったからか。 

 

「おかえり、鵬美(トモミ)

  

「ただいま、(ヌエ)鵬飛(ユキト)。長い旅を……して来ました。︎︎雲に解けて、雨に成り。海に成った私は、巡る生命を知りました。私は(あなた)に成ったのです」


(ぼく)も【陰ノ王禽】として、鵬美 (トモミ)に成っていた。 鵬美 (トモミ)が大好きな禽駒(かれら)の生命を知った。僕が消える事は出来ないけど……禽駒(みんな)の生命を選ぶよ。僕は、禽駒(みんな)にどう応えればいい? 」


「戦禍が無い未来を『空想』して。(ヌエ)は私より、膨大なエネルギーを秘めている。巡る生命へ、恩恵を齎してくれるのだから」


 ――瞼を閉ざし、考える。 『戦禍』が終われば、何に成る? 傷ついたり、笑ったりした思い出は捨てられない。僕らを伝承するには、僕らを模した『形』が必要だ。


 ちょっと狡いけど……僕らがもう一度会いたい禽駒(かれら)と再会出来たらいいなって思う。禽駒(みんな)が揃わなければ、☾将棋盤(しょうぎばん)☽の上で『形』に成らない。禽駒(みんな)で、温かい場所に帰りたい。きっと綺麗な南の潮風が、連なる翼を撫でる。

 

 ――瞼を開けば、『未来』の僕に成っていた。僕は、三十二枚の『禽駒(とりごま)』達と☾将棋盤(しょうぎばん)☽の前で思案中だ。 

  

「横7×縦七の盤と、漢字一字が彫られただけの木の板達。こんなちっぽけな世界では、禽駒(ぼくら)の叫びは誰にも届かない」

 

「本当にそう思うのか? 出づれば即ち怪を成す……☾ (ヌエ)(コウ)(クウ)☽。【(ヌエ)】とも〖白鵺(ハクヤ)〗とも異なり、呼び名しか無い空想的な怪鳥。空そのものであり、盤上の☾鵼白(くうはく)☽であるお前が」


「ふふっ……美味いことが言いたいんだね、鵬飛(ユキト)


「無から有は生じる。虚空の(そら)を見上げた鵬美(トモミ)の空想から生まれ、私達の前に存在する☾(ヌエ)☽が証明だ」


「☾(ヌエ)☽が居たから、鵬美(わたし)は空を想えたのです。帰るべき場所に、帰ることも出来た」

 

 (ほう)の帰郷地。『南の海』の白波模様は、水縹色の曹灰針石(ラリマー)みたいだった。海辺で雁少女らが笑うのを、僕らは木漏れ日から眺めていた。青紫の花弁が頭なら、ツンとした雌蕊(しずい)は白い(くちばし)か。尖った萼は、黄赤扇(きあかせん)の翼。極楽鳥花(ストレリチア)達は、僕が留鶉(ルジュン)と翼で抱卵する『茶斑模様の卵』を見守ってくれている。


 今度は僕が君を翼で温める番だ、鏡鶉(ミシュン)

 僕の新しい『空』色の翼は、

 君より、鵬飛(ユキト)より、広大なんだ。

 

「そして……☾(ぼく)☽の空想から()でた(ゆう)の卵達は、戦場では無く、新たな遊戯盤(ゲーム)に生まれる。『死』の選択肢が無い、禽将棋の駒として。……ねぇ、みんな。盤上の☾鵼白(くうはく)☽に繋がる空を煽り見れば? 刻一刻と変わり往く色が、光が、雲が、風が、雨が……海をルーツとする生き物(ぼくら)の☾鵼白(くうはく)☽に天啓(インスピレーション)を与えてくれるよ」


 禽駒(とりごま)達が見上げる、大好きな(ぼく)(たか)い。水平線の淡い緑みの青(ホリゾンブルー)から、白く変化する階調は天空の明るい青(セレストブルー)へ繋がる。薄いすじ上の巻雲は、すっとした翼先のように透けていた。瞬きに遊べば、針状の虹を内包する世界最小の光芒が視界の端に有る。それは薄翠(うすみどり)みの金を帯びていた。(まろ)やかに連なる光芒の中を、一羽の白燕が翔けていく。

 

 

 拝啓 いつか空鳥を知る君へ


 どうか鵼白(くうはく)を恐れないで。

 君の卵殻は境界線なのだから。

 

『空虚』は卵の内側であり、

 卵の外側である『虚空』は

 空という翼で君を抱卵している。

 

 願わくば、

 遥かなる『虚空』を見上げる君に

 虚しさを(から)にする、(ゆう)が宿らんことを。

 



✼•☗•┈┈┈┈••꒰ঌ໒꒱••┈┈┈┈•☖•✼


お読み頂きありがとうございました✧︎



꒰ঌニュアンスイメージ挿絵໒꒱

挿絵(By みてみん)





*⋆꒰ঌみんと様に、禽駒達を描いて頂けました໒꒱⋆*


⇒①鵼ヌエくんと、鵬美トモミ&鵬飛ユキト

 挿絵(By みてみん)


⇒②鵼ヌエくんと、鏡鶉ミシュン&留鶉ルジュン

 挿絵(By みてみん)


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